1 / 37
ひもじい
しおりを挟む『少食』
どういうものだか、あなたは知っていますか?
簡単に言えば食べる量が少ない人のこと。
でも、本当はそんな簡単な話ではないのです。
確かに食べる量は少ない。
いい言い方をするなら少なくて済みます。
悪い言い方をするなら少ししか食べられません。
そして、存外「食欲」もないのです。
食欲がないって結構大変なことなのですよ。
なぜか?
人間の三大欲求はご存じでしょうか。
『性欲』『睡眠欲』『食欲』──人が生きるために必要なものです。
そのうちの一つが欠けているようなものなのですわ。
お腹は空く。けど食べたくない。食べたいと思わない。
普通の人にはちょっと理解出来ないと思います。
もちろん他にも色々悩みは尽きません。
たとえば、友達と食べ放題に行くとします。
友達は元を取ろうとたくさん高いものを食べようとする。
でも、少食は元を取れるわけもなく……高いお金を払ってちょっと食べて満足してしまう。
ぶっちゃけ誘わないで欲しい。
食べられないんです。食べ放題って言われても、ケーキ一つで満腹になるのです。
それなら高くて美味しいものをちょっとだけ食べた方がいいと思う。
いや、知っているんですよ?
世の中は美味しいもので溢れてる。
映え~、とか言って、見た目も可愛くて美味しいものは世の中に溢れているんだって事は……そんなの、もちろん分かってるんですよ。
でも、少食の人間はその美味しいものを食べ尽くせない。
その悔しさは──普通の人には、きっと永遠に分からないでしょう。
「…………ひもじい……」
それでも、病気になって、本当になにも喉を通らなくなり……点滴ですべての栄養が賄われるようになってようやくそう感じるようになったのは……本意ではない。
美味しいものは好き。
少食だけど、美味しいものは食べたいと思うのです。
その欲求は確かにあります。
しかし、もう食べられません。
世の中はきっと美味しいもので溢れているのでしょう。
もっと色々、美味しいものを食べてみたかった。
食事が摂れなくなって数年。
両親がわたしをあっさり見限って消えてから、親戚に引き取られるもそれは形だけ。
食事も与えられず、そこそこ平気だったけれど……生死の境を彷徨うほどに放置されたのはやはりつらかった。
しかし、それもようやく終わるのです。
息を引き取るまで数秒。
自分の人生、なんの色もなく……彩りもなく……思い出せる事も……。
(…………ああ、ケーキ食べたい……)
そんな人生だった。
「……………………」
目を開く。
見知らぬ、しかし見覚えのある天井。
“わたし”は病死したはずである。
だが、まるでそれが長い夢であったように思えた。
「お嬢様、お目覚めですか? 本日はお食事は摂れそうてしょうか?」
「…………いらない」
わたしは返事をする。
お腹は減っているけれど、食欲は相変わらず……ない。
わたしに食事について聞いてきたのはメイドのルイナである。
かしこまりました、と頭を下げてテキパキとわたしの体を起こし、服をひん剥いて濡れたタオルで汗を拭いていく。
我が身ながらなんてガリガリ……骨と皮だけじゃないか。
「もうすぐ王子殿下のお茶会です。『それまでに、体調を整えろ』と旦那様からのご命令がありました。……なにかお食べになられた方がよいと思います」
「……命令……」
変な夢を見たせいだろうか?
頭がいつもよりもくらくらとする。
「…………じゃあ、ケーキが食べたいわ」
「ケーキ、ですか……かしこまりました」
不思議そうな顔をされたけれど、新しい下着とネグリジェを着せ替えられてからルイナは頭を下げて出て行く。
部屋は静寂。
まだ不思議な感覚は続いていた。
「……変な感じ……。わたし……いえ、わたくしは、クリスティア・ロンディウヘッド……十歳……パドウィウ王国、宰相、ロンディウヘッド侯爵家の、次女……うん、覚えているわ……」
ちゃんと分かっている。
問題はない。
でも、頭を抱えた。
いつも通りとても気怠い。
頭もわずかに痛く、起きているのがただただつらい。
「……わたくしには姉と兄が一人ずつ……二人とも婚約者はいない」
なぜ?
なぜ、自分が一人っ子のような感覚なの?
わたくしは末っ子。
体が弱く、姉や兄のようにお茶会にもまともに出られない。
姉、メアリは十七歳。すでに社交界にもデビューしている。
兄、ディオスは十五歳。今年社交界にデビューする。
わたくしは……わたくしは王子の婚約者に望まれて王妃教育を受けてきた。
でも、王子の婚約者候補止まり。
理由は明白……体が弱いからである。
しかし父はなにがなんでもわたくしを婚約者にしやうとしている……。
その期待が、わたくしをよりストレスで弱らせているのだろう。
「?」
どうしてそう思うのかしら?
ストレス……?
やはりなんだかおかしい……あの夢の影響が残っている?
頭が冴えているわけではなく、これまでなかった知識が急に増えて、より色んな事が分かったり考えられるようになっている……?
「なんなの、これ……」
それが『前世の記憶』というものだと、わたくしはその時はまだ理解し切れていなかった。
しかし、自分の体調不良の原因は理解したのだ。
そう、ストレスである。
父の過度な期待。
いえ、命令。
それにわたくしは応えられそうにない。
それによる心労で、わたくしは体を壊していたのだ。
もちろん、それが分かったところで……である。
27
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
華やかな異世界公爵令嬢?――と思ったら地味で前世と変わらないブラックでした。 ~忠誠より確かな契約で異世界働き方改革ですわ~』
ふわふわ
恋愛
華やかなドレス。きらびやかな舞踏会。
公爵令嬢として転生した私は、ようやく優雅な人生を手に入れた――
……はずでしたのに。
実態は、書類の山、曖昧な命令、責任の押し付け合い。
忠誠の名のもとに搾取される領地運営。
前世のブラック企業と、何も変わりませんでしたわ。
ならば。
忠誠ではなく契約を。
曖昧な命令ではなく明文化を。
感情論ではなく、再評価条項を。
「お父様、お手伝いするにあたり契約を結びましょう」
公爵家との契約から始まった小さな改革は、やがて王家を巻き込み、地方貴族を動かし、王国全体の制度を揺るがしていく――。
透明化。共有化。成果の可視化。
忠誠より確かな契約で、異世界働き方改革ですわ。
これは、玉座を奪う物語ではありません。
国家を“回る構造”に変える、公爵令嬢の改革譚。
そして最後に選ばれるのは――契約ではなく、覚悟。
---
【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――
ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。
魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。
ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。
誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ
汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。
※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる