呪厄令嬢は幸運王子の【お守り】です!〜外堀陥没で溺愛ルートのできあがり〜

古森きり

文字の大きさ
30 / 30

外堀はとっくに陥没済みでした

しおりを挟む
 
 ナジェララ様の隣に横たわる。
 目を閉じると、ほんの少し冷たい手で頭を撫でられた。

「かの者へ癒しの慈悲を与えよ。[ヒーリング]」
「……? ナジェララ様?」
「回復魔術よ。過労に効くはわからないけど。安眠の魔術もかけてあげましょうか?」
「いいえ、ナジェララ様がお側にいてくださると、よく眠れそうです。ナジェララ様、とてもいい匂いがしますね……花みたいな……」
「っ……」

 あたたかい体温と、ひんやりとした魔術。
 そして、花のように優しい香り。
 あっという間に眠気が襲ってきて、意識が薄れていく。

「本当に、困った子」



 ***



「けほ、けほっ」

 翌朝も私の体調は悪い。
 でも、ナジェララ様の疲労回復薬を混ぜたお粥をいただいてから、咳がぴたりと止まった。

「過労による風邪気味だったのよ。さっきの薬で風邪は明日には治るわ」
「「「さすが魔女様!」」」
「ふん! トーゼンでしょ! あたしは峠の魔女なのよ」

 マリィたちに尊敬の眼差しで見られて、ナジェララ様も上機嫌。
 あ、そうだわ!

「ナジェララ様、このままイングリスト様に呪いをかけてはいただけませんか?」

 変なお願いだな、と自分でも思う。
 けれど、イングリスト様に必要なのは強すぎる『祝福』を打ち砕く呪い。
 ベッドから降りて、ダウンを纏って「私も一緒に行くので」とお願いする。

「仕方ないわね。その代わり“約束”は続行よ?」
「は、はい。もちろん! 元気になったら絶対におうかがいしますっ」
「ならいいわ。案内しなさい」
「はいっ」

 お薬も飲んだし、やっとイングリスト様に会える。
 浮かれた気持ちのまま、ナジェララ様とミリィたちと、イングリスト様のいる離れの棟へと向かう。

「エーテル嬢! 起きてよろしいのですか!?」
「エルネス様」

 そういえばイングリスト様に近づけるのは、強い魔力を持つ国一番の魔術師エルネス様だけ。
 ちょうどお食事を運んでこられたらしいエルネス様に、ナジェララ様をご紹介する。

「こちらが峠の魔女ナジェララ様です。無理を言って、これからイングリスト様に呪いをかけていただこうかと思いまして」
「あら、いい男!」

 あるぁ……?

「な、なんて強い魔力……! それに、これほどの美貌とは……!」
「あ、あらぁ」

 あ、あるぇ……?

「「…………」」

 そして謎の照れ照れとした空気。
 ナ、ナジェララ様? エルネス様?
 どうされたの? どうなってるの? ええ?

「あ、あのう?」
「ま、魔女ナジェララ様、どうぞイングリスト様をお救いになられたあとは、私の研究室にお越しくださいませんか?」
「い、いいわよ。あなたの魔術の研究に興味があるわ」
「はい! ぜひ!」

 ……ナジェララ様の今後の予定が決まってしまった……?

「さあ、行くわよエーテル! 早く! サクッと呪いをかけてやるわ!」
「あ、ハイ」
「イングリスト様のお部屋はこちらです」

 エルネス様に案内していただき、イングリスト様が執務室として使っておられる部屋へと進む。
 コンコン、とエルネス様がノックをして「お食事とエーテル嬢をお連れしましたよ」と声をかける。
 すると、部屋から慌てたような音が聞こえた。

「エーテル! 体調はもう大丈夫なのですか!」
「わぁ! は、はいっ」

 すごい勢いで開いた扉に驚いてしまった。
 するとすかさずエルネス様が「イングリスト様、エーテル嬢を驚かせてはいけませんよ」と咎める。
 いえいえ、私の平静さが足りなかったので、イングリスト様を怒らないであげてください~!

「そ、そうですね。すみません、エーテル。体調は大丈夫なのですか?」
「は、はい。ナジェララ様にお薬の入ったお粥をいただいたんです。そうしたら咳が止まりました。過労による風邪だそうです」
「そ、そうだったんですね。あなたの呪いが解けたと聞いたので、てっきり自分の『幸運』のせいなのかと……」
「違います!」

 自分でも信じられないほど大きな声が出た。
 でも、イングリスト様にはイングリスト様のせいだと思ってほしくない!
 あなたはなにも悪くないのだと、知ってほしい。

「私の体力が、なさすぎたせいです。これからはもっと体力をつけなくてはいけないな、と反省していたところです」
「そんな……」
「イングリスト様、いつまでも部屋の入り口で立ち話はエーテル嬢の体調によろしくないのでは? それでなくとも病み上がりの中来てくださったのですから」
「そ! そうですね! 早く、部屋の中へ!」
「お、お邪魔いたします」

 またもやエルネス様に促され、執務室に入る。
 机の上には積み重なった書類の山。
 イングリスト様、今まで通り働いておられたのね。
 今日も大変そう……。

「ところで、そちらはまさか……」
「はぁい、パーティーぶりね。今日はお前に呪いをかけにきてやったわ!」
「ね、眠り以外の呪いでお願いします!」

 イングリスト様も話を聞いていたからだろう。
 まさかの呪いどんと来い。

「いいだろう、お前にかけるのは周囲に自身の『幸運』を分け与える呪いだ! 呪われろ!」
「っ!」

 黒いおどろおどろしい光玉を、ナジェララ様が天井へ向かって生み出す。
 それをイングリスト様に叩きつけるようにぶん投げると、イングリスト様にの体にスッと入っていってしまった。
 こ、こんなに簡単に……。

「イングリスト様、体調は大丈夫ですか?」
「は、はい。問題ありません」
「そしてエーテル、お前にも呪いをかけるよ」
「え! わ、私にもですか?」
「当たり前だろう! あたしを待たせた罰だよ! 喰らいな! アンタにかける呪いは——アンタに悪意を持って接した者に、不幸が降りかかる呪いだ!」
「えっ!」

 ナジェララ様が同じように黒く光る玉を作り出し、私に投げつけてきた。
 すう、と私の中に入り込む呪い。
 でも、以前のような……悲しみや怒りは感じない。

「ナジェララ様……」
「これでアンタに近づく悪いやつは勝手に不幸になる。アンタに敵意を持ってるやつでも助けたいと思うなら、この王子と一緒にいることだ。この王子にかけた呪いがあれば、そんなに酷い目に遭わなくて済むよ」
「! ナジェララ様!」

 また私のせいで人を不幸にしてしまう、と思ったら、ちゃんと救済措置を用意してくださっていた。
 イングリスト様と一緒にいれば、たとえ私に悪意を持って接してきた人でも、酷い目には遭わなくて済む!

「ありがとうございます、ナジェララ様!」
「その代わり、体調が整ったら絶対あたしの家に来るんだよ」
「はい!」
「あと二、三日は大人しく寝てること!」
「はい!」
「ありがとうございます、峠の魔女ナジェララ様」

 イングリスト様も嬉しそうに微笑み、ナジェララ様に頭を下げる。
 イングリスト様も、これで……もう……!

「イングリスト様! おめでとうございます!」
「エーテル、ありがとうございます! ……すべて、あなたのおかげです。本当に、あなたは……この世界であなたより素晴らしい女性はいない! ありがとうございます、エーテル! 愛しています!」
「ひえ!」

 抱き締められて、頬に、こめかみにキスを落とされる。
 興奮していらっしゃる?
 でも、あの、私、そ、そんな、急に!

「ひ、う、あっひ……!」
「イングリスト様! それ以上は——!」
「お嬢様には刺激が強……!」
「ふぅ……」
「「「お嬢様ーーーー!」」」
「エーテル!?」

 幸せすぎて、イングリスト様のことが好きすぎて、私の意識はそこで途絶えた。
 でも、もうとっくに気づいている。
 私はこの方が好きだし、外堀は陥没していて逃げ場もない。
 なにより、私自身が最初から逃げ道を塞いでいたのだ。
 この方へ、一目で恋に落ちていたのだから。





 終
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

淡雪
2025.06.14 淡雪

面白くて一気読みでした。ハッピーエンドばんざい。

解除

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。