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恋人の条件
しおりを挟む今まで命令されるだけで意見を求める人なんていなかった。
あるとしたら服も一人で着れないほどにお嬢様で浮世離れしたエリーが、
《コレはしていい事?》《ダメ?》《どうしてダメなの》
と、事あるごとに聞いてきた時ぐらいだ。
この男は地位も力も、私よりはるかにあるのに。
家も家族もない貧弱な女一人くらい、いくらでも好きにできるはずなのに、私を尊重してくれようとする。
(こんなに切実に求められるなんて、もう一生ないわ。きっと私はこの人を好きになる。これが過ちで、たとえ一度きりの関係だとしても後悔しないくらいーー)
口付けされた手を引き寄せ、そのまま男の手に頬を擦り寄せた。
そして、
「……はい。いい…ですよ」
と小さく返事をした。
驚いた男が、美しい茜色の瞳を開いたーーその時、
ゴォーン………ゴォーン……
鳴り響く鐘の音に、ハッとして体を起こした。
「そうだ、待ち合わせの時間……っ」
「イッ」
鼻に思いきり頭突きをされた男は、悶絶して横に倒れ込んだ。
「キャッ、ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?!」
「大丈夫じゃない、なんなんだ一体」
「友人との約束の時間なんです!私、もう行かないと」
「ハッ? 冗談だろ」
グイッと腕を掴まれ、思わず「イタッ」と顔がゆがむ。
牧場主に乱暴にされた行為が思い出され、すぐに体から力が抜けた。
抵抗したって力で敵うはずもなく、行為を中途半端にされて男の人が怒らないはずがないのだからーー
でも、
「ごめん……痛くしないって約束したのに」
男は離した手を、そのまま扉へと向けた。
そして何やら呟くと瞳がふと青みを帯びる。
一瞬のことで見間違いかもしれなかったが、それよりも驚いたのは部屋の扉だ。
豪華なレリーフがあしらわれていた扉は、簡素な白木の扉にすっかり形を変えている。
「あの扉を出たらエマが行きたい場所に通じるようにした」
「すごい……もしかして、魔法ですか?!」
「まあそんなとこだ。俺は魔塔に長くいたから……ほら、このメガネも俺が作った。インテリに見える魔法の眼鏡だ」
「インテリ……?」
「話し方とか見た目以外にも理性的になれる。これのおかげで実習中にエマの喘ぎ声を聞いても我慢できるんだ」
「や……っ、急に変なこと言わないでください」
男は「事実なのに」と笑って私のはだけた胸元の直していく。
「大神殿の男漁りに行ってもいいから、一つ、聞いてもいいですか」
「漁りに行くわけじゃ……っ」と言いかけたけど、実際、婚約相手を紹介してもらいに行くのだから間違いではなかった。
正直に言うべきかと思ったが、言ったところで約束の場所に行くことにはかわりない。
「その……聞きたいことってなんでしょうか。あ、自分でボタン留めます」
「いや、俺が外したから。こうしてエマにしてやりたいことは山ほどある。俺が昔してもらったようにな」
「どうして……もしかして私たち、どこかで会ったことあるんですか? でも私、ここに来るまで一度も村から出たことないし」
「過去は過去、取り戻せないものより、今が大事だ。だからエマの恋人になる方法を教えてよ」
服を元通りに整え、男は寝台から降りると手を差し伸べた。
どうやら扉までエスコートしてくれるらしい。
そんな事をされるのも初めてで、戸惑いながら手をとった。
「こ……恋人って、両想いになったら、いつの間にか、そうなっているものではないのですか」
「なるほどな。じゃあ好みを教えて。性格とか体つきとか、背は高いほうがいいだろう? 便利で役に立つよ」
男はそういって私の前髪に、ちゅっと口付けした。
自分がどんな人を好むかなんて考えたこともなかった。
ましてや恋人なんてーー。
どんな人が好きかというと、目の前にいる貴方です、としか言いようがなかった。
私の話を聞いてくれて、はじめて意見を尊重してくれた人……
少し子供っぽいところも愛おしいとさえ感じてしまうのだから、好みであることは間違いなかった。
でもそんな事を会ったばかりの、しかも素性もよくわからない男に言えるほどの勇気は持ち合わせていなかった。
そうこうしているうちに扉の前まで来てしまい、
「答えないとキスするけど」
と顔を覗き込まれたら、自分でも顔が真っ赤になるのがわかる。
もうすぐ18にもなり股まで曝け出し、中を触られてもいるのに、こんな子供じみた反応をする自分が情けなかった。
ドアノブに手をかけ、咄嗟にユーテルの顔が脳裏をかすめた。
「む、胸……っ、私の理想は、ふ、ふくよかな人です……!私の、憧れなので!」
そう言い残し、急いで扉を締めてしまった。
待ち合わせの時間やユーテルの事を思い出し、かなり見当違いなことを言ってしまったけど、扉はもう跡形もなく消えてしまっていた。
◆
「ここ、本当に神殿の裏側だわ。魔塔にいたなんて、あの人も魔導師なのかしら……」
神殿の頂を太陽がまぶしいほどに照りつけている。
夕方五時とはいえ、村と違って帝国は日が長く、特にこの時期は夕食を終える頃になってようやく空が赤らむのだった。
「そうだ、名前を聞けばよかった……」
前に名乗ったかのように言われたが、どう考えても会うのは今日が初めてだった。
今更ながらに部屋を慌てて出たことを後悔し、ため息をつく。
雑木林の木立から風が吹き寄せ、揺れる胸元のリボンをみて、くすりと笑う。
彼が結び直してくれたリボンは酷く不恰好だったからだ。
(今度会ったら名前を聞いて、私もあの人の好みを聞いてみようかな)
そんなことを思っていると、
「おーい、エマ~」
木立の向こうにユーテルの姿を見つける。
手を振りながら胸を大きく弾ませる様子をみて、
「……胸だけは、せめて好みの許容範囲であることを願うしかないわ」
なんて、ぼやきつつ手を振りかえした。
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