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成人の儀
迎えた王子様の成人の儀、当日——
儀式はつつがなく厳粛に行われていた。
「飢えた英雄に乳を与え、国を芽吹かせし女神。その御心は、これから先も帝国と、そして殿下とともにありましょう」
王宮の地下にある聖なる泉の中で、 大神官様の声が響き渡っていた。
ほのかに発光する聖水の泉に浸かった王子様と大神官様。
二人の他は、見守る誰も彼も——皇帝すら暗闇に紛れて姿はわからない。
(もっと華やかでキラキラした場所で行われるのかと思ったら……でも彼は本当に、女神の祝福を与えられた一族の、この帝国で最も高貴な方なのね)
神々しくも美しいその姿にすっかり見惚れてしまう。
成人の証である薔薇の蔓を編んだ王冠が、大神官様の手で王子様の頭上に掲げられ、
「女神に愛されしアストリアの子が、新たに成人となる事を祝福します。神の使者として沈まぬ太陽の称号と、栄光の冠を授けます。おめでとうございます、殿下」
「祝福に感謝します」
滞りなく成人の儀を終えた王子様は、チラリとこちらを見て微笑んでいた。
私もその笑顔に応じ、一層愛おしさが込み上げるのだった。
「エマ様、こちらへ」
「侍女がお召替えをお手伝いさせて頂きます」
「はい、よろしくお願いします」
王子様が遣わした騎士に囲まれ、私も滞りなく予定をこなしていた。
舞踏会場では、予定が変更されたにも関わらず王族貴族、各国の要人で溢れかえっていた。
「皇后様は今日もお美しいですわね」
「いつも亡きお姉様の為に喪に服しておられますし、一層ですね」
「かつて陛下は、その姉君であられる聖女様を寵愛していたと、そう噂に聞きましたが。今となっては殿下が唯一の王子で良かったかと」
「骨肉の争いで国が傾きかねませんものね」
「貴女達……その話はもうおやめなさい。殿下の成人を祝う場ですよ」
そんな貴婦人たちの会話を耳にしながら、私は目立たぬよう柱の影に立ち、壇上の愛しい方を見つめていた。
(王子様は髪色も瞳も、陛下とそっくりなのね。でも眼差しや顔立ちは皇后様によく似ているわ。とても知的で、美しいもの)
反対に皇后様の黒髪と瞳色は〝彼〟によく似ていたが、その理由については深くは考えなかった。
壇上には皇帝と皇后様、そして王子様が並び、それぞれ豪華な椅子に座していた。
椅子以外の敷物も、天幕の房飾りの一つまで。
どれもこれも豪華絢爛だが、それに劣らぬ皇族の美貌とオーラも凄まじいのだった。
(皇族を前にしては、どんなに着飾った貴族も一般人に見えてしまうのね……それに急に王宮に召集されたせいか、みなさん焦って気もそぞろに見えるわ。大変なのね、貴族というのも)
そんな参列者達の名を宰相が読み上げ、順に王座の前に進み出る。
そして高価な貢物を捧げ、祝福の口上を述べる——それが延々とコマ送りのように続いていた。
「エマ様、お疲れではないですか」
そう声をかけてくれたのは甲冑姿の屈強な騎士だ。
近衛兵ではなく、王子様が兄のように尊敬し慕っている第三騎馬隊の隊長だと。
自ら胸を張って自己紹介してくれた、面白い方だ。
「正直……疲れています。王子様は笑って祝辞を聞くだけと仰っていましたが、普通に大変ですよね……あの方達全員、まだ挨拶するんですか」
「日程が早まったので、これでも少ない方です。今まさに早馬に鞭打って駆けつけている者達もいますから、さらに長引くでしょうね」
「そう、なんですか」
私はぎこちなく笑みを浮かべ、履きなれないパンプスの中で痛む爪先を動かしていた。
「……足が痛みますか? 舞踏会が始まるまで、かなり時間がありますし、休憩室にご案内します。外で風に当たるのも良いでしょうし」
「ご親切にありがとうございます……でも、ただでさえ目立っているのに、変な真似をして失敗したくないのです」
「しかし……ファーストダンスを失敗しては余計に目立ちますよ。まあ、殿下のパートナーを笑う猛者もいないでしょうが」
「うう、失敗する話はやめてください……」
こうして声を顰めて話しているだけで、視線が矢のように降り注ぐ。
たとえ柱の影に身を隠そうが、屈強な騎士様達は丸見えである。
社交界でも見掛けない女が、帝国の騎士団を引き連れていては、たとえ見た目が地味だろうが格別に目立つのであった……。
(でもこのままでは本当にやらかしてしまうわ。王子様や皇后様に恥をかかせるわけにはいかないし、陛下はさらに深い溜め息をつかれるはずよ。はぁ、ただでさえ一般庶民なのに、どうしよう)
すると出入り口の方が急にざわめき出した。
そして先代皇帝の弟という閣下がお出ましになられた時以来のラッパが、高らかに鳴り響いた。
「——ただいま、ま、魔塔より、新たな五番目の塔の主が、祝辞に参じられました……!」
とたんに「魔塔から?」と会場がどよめく。
神殿が取り計らう儀式に、対立勢力である魔塔から、しかも魔塔主自ら詣でる事が珍しいのだろう、と。
そんな珍事よりも自分の事で頭がいっぱいだった。
でも——
マントを翻し、颯爽と現れた人物を見て、足の痛みも忘れて言葉を失った。
そして〝彼〟の傍に寄り添う、同じ〝蕾の乙女〟の姿にも、目を奪われていた。
「ユーテル……」
彼女の可憐な後ろ姿に。
そして〝彼〟の手を取り微笑む横顔に、私は不思議な程に打ちのめされていた。
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