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信頼と……【前編】
「………………うーん……」
「…………お父さん? お父さん!」
悠来が目を覚ましたのは翌日の朝。
先に起きていた真美に揺すられて、ようやく覚醒した。
天蓋付きのベッドはいつも通りふかふかで、隣には真美。
顔を合わせた途端、ギャンギャンと大泣きした。
それからメイドが嬉しそうに駆け寄って来て真美を宥め、ソファーの方へと座らせる。
食欲はあるか、と聞かれてまだどこかわけも分からない頭で頷く。
「ええと……どうしたんだったっけかな?」
「もぉー! 厄気に当てられたんだよ!」
「厄気?」
「そう!」
「ひえ……」
一度離れた真美がベッドの縁へと戻ってくる。
聞けば悠来は魔物の放つ『厄気』に取り込まれ掛けた。
魔物は厄気から生まれ、厄気を操り、獲物と定めたものをまるで蜘蛛が巣を編む糸で絡め取って自由を奪う時のように使ってから喰らうらしい。
厄気は近付いだだけでも病を貰う、悪いものだ。
それにどっぷりと絡め取られたのだから、具合も悪くなる。
それを聞いてゾッとした。
腕をさすり、では、どうしてそんな中、無事だったのか。
「騎士団長がユウキ様をお救いしたのです」
「!」
「騎士団長の契約聖霊は聖女様と眷属契約しておりますから、騎士団長は聖女様の剣として聖女様の聖なる力を纏った『聖霊術』を使う事が出来ます」
「!」
「つまり、団長さんがお父さんを助けてくれたの。厄気の塊みたいな魔物も、わたしとけんぞくけーやくしてる聖霊とけーやくしてる人ならなんとか出来るんだって!」
「そう、なのか」
……つまり、リュカが元々契約していた聖霊は、真美と眷属契約して『100%』の力と一部『聖女の力』が使えるようになっていた。
その力でもって魔物を倒し、厄気は真美が浄化した……という話のようだ。
聖女が聖霊と契約すると、元々他の人間と契約していた聖霊もまた『100%』の力が出せるようになり、聖女の力の一部により、厄気を散布させる事なく魔物を倒す事が出来る。
厄気の浄化そのものは聖女にしか出来ないが、厄気を増やさなくて済むと思えば——。
(こんなに……すごい事だったのか……)
自分自信で経験して、初めて分かる事。
厄気の恐ろしさ。
聖女の力の凄さ。
この世界の人間が、異世界から人を攫ってまで救いを聖女に求める意味。
真美が拒めば……その命を奪ってでも新たな聖女を望まなければならなかった理由。
この世界の人間にとってはまさに聖女とは『命綱』。
自分たちの存亡を賭けた『希望』そのもの。
「…………」
その希望を一身に背負う娘の重圧は、どれほどなのか。
改めて考えてしまう。
しかし、その力にすがる他ないこの世界の人たちの事情も……『体験』してしまった今となっては責める事など到底出来ない。
「そうか……んん、リュカにも礼を言わないと、だな……」
「うん、そうだね。すごく心配してたから……」
真美がどこか遠くを見る目で同意してきた。
(……なんだ、その目は。いつからそんな目をするようになった……?)
子どもの成長の早さを、悠来はまだ理解しきれていなかったのだ。
そして、その日の午後。
立ち上がるのにも問題はなく、真美と城の騎士団詰所へと向かう。
寮へ行く途中で毎日必ず通る道だ。
悠来にはもう慣れた道。
「ユウキ様! 聖女様!」
「ユウキ様、もうよろしいのですか!?」
「ああ! もうこの通り! えーと、リュカはいるか?」
詰所の前に来ると、ハーレンと小隊長の一人が嬉しそうに駆け寄って来た。
リュカの居場所を聞くと、二人は複雑そうに顔を見合わせる。
「実は……今回ユウキ様を……聖女の父君を危険に晒したとして今、聴取を受けておりまして……」
「!? なんだ、それ、どういう事だ?」
「サウザールの手回しです!」
「よせ、ラール」
「しかし副団長! 今団長が任を解かれでもしたら、あの業突く張りが……!」
「よせ! ……聖女様の御前だぞ」
「あ……」
「どういう事なんだ? 説明してくれ」
ハーレンに咎められて、しゅん、と肩を落とす小隊長。
不安な気配に、どんどん嫌な予感が増していく。
訓練中の騎士も小隊長の声に反応したのか、訓練の手を止めこちらを見ていた。
それに気が付いて、ハーレンが悠来たちを詰所の中へと案内する。
……そこは、この世界に来たばかりの時、リュカに連れられ、怪我を治してもらった場所。
黄色煉瓦造りで、物は少なく木のテーブルと椅子、棚が一つ。
それしかない。
あの時と同じ椅子に座り、ハーレンが椅子をもう一つ持ってきて真美に勧める。
そんなハーレンの分は小隊長が持ってきた。
ラール小隊長を立たせたまま、ハーレンが座ると話が始まる。
「サウザールとはこの国の貴族の一人……いえ、一派のリーダー格と言った方がいいか……」
「派閥の一番偉い奴、って事か?」
「はい。恥ずかしながら、我が国も一枚岩とは言い難い。……とは言え私も貴族……説明しても、説得力はないかもしれませんが……」
「いや、教えてくれ。……この国の中枢に関わってる以上、俺たちにも無関係ではないんだろう?」
「! ……はい」
ハーレンがラール小隊長に目線で合図する。
小隊長は扉の前を確認して、外へ出た。
この詰所への入り口はあそこだけで、左右にある扉は詰所の奥の建物へと続いている。
その扉の方もハーレンが確認して、鍵を閉めた。
なかなかに厳重だ。
思った以上に“いい話”ではないのだろう。
「聖女様とその父君にお聞かせして、連中に勘ぐられるのは目に見えているので……一応、ですが……。これ以上リュカの立場を悪くするわけにはいきません」
「……!」
「……サウザール家は豪商人から貴族に成り上がった一族で、彼の派閥には金持ちが非常に多い。対して騎士団長……ジェーロン家は昔ながらの貴族……辺境の領主や王家に忠実な家柄の者などいわゆる『保守派』という立場」
「……保守派……」
悠来個人は政治がよく分からない。
役者である以上、様々な演目でそういった場面を演じる事はある。
演劇という大衆の娯楽は、暗に当時の政権批判が入っているものが多いものだ。
だから民衆は面白がり、惹きつけられる。
保守派、というのもそれほどいいイメージはないが、豪商の成り上がりで金持ちばかりの派閥と聞くとそれはそれで「なんかロクでもなさそう」と感じる。
そして、その二つの派閥は王家を巻き込んでぶつかり合いを繰り返してきた。
成金の派閥……サウザールが率いる自称『革新派』は、古臭い体制を取り払い、より自由に商人が商売をしていける国作りを王家に推しているらしい。
表面上の聞こえはいいが、その実は商人が国の決めた価格を自分たちの都合のいい価格に設定出来るようにして、自分たちが物流を握る事が目的と言われている。
そうなれば財政は圧迫。
最悪破綻する。
商人だった頃ならばいざ知らず、今の『貴族』となった彼らに物の適正価格など分かるはずもない、というのが『保守派』の言い分。
そして、騎士団としても物の値を跳ね上げられては堪らない。
剣や鎧は元々が比較的高価なもの。
矢は消耗品として、どうしても定期的に購入しなければならない。
そんな中で、サウザール公は騎士団からも色々と搾り取ろうと前々から自分の息子の一人を騎士団に入れて内側から揺さぶりを掛けてきているのだそうだ。
「なるほど、面倒くせーな」
「うーん、お父さんわたしよく分かんない。どーゆー事?」
「そうだな、つまり……一部の奴らが安く仕入れたものを普通じゃ買えないような値段で売り付けようとしてるって事だ。真美の使ってた消しゴムが百円くらいだろう? ほら、あの香り付きのやつ」
「うん」
真美の小学校で流行っていた香り付きの消しゴム。
それらはリンゴやイチゴの形をしており、それらの香りが付いていて女生徒たちから絶大な支持を得ていた。
それを持っていなければ会話に混ぜてもらえない程だったらしい。
それを引き合いに出して説明を続ける。
「その百円の消しゴムを五百円で売り付けようとする奴らがいたんだ」
「えー! そんなに高くなったらお小遣いで買えなくなるよ!」
「そうだろう? みんな困るから、そんな事させないようにって話し合ってるんだってさ」
「そうなんだ……。みんながんばれ!」
「ありがとうございます、マミ様」
ハーレンが穏やかな笑みを浮かべた。
……それも、一瞬だったが……。
「……騎士団にもその、サウザール派ってのがいる、って事だよな?」
「はい。人手不足なのに漬け込み、経理に就かせようとしてくるんです」
「…………あからさますぎて……」
「はい」
誰がそんな奴らに経理を任せるか。
これは確かにハーレンが頭を抱えたくなる気持ちも分かる。
(…………あいつ、本当に大変だったんな……。それなのに……そんな中でも俺の無理な頼みを聞いてくれてたのか……)
メイリアに「書類仕事をきちんとしなさい」と怒られていたが、経理がそんな形で狙われていて、他にも人手不足や悠来や真美の警護、城の警護、王族貴族の警護……今後は魔物の積極的な討伐も入ってくるだろうと言っていた。
なぜ、自分の国の事に協力していけないのだろうか、その自称『革新派』の奴らは。
全くもって、理解が出来ない。
そんな風に圧力を掛けるのではなく、協力していかなければ乗り越えられないのではないのだろうか。
この世界は、それほど追い詰められているのではないのか。
思うところはたくさんあるが、ハーレンの深く刻まれた顳顬の皺が色々なものを物語っている気がした。
その自称『革新派』の皆様にとって、現状は『他人事』なのだろう。
自分たちの身に直接降り掛からない火の粉は対岸の火事。
そして、火の粉がかからないようにそんな愚かな人たちを守らなければならないのが……リュカやハーレンたち、騎士団なのだ。
これは確かに頭も痛くなるだろう。
悠来もその結論に達した瞬間これまでにない種類の頭痛を感じた。
(これだからバカは……。どの世界にもいるんだなぁ……。……まあ、その『対岸の火事』に関しては俺も自覚が足りなかったわけだけど……)
悠来自身も厄気に飲まれかけて初めてその恐ろしさを……身をもって体験したのだ。
彼らも一度体験すれば意識が変わると思うのだが、わざわざそんな事を経験しに行く人たちなら最初からハーレンがこんなに深々顳顬に皺を刻む事もないだろう。
残念だ、実に。
なんとかそんな奴らを、無理やりにでも魔物の巣窟に引っ張っていけないものだろうか?
などと一瞬物騒な事を考えてしまう。
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