【R18】蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【完】

鯨井兀

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神聖力

 
「永遠に、共に生きよう。エマ——」

 あまりの恐怖に顔を背けた。
 今までだって、どんなにつらくて助けを求めようと誰も、誰一人、神様だって助けてはくれなかった。

 ——それでも今は、諦めたらダメだと思った。

 〝王子様からプロポーズされたのだからエマは必ず幸せになるわ。だから諦めずに頑張って生きること、おばあちゃんとの約束よ〟

 自分を諭し、いつも優しく包み込んでくれた祖母。
 そして、必ず迎えにくると抱きしめ約束してくれたエリーを思い出し、必死に自分を奮い立たせる。

「誰か、誰か助けてください……! エリー、助けて、必ず迎えに来てくれるって、そう言ってくれたじゃない——……」

 その瞬間、硬く閉じたまぶたの先が、真っ暗闇だった世界にまばゆい光が溢れた。

「なんだ、この力、まさか……ッ。なんてことだ」
(——……?)

 ルーメン修道士の狼狽える声がして、ハッと目を開ける。


 なんと部屋が、燃えている——!


 不思議と熱くもない青白い炎が壁を駆け巡り、薬品棚を、機械を、鏡を——瞬く間に塵に変え、消し去っていく。

「この力、神聖力……まさか——」

 天を仰いだ男を、天井まで広がった炎が竜の如く喰らいつき、飲み込んでいく。

「キャア——ッ」
「違う! 違うのです! 私は王子殿下の、皇帝のめいで、この過ちは……ッ」

 頭を抱える修道士の、絶望に歪む顔がメラメラと燃えあがる。
 首を掻きむしり目をひん剥く男の形相を前に、助けることも逃げ出すことも出来ない。
 自分も同じように炎に焼かれて死ぬのだ——と、歯を食いしばった。
 すると、

「汚ねぇからここで死ぬなよ」

 ルーメン修道士を、同じく修道服を着た男がゴミ袋のように台から投げ捨てた。

 炎をまとったその男の髪は、神々しくも黄金に輝いている。
 瞳には炎と同じ青白い光を宿し、友人のエリーを……いや、まるで女神アストラを前にしているようだった。

「まさかおまえが……ヒィィ、お許しください、お慈悲をッ!私は……殿下に、ギャアアアァァァッ」

 視界の端で、青白い炎に包まれたルーメン修道士の姿が輪郭を失っていく。
 そして耳をつんざく断末魔の叫び声を最後に、部屋を覆っていた炎も消えていった——


「エマ」


 優しく頬に触れたのは、エリーでも、もちろん女神様でもなかった。
 まとっていた炎が消えると、黄金だった髪も光を失い、瞳の色が朱に染まっていく。
 そして黒髪の下から、美しい夕日を宿した茜色の眼差しが、真っ直ぐと私を見つめていた。
 そこに現れたのは、まだ名前も知らない男の姿だったのだ。

「来るのが遅れた。怖かっただろ」

 案じてくれる、その声を聞いたとたんに涙が溢れた。

「こ、怖かったです……とてもっ。ルーメン修道士様が私をここに連れてきて、あの方は一体どうなったのですか」
「え? あー……あの方は、魔導師だから大丈夫だ。俺は無駄な殺生はしない、エマとそう約束したからな」
「……私と?」

 怪訝に尋ねてから、あられもない己の姿に気付く。
 聞きたいことはたくさんあったけど、とてもそんな状況じゃなかった。
 それに注射の注入は免れたものの、秘薬の感触がまだ中に残っていた。

「どうした? 顔が赤い、熱があるのか?」
「あの、私、く、薬が、まだ薬が……体の中にあって」
「薬?」

 彼はふと私の股間を見て、「え!」と声をあげた。
 そしてすぐさま股の間にかがみ込み、

「薬?! 秘薬を入れられたのか?!」
「そう、なんですけど……きゃあああッ」
「大変だ、早く取り出さないと……!」

 好きな人に会って二度目で全裸まで見られ、指を入れられるのも二度目だけど、またしても性的な行為のためではなくて——とりあえず恥ずかしさのあまりに悲鳴が出た。

「暴れるな……あ、ある、あ……っ。なあ、中の液ださないで、滑って取れない」
「うぅ、そんな、そんなこと言わないでぇぇ」
「でも奥まで入ってなくて良かった……掻き出したら、とれ、そう」
「あぁッ、あン、やあっ」
「——ん、真面目にやってるのに、いやらしい声出すなよ、変な気分になる」
「うう」

 ちゅぷり、と指が抜かれ、秘薬の欠片も取り出された。

「少し中で溶けたか……。でも刻印に影響はないな。体は平気か? ここを出て水を飲んだ方がいい、それから宮廷医官に診てもらおう。あぁ……足も痛かったな」

 暴れたせいで足枷の部分が擦れて傷になっていた。
 でも枷を外し、彼の手が触れると、傷はみるみるうちに消えていった。

「それって神聖力ですか……? すごい……傷まで治せるなんて。もしかして、本当は神官様なのですか」
「いや。力があるだけで誰かのために使った事はないから。これからもエマにしか使わないよ。俺は魔塔の、とりあえず今は魔導師なんだ」
「そう、ですか」

 手錠を外そうとして彼の体が迫ると、胸の奥がキュと高鳴った。

(私を心配して、助けにきてくれたんだ……どうしよう、すごく、嬉しい……)

 ここを出たら医局にでも連れていかれて、きっとそのままお別れになる。
 私は司祭様や神官達に事情聴取もされるだろうし、彼は彼で自分の仕事に戻るのだ。
 人気者だから他の乙女達に囲まれ、色恋の誘いを受けるのかもしれない。

(このまま離れたくない。私じゃ、もう、ダメなのかな……初めてじゃないし……。助けてはくれても、好き、とは違うのかな。こんなはしたない姿まで晒しても、全然、そんな雰囲気にならないもの)

 でも諦めたらダメだという、祖母の言葉に後押しされる。
 私は少し体に残る秘薬を言い訳に、自分でも驚くような事を口にしていた。

「あの、手錠……外さないでください」
「え? なんで?」
「……ここで、してもらえませんか。体が、うずくみたいで」
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