360 / 553
住む世界
しおりを挟むなかなか戻ってこない淳を心配して松田が顔を覗かせてきたので早々にレッスン室に戻ることにした。
先程聞いた仕事内容を他の二人にも伝える。
石動が非常に嫌そうな表情をしたので、なにか思うところがあるのだろうか?
「上総先輩は対グループが出るの嫌ですか?」
「っていうか、そういう方針でいくなら別に俺たち相手じゃなくてもよくね?」
「それは俺に言われましても」
「まあ、それはそうなんだけど」
しかし、石動の言いたいことはよくわかる。
Frenzyは『Vtuberがいるグループ』という特徴があるので、今さらプラスアルファで対存在を作るよりは次代に対のグループを作ればいいのでは、と思う。
ただ、今の時点でRepressionというグループは魁星しかメンバーが正式に決まっていない。
なんなら魁星も事務所を『仮所属』状態。
そんな状況ですでにレッスンも半年こなして全曲ほぼ形になりつつあるFrenzyと敵対させるのは無茶だろう。
準備するなら二つ同時でなければ。
「まあ、でも考えてること自体は売り出し方としてアリだしな。その辺はさすがっていうか」
「そうですよね~。オタクは大好きですよ、そういうの。……でも、そういう手法ってガチ勢が出ると炎上しがちになるんですよね~」
「その辺の扱いが上手い奴らじゃないとそうなるよな。そう考えると東雲学院はそれなりに授業で扱い方を教えてくれるから、東雲学院から取るのはいい考えだろう。そのあたりの扱いは西雲学園芸能科や他の芸能科のある学校でも教わらないから」
「そうなんですか? ……まあ、最初から芸能界にいる人が入ってくるような場所ですものね」
しかもかなり偏差値の高い者しか入学できない。
経験のあるハイスペックしかいないのが西雲学園芸能科。
最初から一つ一つ教えていくのが東雲学院芸能科。
ある意味西雲学園では学ばない内容もしっかり授業でやるのが東雲学院芸能科なので、炎上回避も東雲学院芸能科の生徒なら上手いはず。
「とか言いますけど、炎上する時は炎上しません?」
「まあ、それはそう」
「そうですねー。俺もこの間、鏡音くんが変質者を蹴り上げた時にフォローしちゃって父に怒られました。この世には正当防衛であっても暴力の肯定を許さない過激派もいるのだから、迂闊なことを言うな、と」
「ああ、いるよな。自分の身は他人が守ってくれると思っている層。そんなわけないのに」
石動の言葉――というよりも声に込められたものが強く感じる。
淳は親にとても守られていると思っているし、東雲学院に入学してからは先生や先輩にも大事に守られていると思う。
だから淳も後輩を守ろうと思っていたし、その気持ちから鏡音の時は少し暴走してしまったか。
「ま、よそグループのことなんてどうでもいいけどな。とりあえず俺たちのことだろ。松田はとにかく体力が足りない。体力はいくらあっても困らねぇし、ダンスの練度もどんだけ高くたっていい。綾城たちが調子こいてやがるあとから出てきてそれ以下なのは許されねぇんだから、気合い入れ直して午後のレッスンやるぞ」
「そうですね。梅春先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん。まあ、社長に企画を採用してもらったし……やるよ」
思わず石動と顔を見合わせる。
今まであまり乗り気ではなかった松田の態度が、そういえば今日はずっとやる気があって頑張っているように見えたが、そういうことだったのか。
先程社長も「松田くんが企画を出してくれるので」と言っていたので、企画採用が松田にとっての“ご褒美”なのだろう。
「で、お前ちゃんと土曜に休み取れたの?」
「取れました!」
「じゃ、ゆっくり観てくれば? 俺は行かないけど」
「本当に来られないんですか? 玉置先輩が出演されるのに」
「いいよ別に。縁があったら勝手に会うんじゃね?」
そういうものか?
だが石動がそう言うのなら、淳からはなにも言えない。
どうも先程から、石動の機嫌が悪そうだ。
機嫌が悪いというか――
(なんだろう……考えることを、嫌がっているような……?)
石動もまた、社長と同じく『不思議なこと』と関わりのある側の人間だ。
そちらの『世界』のことは、『見ざる言わざる聞かざる』を徹底することにしている。
一度踏み込むともう出られない。
普通の生活はもう送れない――と。
それなら、これ以上踏み込むことはできない。
けれど――
(俺はリーダーなのに、本当にこのまま上総先輩の世界を見て見ぬ振りし続けていいのだろうか……?)
石動と松田の間を取り持つために淳が“リーダー”に任命された。
社長は「今の淳には無理」と断言していたが、では――今よりもっと二人を理解できた“音無淳”ならできるということ。
「あの……上総先輩は……上総先輩の生きている世界について聞いても大丈夫ですか?」
「やめとけ」
即答。
明確な拒絶ではなく、思いやりによる静止のように思う。
踏み込むことは普通の生活から離れるということだろうから、と。
(やっぱり優しいんだよね……上総先輩)
だがそれならどこまでこの人に寄り添うのが正解なのだろうか。
こういう人が側にいる人に聞いてみるべきか。
(いや……神野栄治様がもう教えてくれているよね。見ざる、言わざる、聞かざる。……知らないふりをすること。それがお互いのため。隣人としてできる思いやり)
それならば神野栄治に倣って自分も彼をよき隣人として理解だけはしよう。
それが彼という人間を尊重することになるのだろうと、そう信じて。
80
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる