【R18】蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【完】

鯨井兀

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〝エリー〟

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「私、いつか自分の牧場を持つのが夢なんです」

 体を起こすと今度は押し戻されなかった。
 かわりにお互いの距離がせばまり、私の手は、男の長く繊細な指に絡みとられていく。
 手も肩も、あそこも……男に触れらた部分が熱を持ち、まともに視線もあわせられずに顔を伏せた。

「えっと、だ、だから、退職金も欲しいですし不貞など絶対に冒しません。無事に退職したいだけなんです」
「……ここをでたら田舎に戻るつもりか。帝都には若い娘が好む娯楽がたくさんある。仕事だって牛の世話よりずっと楽なものばかりだ」
「そう、かもしれませんね。でも昔、私の仕事を褒めてくれた友人がいたんです。私にとっては日々の、当たり前の仕事なのに、すごいな、えらいな、って。……もしかしたら私は、その子にまた褒められたくて続けるのかもしれません」

 遠い記憶の中の、一人の少女を思い出して笑みをこぼした。

 ——冬のとても寒い雪の日。
 帝都からきた荷馬車が、村の吊り橋から川に落ちたことがあった。
 村人たちが高価な葉巻をこぞって川から拾い集める中、祖母と私は、気を失っていた少女をみつけて家に連れ帰ったのだ。
(元気にしてるかな、エリー。うちにいた時から綺麗だったけど今はどうなってるのかしら。もしかして乙女の中にいるかなって期待したけど……)
 青い瞳に金色の髪をした、お人形のように美しい子だった。
 朝からまた次の朝まで、どこへ行くのも何もするのもずっと一緒だったのに。
 季節がいくつも過ぎて、立派な馬車がエリーを連れていってしまった。

 〝かならずエマを迎えに行くから待ってて〟

 そういって燃えるような夕日の中、去っていってしまった。
 祖母はそんな彼女の言葉をことあるごとに、

 〝王子様から告白されたのだからエマは必ず幸せになるわ。だから諦めずに頑張って生きること、おばあちゃんとの約束よ〟

 と口癖のように言っていた。
(それなら王子様じゃなくてエリーはお姫様なのに。でも、必ず幸せになるっておばあちゃんの約束は、私に力をくれる魔法の言葉だったわ)

 そういえば魔法のような不思議な体験をしたのも、彼女とのお別れの時だったと思い出す。
 なぜかいつもこの場面だけは、水の中みたいに記憶が揺らいでしまうけど……。
 でもなにか〝大事なこと〟を教えられたあとにエリーの青い瞳が、赤く染まってみえた。
  まるであの日の夕焼けを閉じ込めたように、色鮮やかに輝いたのだった。
 目の前にいる、この男の、茜色の瞳のように——。

「……そうだわ。あなたの瞳、あの日のエリーに似てるのね」

 そう呟いた刹那に、男の唇が触れた。
 かすかかに触れ合った唇は、熱い吐息とともに深くなっていく。
 まれ、唇を濡らしていく唾液がクチュリ、といやらしい音を立てた。
「……はッ」
 と息が途切れたすきに、「ま、待って!」と顔を背けた。
 そうでもしないと熱を帯びた男の瞳に魅入られて、何も考えられなくなりそうだったから。

「どうしたんですか。急に、こんなことを……。聖職者同士の不貞は大罪だと、ご自分で仰ったじゃないですか」
「言った……でも俺は修道士じゃない。神にも王にもつかえてない、全部クソだと思ってるから不貞も不義もないよ。エマがここを辞めたら俺も普通に辞めるし……」

 そう言ってまた色めいた瞳で見つめて唇を重ねようとしてくる。
 両手はどちらも指をからめめられ、逃れようがない。
 そのまま押し切られるようにベッドに倒されてしまった——。
 妖艶な赤い瞳が私を見下ろし組み敷だく姿は、まるで強く美しい獣のようだった。

「だ、だめ、困ります」

 顔を背けて口付けを拒むと、男はそのままポスッと私の肩に頭を埋めた。
 柔らかな髪が首筋をくすぐって変な声が出そうになる。

「……だめなの、俺にキスされたら嫌なんだ」
「そ、そういう話ではなくて……っ。出会ったばかりなのに変です! 口付けは恋人同士がするものだって、おばあちゃんが、そうじゃない場合も、無論たくさんありますが……っ」

 自分でも何を言っているのかと呆れてしまう。
 ここには〝蕾の乙女〟としての規則があるけど、村では牧場主一家が全てルールだった。
 求められれば口付け以上もしてきた汚れきった体なのに、この男の前では純潔の処女のように振る舞うなんてーー滑稽こっけいな話だ。

「じゃあキス以外ならしていいの。俺、もっとエマに触れたい……ずっと我慢してたんだ、実習中も、あの男を殺しそうで」
「ころ……っ?」
「……転ばしそうで、視界に入って邪魔だから」

 変な言い訳すらも甘い言葉のように耳元でささやかれる。
 熱い吐息が首にかかり、頭が変になりそうだった。
 男の手が頬を撫で、そのまま胸のふくらみに降りていく。

「しゅ、修道士さま……ッ」
「……名前、教えただろ。忘れないって約束したのに。俺はずっと覚えてる……エマが話したこと全部、毎日思い出してた」
「そんな、今日はじめて会ったばかりなのに……ァ、ふ、ン……」

 熱い吐息を吐いていた唇が、首筋にそっと触れる。
 まるで私が怒るかどうか試すように、ゆっくりと手は胸の頂きを擦り、首には口付けを何度も落とした。
 いつのまにか胸元のリボンは解け、ボタンも、ツプッツプッと外されていく。

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