【R18】蕾の乙女は手折る花を誰に捧ぐ【完結】

鯨井兀

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 私の最奥に熱い飛沫を注ぎ、果てた愛おしい王子様。
 その横顔をうっとりと眺め、首飾りに触れた。

 (なんだか重くなったみたい。でも、もっと子種を貰わなくちゃ……〝この帝国のために〟)

 この部屋には時間という感覚がなく、王子様が望めば朝にも夜にも変えられるような世界なのだ。

  そんな帝国唯一の王子様は、逞しい胸に私を抱き、過去の出来事を語ってくれていた。

「僕は昔、エンゲリアに預けられていたんだ」
「エンゲリア……もう亡き国ですね」

 現皇帝になり、既にいくつもの国が名を失っていた。
 自身が住んでいた村もかつでは名もなき集落で、帝国の領地となってから、ようやく区画が整備され、まっとうな物資が流通したという。
 その分、高い税金も発生するのだが。
 とにかく皇帝はさとしたたかであり、帝国はさらに領地を拡大しているのだった。

「エンゲリアとの国境には魔物が出るから、父上もよく狩猟に出かけていた。親しい友好国だったしユーテルともそこで出会ったんだ」
「ユーテル……」

 大事な友人の名であるのに、黒い感情が湧いてくる。 
 ——《邪魔な女》だと——

「王家には古代の秘術が伝わり、その中に人智を超えたものもあると聴いて、父上は僕を預けたんだ。何もかも平凡な僕の能力が発現するようにと。帝国の王子としてあるべき姿になるように、とね」
「陛下は、厳しいお方ですね……王子様はこんなに健やかで立派ですのに」
「皇族に求められるのは、圧倒的な、類稀な力だから。姉も体は弱いが優秀だったし、僕は随分と期待外れだったろう。兄も……でも腹違いの義兄だけは、他国に預けるのは可哀想だと言ってくれたな」

「お兄様が、おられるのですね」

 あまりその先の話を聞きたくないような気がして、私は首飾りを弄っていた。

「病弱な姉の代わりに、よく面倒を見てくれたんだ。まあ慕っていたのは僕だけで、あいつは何もかも……。城も地位も、僕すらも——全部捨てて居なくなった。僕が一番苦しい時には傍にいてくれなかった。皇帝に相応しい力に恵まれながら逃げ出した、狡くて卑怯者だよ」

 王子様はエリーと同じ、空色の瞳で私を見つめた。
 それが誰なのかを、告げなくても知っているだろうと言われているようだった。

 (本当は、私も気付いていたんだろう。なぜ、幼き日の友人と王子様が似ているのかを。それを信じたくなくて、ただ彼と……普通の、慎ましい幸せを築きたかったから)

 こみあげてくる慕情は、雲間から戻った月明りに照らされ凪いでいく。
 代わりに可哀想な王子様を慰め、私はそっと彼の頬を撫でるのだった。

「そいつがこの前、急に姿を見せた。何年もまともに顔を合わせていなかったのに。挨拶もなく、しかも父上に罰を受けていた最中にだ。僕には出口もわからぬ場所に、いとも簡単に現れた」
「え? 先程の、ねやにですか」
「ああ。でも当然……僕には心当たりがあったから殺されると覚悟した。奴は馬鹿だけど、恐ろしいほどの力を持っているから」
「馬鹿、ですか」
「ハハ……でも本当に馬鹿なんだよ。数多の女を侍らせて乱交している最中の義弟を見下ろして、〝お前もエマが好きなのか? 俺もなんだけど〟と。空気も読まずに宣言するのだから」
「私を——」
「淫欲の術にかけられた女すらも、咥える口を開く程に唖然としたろう。好きな女がいると伝え忘れた自分が悪かったが、喧嘩はしたくないから諦めてくれと。見る間に萎えていく僕を上から見下ろして、そう言ったんだ」
「エリオンが、私を」
「——呼ぶな!」

 王子様は私を強く抱きしめ、声を震わせた。
 柔らかな白金の髪を埋められ、首元のチョーカーも私を罰するように締め上げていた。

「その名を、二度と呼ぶな。……僕がどんなに惨めだったか、わかるか? あの状況で、僕も君を本気で好きだと、どうして言えるんだ、言えるわけがないのに! 何故、好きでもない女と閨事をしてるのか、言い訳一つできないのに。父に歯向かう力もなく、言われるがまま種馬のように腰を振るだけの名ばかりの王子だと、高見からそう言われてる気分だった。大嫌いだ、二度と会いたくない、あんな奴……!」
「お、王子様、落ち着いてください」
「あいつは僕の欲しいものを、何もかもを奪っていった。父上の寵愛も、才能も、全部だ。——だからエマだけはダメだ、君だけは奴に絶対渡さない。好きになった順番なんて関係ない……僕は君に恋をしたし、エマも僕を愛してると、そう言っただろう」

「それは——」

 出かけた言葉は締めあげられ、粉々に砕かれていく。
 あの人に会いたいという思いは黒く塗りつぶされた。
 ——《大切な王子様を傷つけた、悪しき男だ》——
 そう、書き換えられていく。

「僕は、あいつみたいになれと……そう言われてエンゲリアに送られた。そこで受けた秘術は屈辱的なものだった。弄ばれ反応する僕を嘲笑い、捨てられた王子だと、快楽に溺れる愚かな子は見限られて当然だと! 毎日毎晩、延々と嬲られて罵られた」
「そんな、酷い事を」
「酷いよ!そうだろ? 奴のせいであんな目に遭ったのに、どうして僕より幸せになるんだ。そんなのダメに決まってるだろ。なんで奴は僕から何もかも奪っていくんだ!」

「あっ」

 王子様は私を組み敷き、ボロボロと涙を溢した。
 その涙は私への恋慕なのか……義兄への言い表せぬ情動なのか分からない。

 けれど抱きしめられたなら抱き返してあげたかった。
 王子様は私の首に、胸元に、腹に、強く口付けの跡を残していく。

 私も彼がかけてくれた、優しい言葉を返してあげられたなら、と心から思った。
 けれど——

「わかっています……もう何も心配しなくていいのですよ」
「エマ……僕は心から君を愛しています」

 体を開かれ、彼の硬く滾ったものが再び私を深く貫いた。
 何度も愛の言葉と口付けを、そして体を交えた。

 そして私達は抱きしめ合い、深い眠りにつくのだった。
 月も雲間に隠れ、監視をやめたらしい。

 《同じ苦しみを持つ者同士、二人で気持ち良くなるのも、悪くないと思いませんか》——と。

 遺跡で王子様は私にそう言っていた。
 好きになる順番が違っていたなら、私達は心から愛し合えたのだろうか。

(……ううん、彼が言ったように好きになった順番など関係ないのだわ。大事なのは〝誰を愛しているのか〟なのだから)

 目覚めたら再び心を支配されているのかもれない。
 それでも、  

 〝私が必ず貴方を幸せにします〟

 と。
 その言葉だけは、優しい王子様に伝えずに済んだことに感謝した。
 彼を傷付けたくない気持ちは、私も同じなのだ。

 どうかこんな残酷な事はやめてください、と。
 私は心から願い、祈っていた。

 けど、その祈りは雲間に飲み込まれるように、月に届くことはなかったのだった。




⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱ ⋱⋰ ⋱⋰ ⋱⋰ 

次はコスプレとか特に進展もない事を書きます
番外編にして移動させるか消すかは分からないですが書いてから考えます
あとは最終章で終わりです
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