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逆さの暗黒城【1】

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 翌朝、ミクルが朝食を全員分作って持っていくと、四人とも覚悟の決まった表情をしていた。
「行く」と聞かなくても顔に書いてある。
 それに微笑んでからテーブルにオムレツを並べて行く。
 オディプスに教わった異界の料理だが、この世界の卵でも作る事が出来る。
 オディプスも料理は出来るのだが、いかんせん彼は『王』。
 人に世話を焼かれる方が慣れている。
 というか、任せてもなにか惨劇が起きるのでミクルがやった方が早い。
 ……彼曰く、正確には彼の兄が王となったらしいが。

「まあ、僕は見ての通り政には向いてないから」

 との事で大変納得した記憶がある。

「それで? どうやってあの城に行くの?」

 食事中切り出したのはワイズだ。
 スプーンでオムレツを一口食べた直後頰に手を当てて幸せそうな顔をしていたくせに、すごい切り替えである。
 オディプスは余裕しかないかのような顔でワイズに微笑む。
 その視線はミクルに向けられた。

「そうだね、まあ……僕と少年は簡単に入れるのだが……」
「転移で全員城に入れましょう」
「出来るかな?」
「やります」
「ふふ。だ、そうだよ」

 一度行った事のない場所への転移はした事がある。
 あの時はオディプスに色々教わり、それでも足りなかった。
 今度は上手くやる。
 彼女たちも、連れて行ってみせる。

「分かったわ。ミクルに任せる」
「うん!」
「ええ、お願いね、ミクル」
「頼むね」
「うん」

 食事を済ませてから後片付けをして……その皿を食器棚に戻した時だ。
 ほんの少しの不安。
 それからもの寂しい気持ち。
 ここで過ごした、本当に短い数ヶ月。

「…………」

 目を閉じて、それから踵を返してみんなの元へと戻った。
 進むと決めたのだ。

「行こう」

 オディプスが笑みを深くする。
 恩人だ。
 もう直ぐ別れなければならない。
 それでも、手のひらを床にかざして……魔法陣を作り上げる。

(寂しい。いやだ、もっとこの人に色んな事を教わりたい)
(うん……君はもう大丈夫。ここまでの事が出来るようになった。そして、君は独りではない)
(もっとたくさん、一緒にいて、魔法について、話したい)
(立ち止まる事なく、よく僕についてきたものだと感心しているよ。これは本当に才能なのだろうな……この子の)
(おれはこの人になんにも返していないのに)
(こんなに楽しい日々は宵……君と過ごしていた日々以来かもしれない。うん、とても……楽しかった)

 泣きたくなるほど別れがつらい。
 それをおくびにも出さずに、飛ぶ。
 距離、そして正門の位置。
 毎日観測所から見ていた。
 六人を同時に仲間で運び、着地させる。

「っ」
「これはひどいね」

 直後にオディプスが結界を張って全員を守ってくれた。
 迂闊だった。
 なんと、城の中は瘴気で充満していたのだ。
 真っ暗……というわけではないが、真っ黒な靄が漂っていて見通しが悪すぎる。
 いや、それ以前に……これでは──。

「こんなにひどい事に……なってたなんて……これじゃあ、モンスターが溢れるのも……」
「ああ。……というか、こんな場所で人間が生活出来るものなのかな?」
「!」
「そう言われてみると……」

 ユエンズが辺りを見回しながらオディプスの言葉に唇を噛む。
 無理だ、絶対に。
 人が住める環境ではない。
 しかし、それならば『勇者』と名乗った男……勇者もどきは…………一体『何』なのだろう。

「モンスターになってるって言いたいの?」
「そうは言わないさ。魔法に心得があるのなら結界くらい張れるだろうしね」
「……でも……」
「そういう事だ。じゃあ、進もう」
「ちょ! 二人だけでなに会話成立させてるんですかぁ! なんかむかつくんですけどぉう!」

 ぷんすこと怒るリズ。
 それを無視して歩み始めるオディプスに、ミクルもついていく。

(……むしろ結界を作るために『吹き溜り』を利用して……その毒素が城中を覆ってこんな事になってるんじゃ……)

 そんなミクルの予想をオディプスは肯定した。
 本末転倒もいいところだ。
 本当に毒素を解毒するやり方を知らないらしい。
 ここまで無能だと、むしろ『勇者を名乗る者』というより『勇者を名乗る魔王』ではないか。
 クリシドールを『疫病の魔王』などとよく言ったものだ。
 途中、モンスターが幾度となく襲いかかってくるがオディプスの結界に太刀打ち出来るはずもなく……。

「そろそろ鬱陶しくなってきたので魔石にしようか。少年」
「はい」
「「「「え?」」」」

 ここに来るまで魔力を溜めておいた。
 腹の中の魔力を使ってもいいが、せっかくこんなに潤沢な『毒素』が充満しているのだ、使わない手はない。

「エーテル・ディ・エル・フィールド・オング・ギガアラ」

 オディプスの世界の言葉。
 頭の中で紡がれた言葉をそのまま声として紡ぐ。
 一度『学習』すれば、魔法は自動で使用が出来る。
 城全体を覆い尽くす魔法陣が展開し、一瞬の光の後魔法陣と瘴気、モンスターは消えた。
 代わりに前方に現れたのは三メートル近い、透明な巨石。

「出来ました」
「上手に出来たね、満点をあげよう」
「…………」

 頭を撫でられて、はにかむミクル。
 こうして褒められるのは、きっと最後だ。

「え?」
「は?」
「え、あ、え? えーと、え?」
「ま、待って、え? あの、ま、魔石? あれ、魔石? 魔石なの?」
「うん」
「無属性魔石だからこんなものだろうね。だが上手く凝縮してある。じゃあもらっておくよ」
「はい」

 ぽかーん。
 四人の幼馴染が口を開けている。
 おかしな事は特にない。
 むしろ城が綺麗になった。
 オディプスが魔石を体の中に取り込んでいく。
 それにも四人は大声を出して驚いていた。

「なななななななな!」
「か、体の中に魔石入れちゃったあぁぁあ!?」
「どういう事ー!」
「その人、人間なの!?」
「人間だとも。生前はね」
「「「「せ、生前!?」」」」
「僕は神霊なんだよ。とある神格化した聖界十二勇者が一人、『炎帝』により仮初の肉体と自由を借り受けている。彼は今の時代の多くの世界にはびこる『勇者もどき』たちに苦しめられる人々を見ているのが、もう我慢ならないそうだ。なので、僕のように志が同じ者を派遣して『勇者』を狩る」
「…………っ」

 その辺りの話もミクルは聞いている。
『炎帝』はもっとも若い勇者。
 本人は勇者であるという自覚さえないようだが、そう呼ばれる事は恐れ多くもありがたい、程度には思っているらしい。
 興味本位で「オディプスさんより強いんですか」と聞いて「さあ? 戦った事がないから分からないが……僕も無傷ではないだろうね」という事なので相当な化け物である事は間違いないだろう。

「まあ、そんなわけでこの世界で自らを『勇者』であると自称し、人々を苦しめる『勇者を名乗る者』……その資格無き者にはご退場願おう。『勇者』とは特別な称号。それを名乗るのであれば、相応の力、実力、覚悟、そして品格が必要だ。少なくとも僕の中ではそうであってもらわねばならない。僕の中の『勇者』を穢す、貶める者は生かしておく必要はないだろう?」
「はい」
「「「「はい!?」」」」

 ミクルもそれには大いに賛成する。
 少なくとも、この世界の勇者もどきは放置出来ない。
 かつん、かつん、と石の廊下を進む。
 城は全体的にくすんだグレー。
 空も曇っているため、瘴気を払ってもまだどこか薄暗い。
 それでも『探索』の魔法で城の中は把握出来ている。
 おそらく三階の玉座。
 謁見の間があるあたりに、複数の『吹き溜り』を感知した。
 だが階段が見当たらない。

「オディプスさん」
「では、そうしよう」
「え? えっ!?」
「な、なにがぁ!」
「ちょっと! 二人だけで完結させないでくれる!? さっきからほとんど会話が成立してないんですけど!?」
「もおお! なんなの、なんかむかつくんだけど!」
「「?」」
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