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8歳編
きょうだい(1)
しおりを挟む「ヒューバート殿下、よほど婚約者殿のことがお気に召したのですね」
「めちゃくちゃかわいかったからな」
「しかしヘムズリー伯爵家は聖殿側です。あまり心を許さない方がよろしいのでは……自分が言っても説得力かいむですが!」
「いや、ランディのことは信用してる」
「ぐはっ!」
「ランディ!?」
吐血した!?
なんで!?
「だだだだ大丈夫か!? なに、どうしたの!? まさか結晶病!?」
「いえ、うっかり舌を噛みました」
「だいぶ血出たね!? 大丈夫!? 医務室行こう!?」
「だいじょひぶへ」
「大丈夫じゃない!」
さらに噛んだ!
舌を噛み切っても死なないというが、子どもの体ではわからない。
午前中は勉強の予定だが、ランディを引き連れて城の医務室に駆け込んだ。
「すみません!」
「あ……!」
「あ、す、すみません!」
なんと、先客がいた!
しかも女性!
慌てて扉を閉めるが、すぐに女医さんの声がした。
「入ってください。血が見えたのですが」
「従者がうっかり舌を噛んで血が出てしまいまして」
「まあ、大変。治癒魔法をかけます。こちらへ」
「もうひはへ……」
「しゃべるなランディ!」
女医の前にいた女性は、布で区切られたベッドの方に移動している。
しゅるしゅると服を着る音が刺激的だな。
というか、一瞬だけだったけど、今のは——。
「もしかして、パティだろうか?」
「はい。パティ・ミラーです、殿下。お久しぶりですね」
「いやいや、レナとのお茶会の時にも会っているじゃないか」
「まあ、覚えててくださったんですね……!」
シルエットだけだが嬉しそうな声。
彼女はレナと初めて会った時のお茶会にいたメイドの一人。
名前はパティ・ミラー。
ジェラルドの姉だ。
青い髪をポニーテールにして若草色のリボンでまとめた、ジェラルドの姉らしく美しい女性。
けれど性格はかなり大雑把。
城で働いているのも、行儀見習いの意味が大きい。
「どこかグアイが悪いのか?」
「……あ……」
ランディを女医に任せて布の向こうに声をかけると、困ったような声。
しまった、女性の体調を迂闊に聞くものではないよな。
「すまない、話したくないよな」
「い、いえ! 違います! ……そうですね、殿下の耳にも、いずれ届くと思うのですが……」
「ん?」
「母と弟が、結晶病を発症したんです。それで、あたしも検査を……」
「…………え、っ……?」
なん、だって?
パティの母は、俺の乳母アラザのこと。
パティの弟は、ジェラルドのこと。
なんだって……?
二人が——!?
「アラザとジェラルドが、結晶病に……!? すぐに聖殿に……!」
「落ち着いてください、殿下。……無理なんです」
「無理ってなにが!」
「その、今は聖女様がご高齢で、結晶病の治療は行われていないと言われたんです。感染するものではないので、看病はあたしが行う予定なので、近くあたしも弟も城を去るかと思います。このような形でのご報告になり、申し訳ありません……」
「そん、な……」
ジェラルドが結晶病……?
足下が急に真っ暗になったような感覚。
「……っ」
『救国聖女は~』で、ヒューバートの側近はランディだった。
どうしてジェラルドじゃないんだ、と、思ってる。
俺だったらジェラルドに側近になってほしい。
でも……ジェラルドは結晶病になった?
結晶化した大地のように、結晶化してしまう病。
晶魔獣に襲われれば100%感染する。
でも、なにもしていなくても発症する病。
漫画では俺の父と母も発症して死んだ。
しかも、聖女は高齢で治療ができない、だって?
「……進行ステージは……?」
「は、はい。母はステージ2、弟は母よりあとに発症したのですが、同じステージ2です。でも、若いせいなのか、弟の進行が早くて……医者には半年持たないかもしれない、と」
「うそだろ……」
急すぎる。
そんな、そんな……!
「っ、諦めるな」
「え?」
「ジェラルドもアラザも、なんとかしてちりょうを受けられるようにてはいする!」
「殿下……しかし、そんなこと……!」
「やる! 絶対やる! しなせたくない!」
「……殿下……」
自分の腹の底から、こんな悲痛な本音が声で出るなんて思わなかった。
だって死んでほしくない、本当に!
ジェラルドは俺を認めてくれた、味方。
血が繋がっていなくても“きょうだい”なんだ……!
「しかし、どうなさるおつもりですか?」
治療を終えたランディが後ろに来ていた。
そうだ、結晶病の治療は聖女——聖女を擁する聖殿にしかできない。
聖殿は俺に近いジェラルドとアラザを治療なんてしないだろう。
なにかと理由をつけて、漫画の中の陛下やお妃のように見殺しにする!
そんなこと絶対させるものか!
考えろ、なにか方法がある。
漫画の中ではレナがやっていたことを、どうにかして——。
「レナ」
「え?」
「レナに会いに行こう!」
「え、ええ!? どうやってですか!? お茶会のお誘いには、いまだに応じていただけていないと……」
「そうだ。でも、おれはレナのコンヤクシャだぞ! 会いにいく理由なんてそれで十分だ!」
「しかし、レナ婚約者殿に結晶病を治癒する能力はないのでは!?」
「大丈夫だ! レナならできる!」
「ええええええっ」
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