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余談〜王都アルバニス〜

【4】

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 ごくり。
 お伽話のような昔話。
 しかし今も存在する魔獣。
 建物の中に入り、白の廊下を進みながら話しは続けられる。
 邪竜を喰い殺した幻獣は、人間にこう伝えたのだという。

「二体目の邪竜を生み出したくなければ争いを止め、手を取り合い穏やかに生きる道を模索せよ…と。幻獣はそのまま森へと帰って行きましたが…人間の王たちは変わりませんでした。むしろ、相手の国を出し抜くために更なる騙し合いを繰り返したといいます。二体目の邪竜が生まれるのに、そう時間はかからなかったほど…」
「そ、そんな…」
「邪竜は他の魔獣を喰らい、その力を取り込みより強大で凶悪になっていくのだそうですよ。邪竜が暴れれば負の感情は生まれ続ける。負の感情は新たな魔獣を生み、魔獣を食らう邪竜はどんどん強くなっていく…」
「繰り返しじゃねーか…」
「そうです。けれど二体目の邪竜は突如現れた一人の王子によって倒されます。それこそ、この国の王…アルバート陛下です」

 え。
 ここでまさかのこの国の王?
 階段を登るスヴェン隊長が肩越しに振り返って微笑む。

「当時陛下はまだ王位に就いておられませんでしたが、幻獣族より賜ったお力を開花させ人並外れた魔力と力をすでにお持ちだったのです。アルバート陛下が邪竜を倒したことで、いくつかの国はアルバニス王国に下ったそうですよ」

 そりゃ世界の半分の国が喰われた後では、その邪竜を倒した王子のいる国に下った方が安全だろう。
 長いものには巻かれるべきだ。
 アルバート・アルバニスは、しかしそれだけで終わらず、従わない国をたった一人で制していった。
 邪竜を倒せるほどの力を前に、ただの人間の集まりは無力な有象無象に過ぎなかったのだという。
 そして魔獣は生まれるとアルバート直属の騎士が、殺さずに穢れた魔力を抜き取って救い浄化していく。
 次第に強力な魔獣は減っていき、アルバニス王国に従わない国も海の向こうへと逃げ出していった。
 アルバート・アルバニスによりドラゴンと幻獣に不可侵の条約と地域が制定されて、この大陸は平定されたのだ。
 それでもまだ、か弱い魔獣は生まれ続ける。
 人は弱い。
 欲や、邪な心をどうしても持ってしまう。
 それは仕方のないこと。
 しかし、当時に比べれば昨今の魔獣は人の手でも浄化する事の出来るものだという。

「アルバート王の話では、かつてバルニアン大陸を闊歩していた魔獣は生き物だけでなく魔獣同士で喰らい合っていた。ですから、より強力で邪悪なものばかりだったそうです。現在は魔獣同士で喰らい合う前に早急に浄化していますので、そこまでの強さはありません。なによりこの大陸には戦争がない。これにより生まれる魔獣はあまり強くはないそうです」

 もちろん、邪竜など生まれない。
 平和を維持することは、二度と邪竜を生まないことに直結する。
 魔獣の脅威は消えることは無いが、だからこそ邪竜という恐怖を人は日々意識するのだ。
 目の前にいる魔獣より、もっと強大な邪竜とはどれほど恐ろしいのかと。

「魔獣は殺してしまうと宿していた穢れた魔力が凝縮されて分散し、他の魔獣へと吸収される。そんな高濃度の穢れた魔力を吸収したら、魔獣はもっと危険なものに成長してしまいます。だからこそ浄化して助けなければいけないんです。…我々人間がそう思い、行動し続けることで争いのない平和が保たれる…そうなるように創造神は魔獣化を世界のシステムとして組み込んだのです」
「…………」
「な、成る程…。けれど、それならなんで…アバロンには魔獣はいないんでしょうか?」
「…うーん…それは私にもなんとも…。確かアバロン大陸は、『八竜帝王』のうちの四体…獄炎竜ガージベル様、賢者ザメル様、雷鎚のメルギディウス様、銀翼のニーバーナ様がご自身とその一族と共に暮らすために生み出された大地。伝承ではニーバーナ様がアバロン大陸に残留なさり、大地を守護なさっていると伝わっております。彼の王は穢れを浄化する『光属性』…ニーバーナ様がそのお力で守っておられるのかもしれませんね」

 アバロンではドラゴンなど空想上の生き物だ。
 存在しない。
 ありえないもの。
 けれどもし、本当にそのドラゴンがずっと大陸を守り続けてくれていたのだとしたら…?
 …しかし、それなら何故アバロン大陸で魔法が使えないのだろう?
 確かフレデリック王子はアバロン大陸で魔法が使えないのは住んでいる種族の差だと言っていたような。

「あの、フレデリック王子はこちらの大陸にはドラゴンや幻獣が住んでいると仰っていました。アバロンには、そういう生き物はいない…だから魔法は使えないんだと…」
「…少しお待ちを」

 片手で質問を制される。
 とある一室の前で、扉をノックするスヴェン隊長。
 中から一人の女性騎士が出てきた。
 その隊服は彼と同じデザイン。

「あ、隊長! わざわざノックなんてなさらなくても!」
「応接室に居ます。フレデリック殿下のお客様対応をしていますので、緊急時以外の事はオーディに指揮権を預けると伝えておいてください」
「! は、はい! 分かりました! オーディ副隊長にお伝えします! あの、お茶は幾つお持ちいたしますか!」
「私がお淹れ致しますので大丈夫ですよ。それと、二人ほど来週予定の空いているものがいたら教えて下さい。頼みがあります」
「了解致しました! あたし、空いてます!」
「あ、ありがとうございます…」

 かなり食い気味の女性騎士。
 察しのいい男なら「あ、これは彼に気があるんだな」と分かる。
 まあ、こんな顔の整った好青年そういるもんじゃない。
 無理もない、と顔を見合わせて悟った顔で頷き合うウィーゴとコゴリ。

「お待たせいたしました。こちらのお部屋でお待ちください」
「…!」

 その隣の部屋に通される。
 広い室内には美しい細工の施されたテーブルと、紅い布地の見るからにふわふわな数人がけのソファー。
 風景の絵画が一枚だけ飾られた質素な壁と、シンプルだが安物ではないと一目で分かるシャンデリア。
 全体的に質素ではあるが、決して安っぽく見えない部屋だ。
 そして少し離れた場所に、簡易な食器棚と見慣れない容器、そして机に似た台座がある。
 テーブルそっちのけで台座に近付くリゴ。

「あの、これは?」
「お茶を淹れるポットです。…アバロン大陸のものとは違いますか?」
「はい! 全然…」

 なんというか、独特な丸みのある容器…にしか見えない。
 お茶を淹れるというスヴェン隊長にお願いして、その様子を見せてもらう。
 食器棚にあった茶葉の缶を開けると、ポットに直接淹れて、台座の円形の模様の上に置く。
 ポットの蓋を閉め、台座の魔法陣に手をかざすとその場所が青く光る。

「こ、これは? 今何が起こっているんですか⁉︎」
「ポットの中に水を溜めています。適量が溜まりますと、自動で止まります」

 一度手のひらを握り、もう一度開いてかざす。
 すると台座の魔法陣は赤く変わった。

「もしかして、今度は沸騰ですか⁉︎」
「はい。…魔法がそんなに珍しいですか?」
「アバロンでは魔法は使えないんです!」
「ああ、そのような事を言っておられましたね…」

 そう、アバロンでは魔法は使えないし、ドラゴンや幻獣もいない。
 魔獣がいないのは何よりだが、ある意味魔獣のような人間が掃いて捨てるほどいる。

「……ニーバーナ様の事はアバロンの民はご存知ではないのですか?」
「はい、全く…」
「…では、もしかしなくてもニーバーナ様はアバロンで繁殖されていないのでしょうか。ドラゴンの王は両性で、数十年に一度繁殖期に単体で卵を産むことができるそうですが…」
「そうなんですか⁉︎ な、なぜ⁉︎」
「も、申し訳ありません、私に聞かれましても…」
「そ、それもそうですよね…すみません…」

 …アバロン大陸唯一のドラゴン、ニーバーナが繁殖していたならアバロン大陸にもドラゴンが定住していた?
 ドラゴンを見た事もないが、もしアバロンにドラゴンが居たら色々変わっていたんだろうなとは思う。
 …少なくとも奴隷の死因の一つにはなっていそうだ。

「あ、そういえばスヴェン隊長に言えばドラゴンを見せてもらえると聞いたんですが…」

 あの表情筋の死んだガキに。

「ドラゴンもご覧になったことがないんですね。…では、お茶を飲んでから私の愛竜パルをご紹介いたします」

 どうぞ、とあの柔らかそうなソファーへ座る事を促される。
 奴隷は基本座るのも寝るのも地べただ。
 本当に座っていいのか悩む。

「あっと、いけない…。申し訳ございません皆さん…茶菓子を用意して参りますので少々お待ちいただいても…」

 悩んでいると、食器棚の端の扉を開いたスヴェン隊長が振り返る。
 そして棒立ちの四人に首を傾げた。
 ちょうどその時、入り口のドアがこんこんと叩かれる。

「失礼。…はい、どちら様ですか?」

 四人に断りを入れ、少しだけ扉を開くスヴェン隊長。
 自分たち以外の来客が気になるウィーゴが、少し体をのけぞらせて見ると…扉は完全に開け放たれた。
 慌てて体を元に戻す。

「?」

 入ってきたのは薄紫色の髪の美人。
 そこはかとなく、どこかで見たことのあるような…。

「エーデルフェル・フェルベールと申します。フレデリック殿下と、ジョナサン殿下の執事を務めております。お気軽にエルメールとお呼びください」
「…………」



 あ…あああああああ…。



 室内が凍り付く。
 スヴェン隊長の俯いた死んだような目の笑顔。
 先程、ハーディバル隊長の持ち出していたリゴたちには一切関係ないはずだった話題。
 まさか、まさかあの話題の後で…⁉︎

「…しかし、丁度良いタイミングでした。こちらを」
「あ、ありがとうございます」
「そ、そちらは?」

 エルメールが差し出したのは上半身半分が見えないくらい大きなバスケット。
 それをスヴェン隊長に手渡す。
 手渡されたスヴェン隊長の腕がバスケットを持つなり肩から下がった。
 なにあれ絶対重い。
 それを軽々お持ちとは…華奢だが相当の力持ちなんだろうか?

「…殿下たちが留守ですので、私は職務があまりなく暇でした。ので、少々スコーンを焼き過ぎてしまいまして…騎士団の皆様にお裾分けに参りました。偶然、フレデリック殿下のお客様がいらっしゃっているとのことでしたのでご挨拶をと」

 と、腰から体を折ってリゴたちにお辞儀をする。
 …成る程、誰かに似てると思ったがさすが兄弟…この人も表情筋の死んでいる人だ。
 しかしスコーンにしてはえらく重そうなバスケットである。

「丁度お茶菓子が切れておりましたのでありがたくいただきます。エルメール殿もご一緒にお茶をいかがですか?」
「いただきます」
「では、お入れしますね。あ、皆様はどうぞソファーでお待ちください」

 改めてそう促され、四人は顔を見合わせる。
 別れたての男女…よりもある意味重々しい別れたての男子カップルと…お茶。
 拷問にも等しくないか?
 二人の徹底した敬語もなんか怖い。

「…………」
「あ、あの…座らないのですか?」
「皆様こそお座りになられないのですか?」
「………。失礼します…」

 よくよく考えれば客扱いなのだ、自分たちは。
 客が座らないのに彼らのような立場の人がさっさと座るわけがない。
 アイコンタクトして、ソファーに詰めて座るとエルメールがコゴリとザールに一人がけソファーを勧めてきた。

「こちらをご利用下さい」
「え、で、でも」
「…申し訳ございません、ではこちらを…」
「これで大丈夫ですー!」

 そんな俺たちみたいな奴隷に贅沢すぎる、意味の困惑は果たして彼にどういう捉えられ方をしたのだろう?
 反対側にあった長いソファーを持ち上げられて、大慌てで一人がけソファーに座ることになったコゴリとザール。
 というかこの人、女性みたいな細腕でどういう怪力だ。

「エルメール殿、お客人たちのいらっしゃったアバロン大陸には魔法がないそうですから驚かれてますよ!」
「…そうなんですか? それはとんだ失礼を…」
「申し訳ございません、皆様…。エルメール殿は身体強化魔法の使い手なんです。先程皆様をこちらにお連れしたハーディバル隊長のお兄様であられるのですが…、…フェルベール家は代々魔力の大変強い一族なのです」
「ハーディバルにお会いになられたのですか? なにか失礼な事など申しておりませんでしたか?」

 …それはもう…。
 とは、言えない。
 当然だが四人とも首を横に勢いよく振って「いやいや、全然」と誤魔化す。
 なによりお兄様の目が据わってらっしゃる。
 スヴェンが説明しながらお茶をテーブルに並べると、エルメールが四人の前に移動させた。
 流れるような共同作業。

「あれは生まれつき規格外レベルの体内魔力容量を持って生まれました。最年少で騎士団へ入隊、隊長昇格など、精神的に未熟でありながら位ばかり高くなって生意気なのです。ご無礼があったのなら、兄として謝罪致します」
「いや、本当にそんなことは…!」
「それはそれとして、アバロン大陸からのお客様という話、私は殿下たちからなにもお伺いしておりません。スヴェン隊長、ご説明頂けますか」
「ン、ンンン…」

 鋭い眼差しに目を逸らして咳き込むふりをするスヴェン隊長。
 ひしひしと、やばい雰囲気を感じ取る四人。
 ごくり。
 無意識に唾を飲み込む。

「その、私もランスロット団長より任務が終わるまで一時的にお相手をしていてくれと頼まれたもので詳しくは…」
「殿下たち付きの執事として、把握しておきたく思います。もしよろしければ皆様からもお話をお伺いしたいのですが」
「へあ⁉︎」

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