ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

文字の大きさ
23 / 553

お誘い(2)

しおりを挟む

 いつもの魁星。
 そう見えたけれど、表情というよりも瞳には強く安堵したものが垣間見えた。
 淳の顔に、自分の表情を読まれたことを察したのか魁星も一瞬無表情になってからもう隠しきれないと思ったのか真剣な表情で淳を見返す。
 
「えっと……無理して話してほしいわけじゃないんだよ」
 
 正直な話、入学後に寮に入りたいと言い出す魁星の家庭事情が気にならないわけではない。
 でも、家庭事情を気軽にするほどの距離でもないのは淳もわかっている。
 これから一緒にやっていく関係でも、少なくとも”まだ”その距離ではない。
 幼い頃から劇団に所属してコミュニケーションを学んできたからこそ、人との距離感はそれなりにわかっているつもりだ。
 人にはどうしても触れられたくないものがある。
 そういうものを持っている人間もいる。
 みんながみんな、淳の家のように家族仲良しで、家族になんでも相談し合えるわけじゃないのだと知っている。
 そういう繊細さも、神野栄治を追いかけていて学んだ。
 彼自身がツブキャスという音声のみの配信中、二十歳になった誕生日の『人生初飲酒二次会』で「アーカイブ残す気ないから話すんだけどね~」という前置きをして話していた生い立ち。
 母方の祖父と犬と三人暮らしの理由。
 実母が自分を妊娠したのを話したら、男に逃げられてしまった。
 元々父子家庭だった実家に出戻りして自分を産んだが育児放棄をされ祖父に育てられた。
 小学校の時に母は自殺。
 目の前で見てしまったこと。
 そういう衝撃的な話を淡々として「俺がゲイなのって、女の人を見ると思い出すからなのかもねー」と括った。
 彼が同性が恋愛対象という話は、東雲学院在学中から隠していなかったのでファンなら知らない人間はいないぐらい有名。
 けれどその生い立ちまでは――
 そのツブキャスを聞いて、単純な”尊敬”だけの感情だけではなくなった。
 今までの感謝、純粋なリスペクトだけではない……もう一つ上の、なにか、人間としての敬愛のようなものが産まれれたように思う。
 腐ることなく、自分をぞんざいに扱うわけではなく、胸を張ってプロとしての意識を持ち、自分の人生も価値も高め続ける姿を心の底から『人間として』尊敬した。
 幸せに、安全に、大切に愛されてきた自分は彼のよな波乱万丈な人生を今更送れるわけではないけれど、そんな自分にも彼はあのアーカイブの残らない配信で「あ、でも普通にお父さんとお母さんに愛されながら、学校通って友達もいる”普通”の人生が一番いいと思う。そういう人生を送ってみたかったっていう憧れはあるよね」と語って救ってくれたから。
「どんな生き方してても、今日まで生きてきたならそれだけで幸せなんじゃないか」と。
 そういう考え方も、好きだと思った。
 キャスのコメント欄も実に神妙な空気だったが、「これ二十歳の人生観か?」「栄治君本当に20歳?」「人生何週目ですか?」「四十代の俺、涙目」「五十代無職の俺圧倒的敗北感」という切ないものもいくつか見てしまって「受験頑張ろう!」と決意を新たにさせてくれたのもいい思い出だろうか。
 なおそういう人々にも「えー、五十代とか人生折り返しで今から第二の青春じゃない?」というフォロー。
 カラン、というグラスに氷が当たる音とともに、酒を楽しむご機嫌な心地のいい声色が忘れられない。
 そうやって、人の痛みにも寄り添う声に「自分もこういう大人になりたい」と思った。
 だから、目の前の同級生にも慎重に。
 
「話したくなければ話さなくていいし」
 
 そして、神野栄治ならなんて声をかけるだろうと考える。
 彼ならきっと無理に立ち入ることはしない。
 でも、話してくれるなら静かに話を聞くと思う。
 それからたとえ相手を傷つけることになっても言うべきことははっきり言うだろう。
 そういう人だ。
 自分もそうできるかはさておき、その姿勢を見習いたい。
 
「――真面目だなぁ」
「え?」
「いや……誠実だよな、って。いや、まあ……淳ちゃんが考えてる通りなんだよ。俺が小学校五年の時に、母ちゃんの浮気が原因で離婚してこの町に引っ越してきてさ」
「え……」
 
 色々驚いたけれど、お父さんが浮気したのではなくお母さんが浮気。
 しかも、それでも母親に引き取られた?
 
「托卵って知ってる? カッコウっていう鳥が他の鳥の巣に卵を産んで、育てさせる習性があるんだけどさ……俺、父さんだと思ってた人と血が繋がってなかったんだよ。……で、父さんは俺とも縁を切って自由になったんだ」
 
 悪いのは母と、責任を取らずに逃げた男。
 そう言って力なく笑う魁星を、立ち止まって見つめた。
 その生い立ちは、神野栄治に似ている。
 
「……俺、神野栄治様が好きって言ったじゃん?」
「え? う、うん。え? なに?」
 
 どう切り出すべきか考えたら、布教みたいな出だしなってしまった。
 でも、そうではなくて。
 
「栄治様も母子家庭なんだって。お母さんは妊娠したって言ったら当時の彼氏に逃げられて、栄治様は産まれてすぐにお祖父さんに育ててもらったって言ってた。で、お母さんは栄治様が小学校の時に自分で自分のことを……殺しちゃったって」
「え……」
「壮絶だよね。すごく淡々と言ってた。アーカイブ残ってないけど、そのエピソードはずっと記憶に残っている。魁星のお母さんは――そう考えると強い人だね。お父さんを『自由になった』って言ってあげる魁星は、お母さんよりももっと強くて優しくてすごいと思う。それで、一人暮らしのために寮に入ろうと思ったんだ? ……うん、いいと思う。それにいろいろ悩みながらそう考えられるのもすごい。尊敬する」
 
 心の底からそう思ったまま、伝えた。
 息を呑む音。
 空気が小さく震える。
 
「見捨てたことに……ならないかな……?」
「お母さんを? ならないよ」
「母さんが俺を邪魔で、要らないって思ってるのはわかってるんだよ。今の彼氏と一緒にいるのに、俺ってマジで邪魔だから」
「彼氏さんがいるの? じゃあ、お母さんのことはその彼氏さんに任せたらいいんじゃない? 魁星は魁星の人生を生きていいと思うよ」
「……そうかな……?」
「うん」
 
 絞り出すように、今にも泣きそうな歪んだ笑みで問われる。
 ああ、やっぱり本当にたくさん悩んでいたんだな、と目を細めた。
 普段悩みとは無縁そうに笑っているけれど。

「――そっか……」
 
 今までで一番安心した笑顔で魁星が呟いた。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

僕はお別れしたつもりでした

まと
BL
遠距離恋愛中だった恋人との関係が自然消滅した。どこか心にぽっかりと穴が空いたまま毎日を過ごしていた藍(あい)。大晦日の夜、寂しがり屋の親友と二人で年越しを楽しむことになり、ハメを外して酔いつぶれてしまう。目が覚めたら「ここどこ」状態!! 親友と仲良すぎな主人公と、別れたはずの恋人とのお話。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

推しの完璧超人お兄様になっちゃった

紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。 そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。 ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。 そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

処理中です...