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過干渉地獄とは

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「なにが怖いって、先輩たちはこの仕事以外に個人指名の仕事をこなしてるってことだよな?」
「そうだね」
「……まだまだ上には上があるってことなのですね。口座を作って一安心している場合ではなかったです。頑張ります。それでは、また明日」
「おー、またな」
「おれもかえるよ?」
「あ、ジュンジュンも帰るんだ……。はい、俺も帰るよう……。最近周、自炊してるみたいで一緒にコンビニにも行ってくれないんだよなぁ」
 
 レッスンを終えて歩けるようになった魁星と周と三人で、校門まで歩きながら雑談。
 サクサク歩いていく周は、そのままスーパーへ行くつもりらしい。
 ちなみに先ほど届いた『一年生が積極的に受諾して』の仕事依頼は、魁星と周が「「土日バイトきつくなってきたので、生活費がなくなる前に自分が!」」と挙手して二人中心に振り分けてもらった。
 こういう時に実家暮らし、親の理解がある淳は本当に恵まれているな、と思う。
 
「あ! あまね!」
「はい?」
 
 そんなことを考えたら、口が勝手に周を呼び止めていた。
 彼が頑張っているのは、見ていてよくわかる。
 だから――
 
「かいせいも、ウチにこない? ウチのゆうはんつくりで、りょうりのれんしゅうしよう?」
 
 と、提案してみた。
 周は一瞬きょとん、と目を丸くしてから顎に指をあてがいながら考え込んで、顔を上げる。
 
「確かに、定期ライブで販売するお菓子は大量。一人分に慣れると大変そうですよね。数人分を作る経験はしておきたいです。作れるレシピも少ないですし」
「じゃあ、まずはかいものにいこ。かいせいもいっしょに、どう?」
「いいの? 行く行く!」
 
 ということで三人でスーパーに向かう。
 周は一人用、や一人分、などの野菜パックや分量が決まっているものを購入しがちだったらしい。
 なので淳がキャベツを丸々一つ籠に入れたのに驚いていた。
 
「ねーねー、淳ちゃん、なに作るの?」
「マーボードウフ。のどにしげきぶつはひかえようって、かぞくがきをつかってつくらないようにしてたんだ。とうさんのこうぶつなのに」
「麻婆豆腐の素は買わないんですか?」
「ちょうみりょうがあれば”もと”がなくてもつくれるよ~」
「キャベツはなにに使うんですか?」
「いろいろつかえるよ~。ちこちゃんがロールキャベツすきだから、なかのやわらかいところはロールキャベツにして、かたいはっぱはシオキャベツにするよ。とうさんもかあさんもビールすきだから、つまみに。それでもあまるようならおみそしるにいれてもいいし、たまごとシーチキンといためてもいいかな~」
 
 へー、と二人が感心したような声を出す。
 挽肉と絹ごし豆腐、挽肉は豚肉だけのものと、豚、牛の合いびき肉を一つずつ。
 合いびき肉も入れるのか、と周が籠を覗き込む。
 合いびき肉は明日、ハンバーグを作るんだよ~と教える。
 すると魁星が淳の方をジッと見つめてきた。
 
「なぁに、かいせい、ハンバーグたべたい?」
「食べたぁい……。手ごねハンバーグとかさあ、お店のやつはもちろん美味しいけど……家で家族が作ってくれるハンバーグって憧れなんだよ~」
「そうなんだ? いいよぉ。あしたのおべんとうにいれるためにつくってもいいし」
「マジで!? やったー! ジュンジュン大好きぃ!」
 
 スーパーで騒いじゃダメだよ、と淳に窘められてもニヤニヤが治まらない魁星。
 よっぽど嬉しいんだなぁ、と思いつつ後ろからしがみついてくる魁星に「じゃま」と顔面を押し返す。
 
「家で家族が作ってくれるハンバーグ、か……」
「アマリンの家は――どういう食卓だったの? 過干渉とは言ってたけれど、いつもご飯は作ってもらってたんでしょ?」
「………………」
 
 魁星がなんとなく、自分とは真逆の家庭環境に興味を持って聞いたのだろう。
 だというのに、周は真顔で無言になる。
 いや、怖い。
 明らかに様子がおかしくなる周に、目が泳ぐ魁星。
 
「ご飯は――そうですね、手作りを毎日……」
「へ、へえ……う、うん。ん、なんかダメなの? 俺は母ちゃんにご飯作ってもらった記憶ないから、ちょっと興味あるんだけど……。俺の母ちゃんは家事全般できない人だから」
「毎日……物心ついた頃から……母に笑顔で『骨の髄までお母さんが作ったものであーたんは構成されてるんだよ』とか……言われてきた……ので……」
「「…………………………」」
 
 狂気――。
 もう、その母親最初からおかしいだろ。
 心で思って口にはしなかったが、周曰く周の母は育児ノイローゼだったらしい。
 そしてなにか、一線を越えて周に執着する方向にぶっ飛んだ。
 父親の方も母の異様さに怯えた幼少期の周を世話し始めたところ、遅れて父性が開花。
 周が小学校に上がる頃には、息子命の両親が完成。
 息子のためならなにを犠牲にしてもいいという、教育方針で激しく取っ組み合いと罵り合いをする両親。
 けれど、息子に接する時は狂気を含んだ笑顔。
 逃げ場のない家庭内。
 周に弟や妹が産まれなかったのは、この頃すでに両親の仲は崩壊していたからだろう。
 行事で集まる級友の両親は、仲睦まじくほどよい距離感。
 あれはダメ、これはダメ、これをしなさい、これがお前の将来のため、という強要もない。
 遊ぶ友達も興信所がつけられ、調べられて一つでも両親が気にいらないと口出しされる。
 毎日のタイムスケジュールを作られて、その通りに生活するよう強要された。
 食べるものも両親の手作りしたものだけと管理され、持たされたスマートフォンは毎朝両親から手渡されて帰ってくると回収されて中をチェックされる。
 GPSは身に着けているものほとんどに忍ばされ、ランドセルにはICレコーダーが設置してあったという。
 中学生になるとさらに親の過干渉は激しさを増し、特に性的なものへの管理は異様。
 中学にあがったからお風呂は一人で入りたいと懇願しても、結局は「心配だから」「もう少しいいだろう」と両親のどちらかが勝手にお風呂までついてくる。
 周に用意されていた唯一無二のプライベート空間だったはずの自室には監視カメラと盗聴器が仕掛けられ、親の目から逃れる時間は消え去った。
 漫画やグラビア雑誌なども目に入らないようにされ、両親と同じ思想の親を持つ親を持つ子どもとしかつき合いを許されない。
 登下校は母親がつき添い、寄り道など都市伝説かと思った。
 
「よ、よくぬけだせた、というか……がくせいりょうにはいれたね……?」
 
 想像以上にヤバくてガチで引いた淳と、怯えた魁星。
 逆に、よくそんな状況から一人暮らしに持ち込めたな、と。
 それには周の祖父母の協力があったから。
 
「お正月に母方の祖父母が来るようにこっそり手配して、両親が自分の入浴中お風呂に入ってきたのを目撃させてシメていただきました。で、そこから芋づる式に自分の生活を洗いざらいぶちまけ、高校は自由に生活できるように準備を手伝ってもらったんです。家事は動画で勉強して……生活費用を一括で祖母が祖母名義でもって使っていなかった口座に入れてもらい、それを使って生活している感じですね」
「……が……がんばったんだね……」
「頑張りました。自由を勝ち取るために、もうあんな生活に戻らなくて済むように、命懸けで自活を頑張らなければなりません。今日のお夕飯もしっかりと勉強させていただきます」
「う、うん……」
 
 それ以上かける言葉もなかった。

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