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再会
しおりを挟む——数ヶ月後。
「具合はどうだ、ノワール」
「もう問題ありません」
白の騎士、エルライトはノワールの兄である。
一番上のその兄は、精霊騎士同士の決闘試験の際わざとノワールに敗北した。
それほどまでに昨今の聖女選定は偏りがひどくなっていたのだ。
エルライトほどの精霊騎士を召喚する力を持った聖女候補が、早々に脱落してしまったのは残念だと思う。
仮面をつけながら、ノワールは空を見上げる。
ガラス張りの寝所は兄や姉たちが頻繁に訪れるので花やお菓子で満ち溢れていた。
今来たエルライトも、本を数冊置いていく。
シャツに着替えて上着を纏い、自宅に戻ろうかと思っていた。
いい加減、晒し者のようのなりながらの休養は精神的に苦痛でしかない。
過保護にされすぎて、聖女選定になかなか赴かせてもらえなかったのもちょっと恨めしいと思っている。
ひどいひどい、と兄や姉が言うので、早く自分も力になりたいと思っていた。
そうして出会ったあの少女……ルウ。
彼女がどうなったのか、誰も教えてくれない。
「エルライト兄さん、ルウ様はどうなったんですか?」
「さあ?」
「…………」
これである。
笑顔で肩を上げて見せるのだ。腹が立つ。
無論、おくびにも出さない。
感情を表に出すのは苦手というよりも嫌いだった。
だから仮面でさらに抑え込む。
とはいえ、そろそろ限界に近い。
体調も回復した。ならば、結末を見届けなければならない。
自分にはその権利がある。
「出かけてきます」
「城に行くなら一緒に行こう。他の弟たちも帰っている頃だろうからな」
「…………」
『帰っている』……その言葉でだいたいの状況を察した。
目を細めて背ける。
(人間界は変わりなしか……)
呆れたものだと思う。
あれほど聖女向きの少女を、またも退けたのか。
そうでなければ兄弟たち——精霊騎士たちが人間界に呼び出される理由はない。
(ルウ様がお元気なのかどうか。それだけでも知れればいい、か……)
精霊騎士とは精霊王族の『おとうとたち』。
このエルライト含め、全員が『あねたち』の部下である。
精霊王族は『父』と『母』、その下に『姉』その下に『弟』……さらにその下は『それ以外の弱いもの』とランクが分けられていた。
聖女とは『母』や『あねたち』と対等に対話が出来る人間の女に限られ、その選定には『おとうとたち』が携わる。
守るべき『あねたち』に、近づけてよい人間かどうかを判断しなければならないからだ。
しかし、昨今の聖女候補たちは実に質が悪い。
傲慢で、浅はかで、愚か。
他者を思いやる気持ちはなく、自らがよければそれでよい。
『おとうとたち』は召喚された聖女候補によって自我や実力に枷がつく。
判断能力が鈍るという時点で、その聖女は『弱い』のだ。
なので、選定は精霊騎士が召喚された時から始まる。
聖女に求められる条件は三つ。
『精霊騎士の能力を落とさず召喚出来るか』『精霊と対話出来るか』『あねたちが気にいるかどうか』。
このたった三つが、昨今の聖女には欠如していた。
そしてこの条件を満たした少女がルウである。
ノワールを通して『あねたち』も、そして『母』も彼女を気に入った。
他の候補が数年前から不作続きで嫌気が差していたのもあるだろう。
精霊騎士たちもうんざりしていた、という事もある。
ノワールを『そのまま』人間界に召喚した少女。
物怖じせず、たくましく、真っ直ぐな彼女はノワールも好ましいと思った。
守りたいと、心から思えた。
彼女に膝をつくのに躊躇いはなく、彼女ならば世界の架け橋となれる——そう確信めいたものまで感じて……。
(あの時は本当に不覚を取った)
最終試験の前日、彼女が木に登ったあとジェニファという候補から声をかけられた。
無視をしたが、『弟』が自らの首に剣を添えていてさすがに立ち止まったのだ。
あの時……このジェニファという女は『精霊騎士自身の剣ならば、精霊騎士は傷つけられる』という事を知っているのだと確信する。
それを知った上で、ノワールよりも幼い、生まれたての弱い『弟』を盾に『精霊騎士の変更』を宝玉を使って行ったのだ。
実に、姑息。
あの宝玉は精霊の一族が聖女と共に世界を支えるという盟約の証に、人間界に贈られたものだ。
それをあのような使い方をするとは。
(まだ、あんな者たちで溢れているのだろうか)
だとしたら、もうこの世界は……人と精霊は共に歩んで行く事は出来ないのかもしれない。
人の信仰心があれば、精霊界も光と花々に満ちた美しい姿が維持される。
けれど、人の信仰心がなければ少しずつ廃れていくだろう。
人間界と精霊界は持ちつ持たれつ——よき隣人の関係のはずだった。
一体いつから、人間は精霊を『使役している』と錯覚してしまったのか。
「ノワール」
エルライトが呼ぶ声に顔を上げる。
少し、考えすぎてしまった。
目の前はもう城だ。
だが、エルライトはノワールを神殿の方に促した。
城の横に佇む、人間界との境になっている場所だ。
人間界から流れてくる信仰心が、エネルギーとなって精霊界に広がる地点。
扉が開放され、中へと進む。
「————!」
目を見開いた。
そこにいたのは髪の伸びた『彼女』だ。
ノワールが一歩、二歩、進んだところで彼女が振り返る。
化粧をしているのか、見違えた。
「ノワール!」
姿を確認したのは向こうも同じ。
涙を浮かべて駆け寄ってくる彼女を、両手を広げて抱き締めた。
この世界に——精霊界に来られるのは、聖女のみ。
つまり……。
「……聖女になられたのですね」
「うん、なった。なったよ……そしたらさ、お前に会えるって言われたから……」
「…………会いにきてくださったんですか」
「うん……ごめんな。謝りたかったんだずっと。私のせいでお前があんな事になるなんて、思わなかったから……」
「?」
言葉遣いが、と体を離す。
それに不思議そうな顔をされたが、すぐにハッとしたように彼女も体を離して一歩、後ろへ下がった。
髪を耳にかけ、俯く姿は普通の人の乙女のようだが、ノワールの中に記憶された彼女は、もっと、こう……。
「……ここでは、『聖女』らしく振る舞う必要はございません」
「!」
膝をつく。
人間というのは体裁を気にする生き物だ。
だから、彼女はそれに合わせているのだろう。
跪いて彼女の手を取る。
そんなものは、ここでは必要ない。
「それが必要な事なのは分かります。でもここでまでそうある必要はない。あなたはあなたのままが一番美しい」
「…………っ」
心からそう思う。
そして感謝した。
願いを聞き入れてくれた事に。
「ち、ちがう」
「?」
「……うん、まあ、それも、確かに、必要ではあった、けど……でも、そうじゃなくて……」
彼女の空気が、以前と違う。
目を丸くした。
彼女は……こんなに甘い空気の人だっただろうか?
以前はもっと、粗野で、自然体そのもので、それがまた美しいと思っていた。
けれど今の彼女はそれに加えて、どこか……。
「……ノワールに……女の子として見てもらいたい、から……」
「……」
「だから……私!」
息を飲む。
——聖女とは、精霊と人間の、架け橋——。
それを実感する日。
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