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花冷えー④ー

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 美智は会社帰りに、博文の部屋まで行ってみる。そこには知らない名前の表札があった。勿論、大好きなジャスミンの香りも漂っては来ない。美智は自分が壊れていくのを感じた。もう二度と逢えないのを悟り、魂は何処かへ彷徨い、身体の中が空洞になっていく感覚だった。

 今日は週末だから。どこかの場所の桜の樹の下で賑わっている事だろう。何処をどう歩いたのか気が付くと、『桜の樹の下に死体が埋まっている』そう思わずにはいられない程の、夜の桜が妖しくそびえていた。満開なのに肌寒い。
「今日で一年になる筈だったのにね」不思議な事に涙が出なかった。

 いつもは嫌悪感を抱いている、鉄工所の音が懐かしい程に暗く静寂だった。美智はその空間で再び悟った。

『ヒロは、私から別れを告げるのを、待っていたんだ』

 いつの間にか美智の眼から雫が溢れだし、白い頬に伝わり地面へと落ちていった。いつの間にかその雫は、顔一面に多い尽くし、いつしか声を出さずにはいられなくなっていった。

 暫くすると、工場へと向かう人物がシャッター横の、従業員出入り口から中へ入ろうとしていた。手には大きな、ビニール製の袋を提げていた。
「誰だ!」
 大きな声を上げた人物は、動きを止めた。華奢な肩が、声を出して小刻みに震えているのを視認したから。人物は動揺を隠せない面持ちで、美智を眺め続けた。
「何を……して……いる」かろうじて出た言葉だった。美智は顔を上げると、毎朝出会う蛇の眼差しをした工員だった事を確認したが、微動だにせず肩を震えさせ続けた。気が付くと、美智は工員に抱き寄せられていた。
 やがて二人は工場敷地内の二階にある、六畳一間の部屋にいた。工員から再度、抱き寄せられるが何も感じない。涙の跡を残し、表情は人形の様に無表情だった美智に工員が言葉を発す。
「お、お前、名前は? 毎日ここを、通っていた。よな 」
 美智は何も反応せずに、工員のされるがままになっていた。押し倒し覆いかぶさる工員は唇を奪い、激しく美智の裸体を顕にしていく。舌と指先は美智の裸体の上を、無造作に動き狂っていた。美智の上で上下する工員の抑揚する息使いと、部屋に染み付いているであろう油の匂いを嗅ぐと、異物が上がりそうになるのを感じながら、身を投げ出していた。虚無の中、身体だけは反応しているのだった。

 情事が終わると、工員の身体が力尽きた様に項垂れていた。名前は誠と言っていたのを、美智は微かに憶えている。窓の隙間から忍び込んでくる、少し冷たい風を頬に受けると、美智の感情が甦り惨めな涙が溢れ出ていた。
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