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カウフマン邸(1)
しおりを挟む離れのお邸に入り、思わず口を開けて天井を見上げてしまう。
ものすごい吹き抜け。
玄関ホールの天井がガラス張りで、明りは壁際の燭台のみ。
螺旋階段が左側に伸びており、その下に扉。
右側には玄関ホールから直に歩いていけるダイニングホール。
赤いカーテンが全面ガラス張りのダイニングホールの端にかかっている。
ダイニングホールの奥にはカウンター席もあり、ガラス張りの戸の奥に見える噴水の庭も見事に花が咲き誇っていた。
見るからに離れはパーティーなどで人を集める場所、という感じだ。
こんな場所に僕はお世話になるんだろうか?
本当に……?
「ディレザ、参りました。ヘルムート様、お帰りお帰りなさいませ」
「急で悪いが、こちらの青年はカミル。フェグル伯爵家の側室として囲われていたが、この度廃嫡の運びとなったためこちらの首輪が外れ身の振り方が決まるまではうちで保護することになった。彼はオメガ男性のため、警備も侍女も女性がいいだろう。もし彼の情報を聞きつけて我が家に婚姻関係の話を持ち込むような貴族がいればリストにしておいてくれ」
「かしこまりました。ではカミル様のお世話係にロゼをあてがいましょう。本日お食事は本宅ではなくこちらで取られますか?」
「そうだな。カミルには話さなければならないことがまだある。夕飯はこちらで取ろう」
「かしこまりました」
なんだか申し訳がない。
ぺこ、とお辞儀をすると執事さんも僕に向かって頭を下げて「ディレザと申します」と名乗ってくださる。
「まずはお部屋にご案内しますね」
「え、ええと」
「お荷物は――」
「えっと、これだけです」
「え……。えーと……、お手持ちのお荷物ですべて、ということでしょうか」
「はい」
急に無言になるカウフマン様とディレザさん。
なんだかここにくる前にも、荷物をまとめている時にもこんな反応をされたような。
「服は既製品を適当に見繕ってやれ、ディレザ。肌着などは追加で買いなさい」
「え? しかし……」
「客人に見窄らしい格好をさせていると思われるのは心外だ。金額のことなどは気にする必要もない。ただ、出歩かせるわけにはいかないので、ディレザのセンスに任せてもらうことになる。構わないな?」
「ええと……それは……はい」
荷物を持って、二階に連れて行かれる。
二階も驚くほど広いが、こちらは来客用の娯楽室が二部屋、食堂、化粧室や控えの部屋なのだそうだ。
ディレザさんが胸ポケットから青クローバーの鍵を取り出して、一番シンプルなドアを開ける。
ここだけが唯一施錠されているのだそうだ。
その扉の奥は実に質素な廊下。
コの字の廊下には二部屋ずつへやがあり、左右の部屋は中扉で繋がっているらしい。
「右のお部屋をご利用ください」
「ええと……ひ、広すぎませんか」
「本宅に比べれば大したことはございません。こちらの鍵をお渡ししておきますので、なくさぬようお持ちくださいね」
「わ……あ、は、はい」
ネックレス状にされた鍵を二本、渡される。
片方はあの青いクローバーの鍵と、もう一つは紫のダイヤの鍵。
扉の前にそれぞれの形が描かれた絵が飾られている。
他は黄色いハートと赤いスペード。
トランプの柄、のようだ。
でも、促された左の部屋は隣り合う部屋の扉にそれぞれ白いクローバーとピンクのクローバーがかけられている。
あれ、と首を傾げると、楽しそうなディレザさんが「よくお気づきになられましたね」と言う。
そうして左奥の部屋の絵に触れて色の部分を左に押し込む。
すると、色が黄色に変わった。
回転式になっているのか。
「わあ……推理小説のようですね」
「はい。ヘルムート様のお父様は推理小説作家でもあらせられたのですよ。その影響か離れはこのように、仕掛けが多くございます。防衛の面でも役に立つので、カミル様のような事情のある方はこちらに泊まっていただくことがあるのです。定期的にこの壁掛けも変更しますから、一度来た者でも同じように部屋に入るのは難しい。カミル様が在住中は居住エリアへの鍵は『青のクローバーの鍵』。そしてカミル様が泊まるこちらのお部屋は『紫のダイヤの鍵』をお使いください。お間違えないよう、鍵にそのような色を入れておきます。では、試してみてください。ちなみに、部屋に入ると表の仕掛けは自動で別の色に変化します。鍵を持たぬ者はたとえ扉の壁掛けの色を解いても部屋には入れませんので、ご安心ください」
「あ……ありがとうございます」
へえ、本当に面白い。
それに、この仕掛けに似たトリックの推理小説を読んだことがある。
あれは確か……。
「あの、もしかしてカウフマン様のお父様は推理小説家のヒューズ・ロッセ、なのですか?」
「よくご存じで……いえ、よくおわかりになられましたね」
「は、はい。実家でもフェグル伯爵のお屋敷でも、僕は本を読むことくらいしかできることがなかったので……。その中でもヒューズ・ロッセの推理小説はシリーズ通してとても考え込まれていて、それでいてさまざまな家の仕掛けにリアリティもあり楽しかったのでよく覚えております」
「素晴らしい。実はヒューズ様は実際推理で使えるかどうかをこの屋敷で試してから、小説にしていたのだそうですよ。そのため地下などはもはやどうなっているのか、誰にもわからないほどに難解な仕掛けがゴロゴロしているとか。危険すぎて立ち入り禁止になっておりますので、たとえ入り口を見つけても降りないでくださいね」
「そうなのですね……!」
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