冒頭短編寄せ集め!

古森きり

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人類が滅んだ世界に誤召喚された男、異類種村でハーレム建設! …出来たらいいのにな〜。

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痛い。
最初に思ったのはそれだ。
痛む場所は肘、腹、足……うつ伏せの状態のようだ。
俺はどうしたのだろうか。
確か、世間がプレミアムフライデーがどうのと喚く中、ファミレスで働く俺はこれから出勤しようと電車に乗ろうとしたが酔っ払いに絡まれて……。
助けを呼んだのに周りは無視。
男なんだからなんとか出来るだろ、みたいな目で見られて……そして……。

「いってぇ」

突き飛ばされた。
ホームから線路に。
死んだ、のなら痛みなんか感じない、よな?
目を開けるが真っ暗だし、もしかして電車に轢かれてその下に入り込んだ?
おかげで助かったとかーーー。

べちゃ。

べちゃ?
手を見るとなにやら粘度の強めな液体が付いた気配。
暗くてよく分からん。
それにしてもひでぇ鉄の匂いだ。
線路に落ちたならまず手足が付いてるのを確認すべきか?
うう、どこかなくなってたら怖いなぁ。
いや、なくなってたら痛くてそれどころじゃないか。
痛い、痛い。
そう思いながら上半身を起こしてみる。
起き上がるな?
足は、ある。
手も、使えた。
指が五本。
頭……怪我はなさそうだが……。

「……?」

暗がりだった。
目が慣れてきたな?
んん、とりあえず五体満足という感じだ。
じゃあこの暗さはなんだろう?
線路にしては大きめな砂利やらがない、普通の地面のような?

「あ?」

うっすらなにかが転がっているのが見えた。
遠くに松明のような火。
いや、蝋燭。
その灯は今にも消えそうだ。
その灯で辛うじて慣れた目が見え始める。
血だ。
血の海だ。

「………………」

声すら出ない。
人間の死体。
そして、薄緑色の肌の小人?
鼻は長く、牙……がある。
小柄だが下半身には布を巻いた……いや、これはもう、モンスターじゃないか?
棍棒のようなものが取れて転がる腕に握られている。
人間の方も杖のようなもの……。
うえっ!

「げえぇ!」

む、無理だ!
直視出来ない! どうなっている⁉︎

「!」

置いた手を、少しずらす。
文字?
地面には文字が書いてある。
そして文字は六母星を円で覆った……なんじゃこりゃ、魔法陣?
ば、かな。

「…………だ、誰か……」

声を出そうとしてハッとした。
声を、出して大丈夫なのか?
見たところこの部屋の死体は人間以外のやつもいる。
壁には焼けた跡、剣で傷つけたような跡、人間はローブをまとい、壁に叩きつけられて潰されたように死んでいる者、五体が千切られバラバラにされている者……とてもまともな人の死に方しゃあない。
まさか、まだ……この小人のような……モンスターみたいなやつが、いる……の、か?
だとしたら声を出して呼び寄せるのはまずいんじゃ……。

「はぁ……はぁ……」

吐いたせいで息苦しいが、それが逆に頭を冷やしてくれた。
ここでじっとしているのは……死体に囲まれているのは耐えられない。
腰が抜けたように立つのが難しそうなので、音を立てずに這いずるように四つん這いで部屋の……消えそうな蝋燭の方へと進む。
血の匂い。
血が、全身を包むような。
気持ちが悪い。
ここはなんだ?
俺は一体どうしたっていうんだ。
消えそうな蝋燭の部屋は……本棚が山のようにある。
広い部屋だ。
だが、そこにも死体があった。
隣の部屋との違いは、その死体が明らかに『相討ち』だった事。
先程の小さなモンスターを人間のサイズにしたようなやつが、ローブを着た人間に剣で首を刺されていた。
人間の方は……その人間サイズのモンスターに首から上を……っぐ!

「…………」

思わず目を逸らす。
部屋は蝋燭が消えそうなだけ。
本棚には血が飛び散っている。
テーブルに手をついて、立ち上がってみたが……生存者はーーーいないようだった。

「はあ……はあ……はあ……」

胸を押さえ、とにかく自分に落ち着け、落ち着けと語りかけた。
意味が分からん。
状況がまるで……分からない。
俺はどうしたんだ?
ここはどこなんだ?
なんで人が……人じゃないモノと一緒に死んでるんだ?
少なくともここは安全じゃない。
離れなければ……。

「そうだ、逃げ……誰か……け、警察に……」

ここから逃げよう。
息を整えながら、部屋を見渡すと扉があった。
破壊された扉。
生唾を飲み込み、少し考えて蝋燭は持たずに壊れた扉から先へと進む。
壁は岩壁。
左手で岩壁を伝うように、出来るだけ音を立てないよう……外を目指した。
あの部屋を出ると血の匂いはスッと消え、重苦しさも心なしか軽くなった気はする。
でも、気がするだけだ。
死体を思い出すと、また喉の奥から胃液が逆流してくる。
首を振って努めて思い出さないようにしながら、ひたすら進む。
早く、この暗がりから……出たい。
その一心で。
誰か。
怖い。
助けてくれ、誰か……!

「はっ!」

光だ。
光が射し込んでいる!
それを見た途端、涙が溢れてきた。
死臭しかしなかったところから、生きて出られる興奮。
重かった体が羽根のように軽い。
壁から手を離し、足をもつれさせながら光に向かって走る。

「!」

だが、光は出口ではなかった。
小さな、窓。
それも、鉄格子がはめ込まれている。

「あ、あぁ……」

鉄格子を握り締め、顔を無理やり出そうとしたがやはり無駄だった。
だが、しかし、それでも……外の空気は、また頭を冷静にさせてくれたと思う。
ゆっくり鉄格子の外へと目を向ける。
森、だ。
見渡す限り……。

「…………いや……ハ、ハハ、も、森って、はあ? お、おかしいだろ……」

膝から力が抜ける。
俺はーー電車のホームにいたはずだぞ?
ホームから落ちて?
魔法陣の上で?
そして周りにはたくさんの死体。
やばい部屋から出たら……今度は一面森?
訳が分からない。
訳が! 分からない!
息を大きく吸い込んで、叫びたい衝動を耐えた。
ここが安全な場所だとは思えない。
出来る限り音は出さない方がいい。
でも、もう一度深呼吸した。
なんの取り柄もない。
夢もなく、高校も大学も適当に過ごし、差し当たりない職業でとりあえず生きてきた、なんの変哲もない趣味もない俺が……今猛烈に『生き延びたい』と渇望している。
涙がまた、溢れてきた。
適当に生きてきた……ぬるま湯のような生活が猛烈に懐かしい。
今すぐ帰りたい。
夢なら早く覚めてほしい。
この夢から無事に目覚めたなら、俺は明日から仕事も意欲的に出来る気がする。

「………………」

だが、崩れ落ちた地面は冷たい。
座り込んだ拍子に打った尻は冷たさと少しの痛みを俺に与えた。
まるで『夢の訳がないだろう』とでもいうかのように。

「……はっ、はあ……」

壁にもう一度手を付き立ち上がる。
胸を押さえつつ、元来た道を戻った。

「!」

道だ!
さっきは気付かなかったが横道があったらしい。
左右を確認しながら、その横道を進む。
妙に獣臭がする気がしたが、血臭よりは遥かにマシだ。
道は段々と下へ降りる下り坂。
最初は獣のような匂いだったが、新緑の爽やかな香りに変わってきた。
間違いない、外へ続いている!

「はあ、はあ、はあ……っはあ……!」

転ばないよう気を付けながら、急ぎめで進む。
緑の香りと、水の香り。
ザァザァ、轟々と……この音は?

「!」

湿気っぽさ。
足下はしっとりとしたザラザラの砂地。
これまでとはまた違う光が見えて、顔を上げるとそこは大穴と滝。

「……滝の、裏側?」

入り口、らしき場所を出る。
思った通り大きな音とひんやりとした空気は滝の水によるものだった。
緑の香りは、恐らくこの入り口を覆うように生えた蔓。
まるで隠れるような……。

「…………」

滝の裏というだけでも分かりにくいだろうに、更に蔓で編んである暖簾のような覆いまで?
顎から汗が垂れる。
それを拭い、滝の裏の道を……右に進む。
こっそりと滝から顔を出すと、湖。
そしてそこから川が流れていた。
左右は森林。
間違いなく先程の森だろう。
呼吸を整え、湖の縁にしゃがみ込み両手で水をすくう。
とてつもなく、冷たい。

「…………」

こくん。
生唾を飲み込むより、水を飲む方がいい。
すくった水を、口に含み、嚥下する。
冷たい水が熱く、そして冷えた指先を潤す。

「はあ」

さっきの光景から生き延びた……そんな気分になる。
ひと心地ついた。
しかし……これから一体どうしたら?
見たところここは森の中だ。
駅のホームからなんだって森の中の洞窟に……。
とにかく普通じゃないが、人が死んでた。
警察、がいるなら届けないと。

「…………」

ここは、日本……だよな?
ふと、そんな考えが浮かぶ。
他のどこだというんだ?
嘲笑しつつ、もう一度水を飲んで立ち上がった。
落ち着くとスマホの存在を思い出す。
慌ててズボンの後ろのポケットを探る。
取り出したスマホの電源を入れるが……。

「圏外、か……」

まあ、そうだよな……こんな森の中じゃ……。
しかし、本格的にどうしたもんか。
とりあえずこの川を下ってみる、か?
川の側には人がいるという話を聞いた事あるしな。
スマホをズボンの後ろポケットに戻し、立ち上がって歩き出す。
たが、歩けども歩けどもひたすら川、森、木!
先程の洞窟よりは落ち着くが、人もいなければ生き物の気配もないのは別な意味で焦りが滲んでくる。
このまま、人里も見付からなかったら……。
俺、確実に遭難してる事になるんじゃないか?


「はぁ、はぁ、はぁ……っ、はぁ……」


そう考えてからどれほど歩いたのだろう。
一時間、二時間?
度々スマホを確認するが、圏外のまま。
時計は止まっている。
空を見れば、青からオレンジ色が濃くなり始めていた。
これはまずい。
このままでは本当に遭難する。
腹も減った。
水は隣を流れる川で飲む事は出来る。
膝を抱えて体を折り曲げ、腹が減ったとまた呟いた。
何度目だ。

「!」

森の終わり……湖が見えた。
目を見開き、体は自然に駆け出す。
そして……その先でまた絶望する。
湖だけだ。
湖、その奥には、草原。
膝から……いや、体から力が抜けた。
もう一歩も、歩けない。
それでも震える手でスマホを取り出して電源を入れる。

「圏外……」

前のめりに、倒れ込んだ。
緊張の糸も、希望も、ぷっつり切れたような感じだった。
目を閉じる。
寒い。
だが、腹が減って動くのが億劫だった。
少し、休もう。
暖かい布団、おでんでも食べたいな……。
ああ、くそ。なんで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
俺がなにをしたって言うんだよ!

「っう……うっ……」

本格的に泣けてきた。
その時、サク、サクという足音のようなものが聴こえて跳ね起きる。
湖の縁を、銀緑の髪の女が着ぐるみのような毛むくじゃらとともに歩いてきたのだ。
俺は上半身を起こして、手を振る。
人だ。
間違いない、人だ!
洞窟にいたモンスターじゃない!
いや、もう一匹は女と同じぐらいの身長で、毛むくじゃらだが……とにかく女の方は間違いなく人だろう。

「お、おぉい! おおい! 助けてくれー!」

叫ぶと、女が驚いた顔をしたのが分かる。
白のワンピースに、胸当てのようなものを付けているその女は、怪訝そうにこちらを見た後、少し焦った表情で駆け寄ってきた。
やった! 助かるぞ!
立ち上がると、女は口を開く。

「ーーー?」
「……?」

聞き慣れない言語だった。
少なくとも英語ではない。
そうだ! こんな時こそスマホだろう!
慌ててスマホを取り出して、翻訳アプリを起動する。
……でも、何語だろうか?
とにかく、向こうが何か話してくれれば自動的に翻訳してくれるはず。

「あ、あの、これに話しかけてくれ」
「ーーー? ーー、ーー?」

残り僅かな体力を振り絞り、女に駆け寄ると……女は大層な美女だった。
銀緑の髪と、翠の瞳。
一緒にいた毛むくじゃらは赤毛で、まるで獣人のような……いや、え?

「?」
「?」
「?」

俺たちは互いをかなり観察したと思う。
女は美しいが耳が随分と長い。
毛むくじゃらは、猫が人のサイズになって立って歩いているような……。
向こうは向こうで俺が持つスマホと、俺を見て困惑顔。
先程の洞窟の中ほど危険は感じないが、これはもしかして、俺はとんでもなく早とちりしてしまったのでは……。
だらだらと汗が出る。
スマホは一切反応しない。
女が口を開く。

「ーーー、ーー?」
「……え、ええと」

スマホはやはり反応しない。
表示は『聞き取れませんでした』だ。
スマホの画面を覗き込む女。
少し悩んだ様子で、しかしすぐに意を決したように泉の左方向を指差した。

「ーーーーーーーー」

とても長いセリフだが、俺をそちらへ誘導しようとしているように見える。
獣の方も頷いて何か喋った。
おいおい、まじか。
この獣も言葉を話すのかよ……!

「……、……っ」

どうする?
信じてみるか?
洞窟の中の光景を思えば付いていくのは危険かもしれない。
だが、正直体は疲れ果てているし空腹もひどい。
一か八か、信じてみるのも……。
それに、人間に似た存在である事は……一応間違いない。
獣の方は、微妙だけど。
しなびた男を連れて帰るのは彼女らにとっても、なかなかの賭けのはず。
多分。

「わ、分かった、つ、付いていく」
「ーー?」
「あ、ああ」

何か問われた。
このままジッとしていても仕方がない。
日が暮れるだけだ。
それに、あてもない。
今はこの二人……一人と一匹を信じて付いて行こう。
女は少し微笑むと、歩き出した。
彼女らが元いた場所には木製のバケツ。
水を汲みに来たのだろうか……。

「ーーー、ーーーー」
「は、はあ?」

何か話しているが分からない。
水をバケツに入れると、獣の方がそれを持ち上げて歩き出す。
どことなく、獣の方は寡黙な感じだな。

「スーア」
「?」
「スーア」

胸に手を当て、繰り返す。
すーあ?
……もしかして、この子の名前だろうか?

「あ……ええと……俺はカ、カズノリだ。カ、ズ、ノ、リ」
「カズノリ!」

よ、良かった、通じた。
頷くと、満面の笑み。

「……」

可愛い、な。

「ーーーー」
「あ、ああ」

また何か話されたが分からない。
適当に返事をするしかない。
ここはどこで、俺はどうしたのだろう。
そして、これからどうしなければならないのだろう。







これは俺が異世界で夢と、新しい生活を手に入れる物語。
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