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砂塵の研究所(2)
しおりを挟む「じゃあボクらは二階中心に調査しよう。入り口ってどこ?」
「風磨」
「ハッ。……土遁、砂操作!」
「ふおお……!」
シドが名を呼んだのは、シドの相棒召喚魔――【鬼仙国シルクアース】の上位ランク、鬼忍の風磨。
印を結び、地面に両手をつくと砂が生き物のように動いていく。
「風磨さんってマジ有能」
「恐縮です」
「まずいな、この壁」
「え?」
顕になる施設の壁を、シドがコンコン、と叩きながら目を細める。
なにがまずいの、とノインが真似して叩くと「バイオメタルだ」と答えてくれた。
いや、なにもわからない。
「なに、それ?」
「簡単に言うと【機雷国シドレス】原産の特殊な建築素材だ。高エネルギー砲は拡散してエネルギーを吸収し、衝撃に対しては柔軟性で対抗して、斬撃に対して即再生で修繕してしまう。つまりまあ、壁をぶち破ってどうにかするってことは無理だな」
「そんなのあるんだ……。ガラティーンでも無理?」
「魔剣や聖剣は高エネルギーに部類される。フルパワーでやればもしかしたら人が通れる穴を数秒開けることはできるかもな」
「やるだけ無駄ってことね。了解……」
そうこうしていると、ついに入り口が見えてきた。
パッと見た限り観音開きのガラス扉のようだ。
シドが手のひらをかざす。
「エルセイドの家名において、盟約の下、盟友たちへの賞賛と祝福を」
「なにそれ」
ノインが覗き込むと、ヴォン……という音ともに白い光が扉に波紋のように広がった。
そのまま扉を開けると、埃が舞う。
「えっと……」
「さっきのは『聖者の粛清』メンバーが使う合言葉みたいなもの。施設の入り口で最初の罠を回避する方法、だな」
「動いたということは、施設は生きているのですね」
「そうだな」
風磨が小刀を取り出し、腰を落としながら先へ進む。
玄関ホールからすでに警戒心剥き出し。
施設の中を見回すと、思った以上に小綺麗だ。
何年も使われていないはずだが、砂の一つも見当たらない。
『お帰りなさいませ、盟主エルセイド。お姿が以前とかなり異なりますね』
「な、なに!?」
「代替わりしている。俺はハロルド・エルセイドの息子だ。名前は?」
天井からの声にビクッと体を跳ねさせるノイン。
シドはまったく気にすることはなく、天井へ向けて話しかける。
すると、天井の声は『そうでしたか。私はこの施設、ローラのサポートコンピュータ、フローラと申します。以後お見知り置きください』と告げた。
「フローラか。とりあえず施設はどのくらい生きている?」
『当施設は二十年一年三ヶ月前に九割の機能を停止、破壊しております。ドローンを派遣し、サポートをご希望ですか?』
「そうだな。こちらの同志は初めてだから、サポートをつけてくれると助かる」
『かしこまりました。ドローンを配置いたします。――申し訳ございません。サポート用ドローンは現在すべて廃棄され、残っておりません。戦闘用ドローンでもよろしいでしょうか?』
と、なんとなく物騒なことを言っている。
シドが顎に指を当て、チラリとノインたちの方を見た。
その眼差しには「大丈夫か?」という意味が含まれている気がする。
「大丈夫だよ」
「あ、ああ」
「我々は問題ない」
「……だ、そうだ」
『かしこまりました。整備が終わり次第、派遣いたします』
シドがまた、考え込む。
ゆっくり扉が閉まり、薄暗い天井がポツポツと小さな灯りを灯した。
「な、なんかすご……」
「フローラ、俺たちはこの施設を完全に破棄するための後処理に来ている。同志たちは初めてのことで困ることもあると思う。宿泊などのサポートをしてやってほしい」
『かしこまりました。現スペックでできるうるサポートを、全力でさせていただきます』
「研究所へ安全に行きたいが、行き方を教えてくれ」
『かしこまりました。しかし、二十一年三ヶ月前の自滅で、通路、天井、床などの破損が多くなっております。フローラは現在把握するほどのスペックを有しておりません。お手数ですが、盟主エルセイド自らマッピングを行い、そこから最短の安全なルートをナビゲーションさせていただければと提案いたします』
どゆこと? とノインがシドを見上げる。
要するに二十一年前に、この施設は一度廃棄されているのだ。
その時に施設内は九割型の機能を失った。
壁や天井、床などは、その時に破壊されて崩れ落ちているということらしい。
なのでマッピングしながら進み、完成した現在の構造を把握したフローラが地下への入り口を案内する――ということのようだ。
「ここの壁とか床ってなんか特別な素材なんじゃなかったっけ?」
『はい。しかし、特別な薬品を用いれば、バイオメタル素材は破壊可能なのです。前回の自滅の際、その薬品が不足しておりました」
「そういうことか……。では、完全にこの施設を破壊するにはその薬品が必要ってことだな?」
『はい。当施設の解体には、薬品または解体ロボが必要不可欠です。解体ロボの召喚は、盟主エルセイドに行っていただく必要がございます』
ジト目のシドの表情。
ああ、リグさんじゃないと無理ってことね、とノインでも察した。
「……まあ、今すぐどうこうできると思っていない。今回は施設の状況確認と残りのデータの回収が目的だ。施設の完全廃棄はその状況の進捗次第だな」
『かしこまりました。それでは、新たなる同志たちを含め、マッピングをよろしくお願いします』
「おわ」
ピコン、という音とともにノインたちの端末に、施設の詳細な図面が現れる。
ここを通れる場所、通れない場所とマッピングしてほしい、ということらしい。
「思ったよりも安全そうだが、それでも二手に分かれるべきなのか? 四人全員で手分けをした方が効率的なのでは――」
「ダメだ。お前ら全員研究施設の調査自体初めてだろう? 舐めるな」
「くっ……」
シドがガーウィルを睨みつける。
結局「一階は俺がやる。お前らは二階」と命令してふらりといなくなってしまった。
ここまでくどくどと言われては、ノインたちも慎重に動くべきだろう。
言われた通りに二階に案内してもらい、崩れた階段を上り居住スペースを調査し始めた。
途中、シドが頼んでいたドローンのサポートが到着し、解説を聞きながら扉を開ける。
二階は長く広い廊下が続き、崩れたり傾いたりしている扉以外は、普通に開く。
本棚には本がびっしりと残っており、想像以上に大変な予感がした。
「手分けとりあえずこの部屋に本を集めてこようか」
「了解しました」
「確認が終わったら赤ペンで扉に丸つけておいて」
「はっ」
そうして始まった本の引っ越し作業。
時折興味本位で開いてみるが、本の中身は意味がわからない。
奥に向かっていく途中、共有トイレらしき場所を見つけた。
この居住スペースの部屋たちは、バストイレ別ととても広いのに。
「あれ、トイレじゃない?」
ちら、とドローンに聞いてみようとしたが、ドローンはリークスとガーウィルの方についている。
トイレのような空間だが、なにもない。
進んでみると、ガラス扉があった。
「うわっ」
手前まで来るとガラス扉が開く。
首を傾げて端末を開いてみると『除菌室』という文字が出た。
「除菌室ってなんだろ? この先になにかあるのかな?」
腰の剣を引き抜き、ガラス扉の奥に入ると後ろの扉が閉まり、壁の穴からなにかが出る。
出る、といっても空気のようなものが出ただけで、薬品等は出ていない。
すると、今度は前方の扉が開いた。
端末と剣を左右の手に持ち、進んでみる。
「ここ……なに?」
縦長いカプセルのようなものが、広い部屋にびっしりと設置してある。
中を覗くがなにもない。
なぜか鳥肌が立ち、喉が渇く。
嫌な気分になる。
自然に端末をポシェットに戻し、厳しい表情になってカプセルを睨みつけていた。
「……!」
中心地には、円形の床があった。
手すりがあるので、動くのだろう。
顎に指を当てて考え込む。
これは、乗っても大丈夫だろうか。
『戻るべきではないか?』
「ガラティーンもそう思う?」
『シド・エルセイドが口を酸っぱくして、注告を繰り返していただろう? 侮るべきではない』
「まあ、そう……だよね……」
首から下げたペンダント――聖剣ガラティーンが話しかけてきた。
【戦界イグディア】の武具は、上位存在や伝説存在になると意志を持つ。
聖剣ガラティーンは伝説存在。
そんな存在に認められるほどに、ノインには剣士としての才能があった。
だから時折、ガラティーンはノインに話しかけてくることがある。
だが、なぜだろう。
「ちょっと面白そうなんだよね」
『よせよせよせよせ! 好奇心旺盛なのはそなたのよいところだと思うが、場所が悪い! せめてシド・エルセイドに相談しろ!』
「えー、絶対反対されるじゃーん」
冒険心の方が、勝ってしまった。
円形の床に乗ると、ヴォン、と音がして手摺りが腰の上まで伸びてくる。
そのまま音もなく下へと降り始めた。
「おー、すごーい!」
『通信でシド・エルセイドに連絡しておくべきではないか?』
「あ、そうだね」
下りながらシドに通信を繋げ「二階のトイレみたいな場所から、一人乗りエレベーターみたいなの見つけたから下りてみた!」と言うと「馬鹿! 戻れ!」という怒声が響いてきた。
やはり怒られてしまった。
だが、ちょうどそこでエレベーターは目的地に到着したらしい。
一応剣はいつでも振るえるようにしていたが、見上げるとずいぶんと高い天井。
真っ暗な天井。
エレベーターのところと中央部が光っており、自然とそちらに足を向ける。
「え? 女の人?」
通信を繋げたまま光の放つその場所に近づくとそこにはガラスの柱に包まれた、傷だらけの金髪の女が目を閉じて入っていた。
傷は腹に多く、水に入れられ、顔半分に呼吸器のようなものが装着されている。
生きているのだろうか?
「シドー、なんか女の人がいるよ」
『!? 女……!? まさか……』
「どうしよう? 生きてるのかな? 助けた方がいい?」
『ダメだ、すぐに戻れ! 見つかったらなにをされるかわからない!』
「ええ?」
なにをされるかわからないとは?
眉を寄せて、シドの取り乱しように仕方なくエレベーターの方へ背を向けた時だ。
『助けてくれないの?』
と、女の声がした。
勢いよく振り返ると、紫色の瞳と目が合う。
(あれ? なんだ……? この目、なんか見たことが……あるような?)
誰だっただろう。
覚えがある気がする。
だが、はっきりと誰とは思い出せない。
「え? あ、い、生きているの?」
『生きている? 私、生きているように見える?』
「え?」
『もう生きているなんて、言えないの。私は。用済みなんだから。ねぇ? 私の代わりに……あなたが胎になればいいと思わない?』
「え? え? な、なに言って――」
『私はもう、産めないんだから!』
見開いた目から、涙が溢れる。
騎士として、女性が泣いていたら手を差し伸べなければいけない。
それはもはや、騎士としての本能。
踵を返して「い、今助ける」と手を伸ばすとなにか膜のようなものが彼女の方から飛んできて、ノインの体を包んでいった。
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