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蕾
しおりを挟む数年ぶりの星光騎士団衣装のツルカミコンビのライブを噛み締めてから、恐る恐る引退済みの先輩中心に声をかけ、「こういうところがかっこよくて」「歌声の伸びがすごくて何回も動画で聴いていました」と握手してもらった。
もう一般企業に就職した引退組も、淳の丁寧な感想とファンコールに全員満更でもない。
佐藤日向は歌い終わったあと、わざわざ淳のところに戻ってきて「土日にSBOにログインして、柚子とまた歌う約束をしたからフレンド登録しない?」と声をかけてくれた。
変な奇声を上げそうになりつつ、やっぱり生身なら嬉し泣きしていた気がする。
「ちょっとぉ! 日向ちゃんは一番最初におれとフレ登録すべきでしょー!」
「うるさい」
「あ、音無くん? おれともフレ登録しよう~。珀ちゃんみたいにゲーム好きな後輩はレアだから、絶対一緒に遊ぼうね~」
「わああ、は、はい!」
星光騎士団歴代メンバーの中でもゲーマーで有名な蔵梨柚子ともフレンド登録。
あの豪快な戦闘を見たあとだと本当に心強い。
「さ、行こう。僕たちの出番だよ」
「ほな、行きますか~」
「うぃ」
「ちょっと、新人たち! 残っている先輩たちもいるんだから、みっともないパフォーマンスしないでよぉ!?」
「は、はい!」
「よっしゃー!」
「全力を尽くします!」
十四代目、大畑春馬、雨宮隼のライブが終わってからいよいよ今代――十五代目の出番。
司会のそばおとプロモーション担当のツルカミコンビにより、ステージに迎え入れられる。
「十五代目団長の綾城珀と」
「十五代目副団長、花崗ひまりくんと~!」
「宇月美桜とぉ~」
「後藤琥太郎とー」
「四月に入団しました、新人の音無淳と!」
「花房魁星と!!」
「狗央周です!」
自己紹介をしてから、イントロが流れ始める。
その曲に、淳は目を見開く。
五月の定期ライブために練習をしてきた新曲『A flower of love patterned with stars』。
バラード曲で、ゆったりした曲だがかなりの肺活量と声量が必要。
曲調が穏やかなので振付はそんなに動くものではない――わけもなく、パートごとに前へ斜め横に移動、などちっとも休みがない。
しかも移動速度も合わせないと前後左右斜め、誰かとぶつかりかねないので傍目から見るよりもかなり繊細で気を遣う。
最初に先輩たちが難なく踊っているのを見て「あ、意外と簡単そう」と思った一年坊主どもは練習開始三秒で泣きそうになった。
難しそうに感じないほどスムーズにやってのけた、先輩たちの技量がすさまじいのだと思い知ったのだ。
その上、二軍の魁星と周にもパートを振り分けてもらい、前へ出て歌うことができる。
声変りで歌えない淳だけが、自分のパートをもらえなかった。
これは仕方ない。
自分でも「まだ歌えないので……」と断った。
前奏が終わってAメロの開始を綾城が歌い出す。
相変わらず繊細さの中に艶のある歌声。
なによりやはり、メンバーの中でも跳び抜けた声量。
さすが『歌バフ』を謳うSBO、ゲーム内でも生歌と遜色ない歌声が響き渡る。
すぐにその隣に花崗が肩を寄せ、彼のパートを歌い始めた。
綾城に劣らぬ声量。
綾城にはない儚げで大人の色香漂う声色。
声の抑揚の深みが、現メンバーの追随を許さない。
そして宇月の番。
他のメンバーには出すのが難しい高音を、なんのブレもなく発する。
声の伸びは聞き心地が良く、その声に被せるようにメンバー内で一番の低音、後藤の歌声が重なるとなんとも重奏が響く。
これだ。
この四人だからこそ、この歌声が出せる。
『A flower of love patterned with stars』は、凛咲先生と梅橋梓が”この四人”のためだけに作り出した専用曲。
そこに新人の自分たちが、参加させてもらう。
余分な自分たちが参加する前の、完璧な調和に振付に気をつけつつも聴き惚れる。
「~~~♪」
間奏に入る前の最後のサビ、綾城のパート。
急に綾城の手が淳の手を掴んで前へ押し出し、背中で押し出される。
ギョッと振り向きそうになるが、小声で聞こえた。
「歌って」
と。
一瞬目を見開く。
曲調が穏やかだから、歌い出しに間に合った。
迷わなかったわけではにけれど、他の――フルフェイスマスク型のVR機ではなくフルダイブ型のVR機なら、淳も歌える。
「~~~~♪」
他のメンバーの生歌とは違って、体から放たれる音とはやはり明確に違う歌声。
けれど、喉になんの負担もなく大きな声で存分に歌える感覚。
そう、この感覚だ。
これを忘れないために、淳は『SBO』を始めたのだと思い出す。
たったのワンフレーズ。
それがこんなにも気持ちいい。
たくさんの人の前で、声を出すことが気持ちいいと思い出した。
ステージの上から人の顔が笑顔になる、この光景。
(演劇の楽しさも、歌の心地よさも、両方好き)
心踊る、あの舞台。
自分も提供する側で楽しみたい。
舞台で演じながら歌う、体が羽のように軽くなるあの感覚。
ほんの数秒だけれど、淳が舞うように前列から横に逸れていく姿に目を見開いた者がいた。
(ああ、なるほど)
(――彗さんが目をつけるわけですなぁ)
(あー……やっぱ“アイドル”だわ、あの子)
(あ、あの子伸びるな)
綾城と、鶴城と、神野と、蔵梨。
そして笑みを深めた凛咲と、決定的な差を見出した魁星と周。
いつか、近いうち――その開花を目にすることになるだろう、と。
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