【R18】蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【完】

鯨井兀

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好きな人


 彼は目を丸くして聞き返してきた。

「ここで、なにを? 治療を?」
「え、えっと……」
「俺は外傷なら治せるけど、医療の勉強したわけじゃないから。宮廷医官は秘薬の後遺症も理解しているから安心だ」
「そうじゃなくて……あなたと、ここで体を交えたいのだと言ったら、その、困りますか? 暴れるといけないので、手はこのままで……その」

「——えっ」

 驚くほどの機敏さで飛び退き、さらに丁寧に私の股を閉じた。

「ダメに決まってる!無理、無理だ、俺には出来ない、そんなこと」
「………っ」

 これほど猛烈に拒否されるとは思っていなかった。
 恥辱と押し寄せる悲しみに、私は顔を伏せるしかなかった。

(でも、それも当然だわ。出会ったその日にはもう、別の人に体を開くような女で。今だってこんな辱めを受けたところを目の当たりにして……そんな女と関係を持ちたいなんて、誰だって思わないもの)

 泣きそうになるのをグッと唇を噛みしめ堪えた。
 そして、

「……変なこと言って、すみませんでした。手錠を外すの、お願いしてもいいですか」
「う、うん、もちろんだ。あ……ごめん、恥ずかしかったんだよな。気遣ってやれなくて悪かった」

 男は修道服の上にまとっていたローブを脱いで、私にかける。
 頭まですっぽり覆ってくれたなら静かに泣くことも出来たはずだ。

 手錠を外すと彼は労わるように手首に口付けをする。
 そこにも抵抗したあとが残っていたのだろう……。

「あの……そういうの、もう、やめて下さい」
「え……?」
「か、勘違いしてしまいます。私、恋愛経験が、ないので」
「——……? 俺も、まだエマの恋人じゃないから恋愛経験がないけど……? こういうのはダメなの?」
「私の恋人だなんて……どうして揶揄からかうんですか。私は田舎者だし、世間知らずかもしれませんが、普通に傷付いたりするんです」
「えっと、悪かった……ごめん、もうしないよ」

 何故か、彼の方が悲しそうな顔をするから、胸が苦しくなる。
 その頬に触れて、どうしてそんな顔をするのか理由を聞きたかった。
 でも好きになるだけ傷付くのなら、もう心を寄せてはならないと、そう言い聞かせるしかない。

(どうしてこんなに好きになってしまったんだろう……。この人といると、優しさにつけ込んで、もっと欲しがってしまう。もう恋人になんてなれないのに)

 一人になるまで悲しみに飲まれまいと、顔をあげ部屋を見回す。
 さっきまで無かったはずの扉が見えた。
 ルーメン修道士の魔法が消えたせいかもしれなかった。

「ここって、塔の地下なんですよね」
「ああ。北側の古い地下通路と繋がってる。結界が解けたから、もう迷う事もなく外に出られるよ。それで、その……エマを、抱えて歩くのは、いい? ちゃんと服で包んで触ったりしないから」
「い、いえ……場所も理解したので、もう一人で大丈夫です。助けにきてくれて、本当にありがとうございました」
「どうして——」
 と、私に伸びた手は、すぐに引っ込められた。

 そしてその手を額に当て、不安そうに前髪を掻き上げる。
 その仕草は、どことなく見覚えのあるように思えた。 

「……俺、なんかよくない事した? 直すから、教えてよ」 
「その、そうじゃなくて……あなたは何も悪くないです。私が、あなたを好きで、ごめんなさい。まだ、うまく、気持ちの整理が出来なくて」 

「えっ」 

 驚愕する声に、居た堪れず膝に顔を埋めた。

 失恋だなんて言葉が当てはまるのか……それくらい短く儚い恋だった。
 それでももう一生、こんなに誰かを好きになることはないと、そう確信してしまう。

(この気持ちを抱えたまま、私は好きでもない人たちに体を翻弄されて生きるのね。おばあちゃんとの約束、もう守れそうにないし)

 出来るなら最後のはなむけにと、早くここから立ち去って欲しかった。
 そうでないと泣き喚いて、さらに迷惑を掛けてしまいそうだったから。

「俺は、エマの好みじゃないよね」
「え……」
「まだ、ふくよかにはなれてない。でも、それでも好きとか、そういう可能性があるって、こと、ですか」
「ふくよか……って」

 何の話をしているのだろうと首を傾げてから、はたと気付く。
 そういえば、どんな人を好むか聞かれ、見当違いな返答をした事を思い出した——

「魔塔で聞いたら、真っ当に太るのはひたすら食うしかないって言われて。変身魔法なら可能だけど心拍数があがると術がまだ不安定なんだ。だからエマの前だと難しい、ドキドキするから」
「えっと」
「その好きな気持ちを〝整理〟ってなに。どこかに持っていくってこと?」
「えっと、ご、ごめんなさい……好みについては自分の理想を答えてしまって、その、胸が」
「胸が?」

 真剣な顔で迫られ、とても言い出せない。 
 私はローブにくるまり、恥ずかしさに身を震わせた。

「——とりあえず、私の好みは、あなたなんです。それで、その気持ちをどうしようかって。私は約束も守れなくて、もう、初めてじゃないし。それ以前に私は……とても汚れているんです。あなたに言えないようなこと、いっぱいしてきましたから」

 魔法石に残されていたという過去を思い出したら、今すぐ灰になって消えてしまいたくなる。 

 けど、もしかしたら既に——

 この人が見たという履歴書には、そんな事も詳細に書かれていたのかもしれなかった。

(王子様も……だから私の、口淫の不得手を知っていたのかも)

 祖母を思えば、過去を不幸だなんて決して思えない。
 祖母の命懸けの魔法が、私をあの村から解放し、そしてこの人に出会うことが出来たのだから。

「エマ」

 うずくまった体を、彼の腕がそっと包み込む。

「……さっきは本当に悪かった。俺が子供みたいな意地悪をして、悪戯いたずらにエマを傷つけた。本当は、こうすれば良かったのにな」
と。
 私の背中を優しく撫でながら、穏やかに言葉を続けた。

「俺が山でヘマして帰りが遅くなった時、エマはこうしてくれたんだ。帰ってきてくれて、それだけで偉いんだよって、そう言ってくれたんだよ」

(え——……)

「俺は、もうたくさん、抱えきれないほどの初めてを、エマに貰ってるんだ。それなのに欲張って俺が悪かった。許して欲しい」
「う……っ」

 私は、思わずその胸に縋りつき、子供みたいに泣きじゃくってしまう。
 陽だまりのするこの匂いを、私はずっと昔から知っていて、そして大好きだった事を思い出す。

(どうして気づかなかったんだろう。話し方も目を細めて笑う仕草も、思い出の中の、あの子とそっくりなのに。私を迎えに来てくれると約束してくれた、大好きなあの子に——)

 〝エリー〟は私が泣き止むまで、いつまでも抱きしめてくれていた。
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