ふたりの恋

ゆり

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バッド・ガイ

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 いつもの放課後、図書館ボランティアが始まる時間までの間、学内のカフェでこれまたいつものように本日の復習をしていた。
 クラスメイトや先輩達からも「まだ1年なんだからそんなにまじめにしなくていいのにー」と笑われるが、テスト前一夜漬けではどうにもならなかった自分のことをわかっているので、こつこつと続けていた。

(今のうちからこうなんだから、専門的な勉強が始まるようになったらどうなるんだろう……)

 先々のことを考えると、漠然とした不安が襲ってきた。気持ちが沈み、走らせていたペンが止まる。

 トントン

 肩を優しく叩かれ、振り向いた。

「橘先輩」

「や。相変わらずまじめだねぇ」

 ミスター医学部の誉高い橘先輩が、私の目の前に座った。

 男の人にしては色白の、シミひとつない肌。意志の強そうな瞳、ツヤのある黒髪は無造作にセット(こんな言い方、矛盾している?)されてスポーツマンらしい爽やかさを醸し出していた。にこっと笑うとなんだか犬みたいだ。

「今日は何勉強してるの?」

「あ、線形代数です。入学したときの勢いでとってしまって……」

 橘先輩が吹き出した。

「あっはっは!出席もテストも厳しいやつじゃん。聡子ちゃんのことだから、どうせ通年でとったんだろ?」

「ご明察です……」

「あっはっは!」

 橘先輩が大笑いした。そしてトレーからケーキをとり、私の前にコトンと置いた。

「そんなかわいい聡子ちゃんのために、俺からプレゼント」

 おいしそうなチョコレートケーキ。さっきカウンターで見て食べてみたいなと思ったやつだ。

「え、いいんですか?でも……悪いです。あ、お代お渡しします」

「いーのいーの。聡子ちゃんにあげようと思って買ったやつだから。食べて?」

 にっこり微笑まれると、断る方が野暮に思えてきた。

「……じゃあ、いただきます。ありがとうございます」

 頭を下げて、早速頂く。

「うん。おいしい」

「はは、よかった。なんか、猫を餌付けしてる気分」

「猫みたいにかわいかったらいいんですけど」

 そんな会話を交わしていると、橘先輩が誰かに向けておう、と手を上げた。振り返る。

「よっしー。鈴木くん」

 見知った顔に、安心する。……けど、鈴木くんの表情が、怖い、気がした……。
2人はこれから部活なのか、Tシャツとジャージ姿だった。鈴木くんの部活姿を見るのは思えばはじめてだったので、なんだかどきっとした。
キレイめの格好をしていることが多い人なので、スポーティーな格好は新鮮だ。
 よっしーが橘先輩の横に座り、鈴木くんが私の横に座った。にやけてしまう。

「……聡子ちゃん、どうしたの」

 にやにやしている私を不審に思ったのか、橘先輩が怪訝な表情を浮かべて言った。自分でもわかるくらい顔が赤くなった。

「……あ、いえ、その……彼氏……なんですが……」

 鈴木くんを紹介するように手を向けた。

「?うん、知ってるよ?」

「その……部活姿を見るのがはじめてで……かっこいいなぁって思ってしまってすみませんそれでにやけてました」

 一瞬の沈黙。

「「あっはっはっはっは!!!!」」

「…………っ…………」

 橘先輩とよっしーが大笑いする。鈴木くんは手で顔を覆っていた。

「やー今日もあついな、吉田」

「そうっすね、橘さん」

「お邪魔虫は消えるか」

「そうっすね」

 2人が席を立つ。

「先輩、ごちそうさまでした」

 橘先輩がひらひらと手をふる。

「いーよ。聡子ちゃんみたいなかわいくて素直な彼女がいて、鈴木くんがうらやましーわ」

 先輩が不敵な笑みを浮かべて鈴木くんを見た気がした。当の本人は、仏頂面全開だ。

「それじゃ」

 鈴木くんがぺこっと頭を下げる。私も会釈した。

「ーー私、なんか面白いこと言ったかな?」

 ポケットに手を入れて、足を軽く組んで座っている鈴木くん。ゆるいウェーブがかかった短髪が、日に透けてきれいだ。どんな姿でも絵になる人。

「……聡子」

「うん?」

「ーー許す」

「え?」

 鈴木くんがふっと笑い、そして残っていたチョコレートケーキを食べた。

「あっ私のだったのに!!」

「ひーひゃへーは…………ごほっ……いーじゃねーか、橘さんのおごりだろ?」

「そうだけど……」

 とほほ。まぁ、ダイエットになったと思って諦めよう。心の中で涙を流した。

「あ、私も図書館行く時間だ。鈴木くんも部活でしょ?」

「うん。聡子って管弦楽サークルは行ってるの?カフェか図書館かしか行ってない気がするんだけど」

 鈴木くんが小首をかしげた。かわいい。

「お手伝いの後とか、朝とか昼休みに行ってるよー!毎日少しでも触りたいと思って」

「……まじめだねぇ……」

「もう、みんななんかバカにしてるでしょ」

「してないよ、はは」

 鈴木くんが私の頬をむに、と軽くつまむ。慈しむように私を見つめる眼差しに、なんだか少し泣きそうになった。








***

「ね、田中さん、いいでしょ?」

 それは、図書館ボランティアもだいぶ慣れてきて、1人で書架整理をしていたときのことだった。
セクハラ発言が多い後藤さんがすっと寄ってきて、なぜか食事に誘ってきたのだった。

「あの……?私学生ですから……」

「いーじゃん、そんな固いこと言わずに。ねっ」

 後藤さんの視線が私の胸に注がれているのがわかる。

ーーああ、このオスの目つき、嫌だ。

 うんざりしていると、後藤さんの手が肩にまわされた。

「……彼氏と、いいことしてるんでしょ?今さらカマトトぶらなくていいんじゃないかな?」

 頭に血が上った。

 彼氏がいることと後藤さんと食事に行くこと、2つの事柄の相関関係を理論的に説明してほしい。
口を開きかけたそのとき、

「あっ職員さんすみません、本の場所教えてほしいんですけど……」

 聞き覚えのある、低い声がした。

「あ」

「この紙の見方がわからなくて~」

 検索の紙をひらひらさせる。
予想外の乱入者に後藤さんも驚いたようで、ちっと軽く舌打ちして向こうへ行った。
その様子を確認し、乱入者ーーーー橘先輩がこちらを向いた。

「大丈夫だった?」

 優しい声音にほっとして、不覚にもじわっとしてしまった。

「聡子ちゃん、かわいいから大変だね。あんな変なのに絡まれて」

「あ……いえ……」

「怖かったね。よしよし」

 橘先輩が私をハグした。鈴木くんとは違う香りが鼻腔をかすめた。

「あ、鈴木のぼっちゃんに見られたらまずいか。ごめんごめん、つい」

 橘先輩がぱっと離れた。

「丸山さんに言ったほうがいいんじゃね?さすがに今のはやりすぎでしょ」

「……そうなんですけど、お手伝いの期間もあと少しで終わりですので、余計な騒動は起こしたくないです……」

 それを聞いた先輩が不服そうに顔を歪めた。

「泣き寝入りってこと?」

「……まぁ、実害はなかったことですし……というか、ことを大きくして逆恨みされても嫌ですので……」

 初犯ですし、後藤さんにも家族はいるでしょうから……

「………………」

 先輩は黙っている。なんて弱腰な、言い訳ばかりしやがって、と呆れているのかもしれない。
どうにも沈黙に耐えられず、そわそわしていると、先輩が、

「よし」

と言った。

「聡子ちゃん、連絡先交換しよ」

「え?」

騎士ナイトは多い方がいいでしょ。てか聡子ちゃん、何かあっても鈴木のぼっちゃんには気ぃ使って言いそうにないからさ。俺に相談できるように」

「あ、えと……」

 戸惑っていると橘先輩がスマホを取り出した。

「ほら、こっちは準備オッケー」

「あっはい」

 言われるままに、ポケットからスマホを取り出した。2つのスマホが通信をはじめた。

「おっそれ最新のやつじゃん」

「そうなんですか?」

ーーこのとき、私は忘れていた。

「そうなんですかって……。宝の持ち腐れ~」

 綺麗なバラにはトゲがあることを。

「説明書読んでみます」

 毒がある生き物は美しいということを。

「あっはっは!聡子ちゃんらしい発想!!」

 悪党は、わかりやすく悪い顔をしてはいないということを。





『……やめてっ……』




 
「じゃ、何かあったら遠慮なく連絡ちょうだいね?とんでくるから」

「あはは、心強いです。連絡するようなことが起きないことを祈ります」

「そうだね。それが1番」

 橘先輩がにこっと笑う。最初はその都度「眩しい……っ!」となっていたが、最近は少しだけ慣れてきた。1秒は目を開けていられる。
先輩が持っている検索の紙に気づく。

「あ、先輩それ……」

「ああ、そうそう、これ探しにきたんだった。一緒に探してよ」

「はい」

 専門科目の参考図書らしい。「さらっと目を通しておきたくて」と先輩は言った。チャラ目の外見に反して(失礼)、まじめな人だなあと思った。

「あ、ここにありました」

「もー誰だよそんなとこに置いたやつー。ちゃんと戻しとけよー」

「あはは、どうぞ」

 本を手渡す。橘先輩がふっと笑った。

「ありがと。じゃ、俺行くね。何かあったらほんといつでも連絡してよ?」

「はい。ありがとうございます」

 ひらひらと手を振って、先輩が向こうへ行った。

「…………」

 橘先輩。
 派手目な人だから、苦手な部類かと思っていたけれど。

(結構いい人なのかもしれない……)

 人を見た目で判断したらいけないなあと額をぺしっと叩き。私はまた作業へ戻った。
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