非天の華

葛城 惶

文字の大きさ
25 / 46
第2章 梓弓

第24話 白木蓮

しおりを挟む
「兄上!」
「頼隆!」
 国境の峠、大きく枝を拡げる木蓮の真っ白な芳しい花の下で、兄弟は互いに姿を見留め、走り寄った。
 黒糸縅の甲冑、望月の兜に渋色の陣羽織---待ち構えていた懐かしい姿に頼隆は思わず泣きそうになった。
 幸隆もまた、昇ったばかりの日輪を背に走り寄ってくる弟の姿に眼を潤ませた。優しげな美しい面差しに、揺れる黒髪は烏の濡羽そのものに艶やかに光を弾き、朱色の鎧の縅が良く似合う。陽炎う日輪を背負ったその様は摩利支天女そのものだった。
「息災であったか?」
「はい。兄上こそお元気であられましたか?」
 感極まって、ひし---と抱き合った。暖かい胸---懐かしい、兄の匂い---頼隆は久しぶりに安らいだ心地になった。
「兄上---ご無事で良かった!」
 感動の再会の今ひとりの主役、弟の政隆も抱きついてきた。
「心配をかけたの。ん?また大きゅうなったか?」
 覆い被さるように見下ろす頬を軽く撫でた。髭までたくわえて、すっかり漢(おとこ)の顔になった---頼もしくも、ほんの少し悔しい。頼隆はふたりに埋もれるように立っていた。
「羨ましいのぅ。---いい面構えじゃ。もう一人前じゃなあ。」
「兄上---。」
 政隆は、一瞬言葉に詰まった---が、ふと頼隆の背を包んでいる陣羽織に目を止めた。
「この陣羽織は?」
 幸隆も、抱擁を解き、頼隆の背を見た。
 煌雅やかな綾錦の襟、白地に赤の日輪、それを掲げて、黄金の鳥が翼を広げていた。
「三本足?」
 政隆が不思議そうに首をかしげた。確かに羽根を広げた大鳥の足は三本あった。
「ヤタガラス---だそうだ。」
 頼隆は少々困惑した面持ちで言った。
「絢どの---直義どののご正室に頂いた。」

 山越えの小屋に用意されていた甲冑一式は、あの戦の折りに頼隆が身に付けていたものだった。それを絢姫に頼んで探し出してもらい、適当な場所に隠してくれるよう、頼んであった。櫃を開けると、愛用の甲冑があった。その脇に丁寧畳まれた見慣れない布地が三つ添えられていた。
 鉄鉢を入れた頭巾に陣羽織、そして---
「旗印まで作られてしもうたわ---。」
シギ、と呼ばれていた忍びが旗竿を立てると、同じく金色の鳥が天に向かって飛翔していた。頼隆は思わず苦笑いをしつつ、有り難く拝領することにした。
「妻女には、あやつがカムヤマトイワレヒコに見えるらしい---」
 これには、幸隆も政隆も苦笑するしかなかった。カムヤマトイワレヒコは、伝説の原初の帝。
ー新しい世は、我が殿がお創りになる。ー
 絢姫は、その原初の帝を導いた聖なる鳥を頼隆になぞらえ、その背に負わせた。
「まぁ、良かろう。」
 言って、頼隆達は再び馬に跨がった。
「して、何処に参る?」
 幸隆が訊いた。出来ることなら、このまま真っ直ぐ佐喜に頼隆を連れて帰りたかった。
兄のその本音を敢えて知らぬふりをして、頼隆はきっ---と顔を上げた。
「箕浦へ。」
 ササギの手渡した頭巾を付け、あの軍配を手に、おもむろに西を指した。
「吾桑に『礼』をしてやらねばなるまい。」
 不敵に笑むその横顔に、幸隆は再び弟の内なる鬼神が蘇るのを感じた。
「参ろうぞ。」
 三千の将兵達が静かに動き出した。

 山づたいに粛々と馬を進める。
 箕浦までは、まだかなりの距離がある。
 到着までには二日、迂回路を取れば五日はかかる道筋だ。それまでは、なんとか九神の軍勢には持ちこたえてもらわねばならない。
 幸隆は、並べて馬を駆る頼隆の真っ直ぐな眼差しに、弟の武士の魂が静かに燃え盛るのを感じていた。
ー変わらぬ-----。ー
 胸を撫で下ろしながら、もしや------を考えずにはおれなかった。それは------
ー到着が間に合わなかったら---。ー
 敗北----は、武将にとっては考えてはならぬことだ。しかし、もし万が一、救援が間に合わなかったら-------。
ー首に縄をつけてでも、佐喜に連れ帰る。ー
 ふと目をやると、やや後ろに馬を進める政隆と目があった。政隆は、幸隆の表情に瞬間、顔を強張らせた。そして、無言で頷いた。
 その瞳で、前を行く頼隆の歪みの無い背を変わらず眩しげに見詰め、唇を引き締めた。
ー頼隆兄上は、白勢の頭領。我れの兄上だ。ー
 この戦の行方が、理由がどうあれ、兄と共に戦える。政隆の胸は感動と興奮にうち震えていた。兄弟が揃って駆け抜ける、初めての戦だった。
 
「戦況は?」
「未だ膠着状態のようで---」
「睨み合いか---。」
 物見に走っていたトキが、頼隆の問いに応えた。『始末』を終えたトビが合流して、城の様子を伝えた。頼隆に逃げられた---と知った近習達は当然の如く切腹しようとしたが、絢姫に止められた。ー頼隆さまは、殿の援軍に参られたのです。私がお願いしました。ー
絢姫はそう言って、頼隆がいるかのように振る舞え---とふたりに命じた、という。
ー大したお人だ---。ー
 あやつにはもったいない---と嘯きながら、頼隆はトビに、内通者の名を確かめた。さして予想は外れてはいなかった。
ー後で柾木に教えてやろう。ー
 まぁ、先に伝わっておるかもしれんが---と頼隆は、宿がわりの寺の天井を見た。
「なれば、あと三日、踏ん張ってもらう。」
 向坂を越え、箕浦に入って八日。直義の家臣が奪取した城を宿には出来ない。
ー九神の援軍に参れ、との殿のお下知じゃ。ーと言えば、すんなり通ることは出来るが、頼隆の姿を見られては面倒になる。敢えて、付近の寺を宿にして進んできた。直義の陣まではもうすぐだが、頼隆は大きく迂回する道を取った。
「吾桑の陣の近くまで、寄る。」
 吾桑には、トビに命じて、偽の書状を送ってある。ー吾桑の本意が判らぬので、頼隆と合流して、戦に加勢したい。ついてはまず、頼隆と共に吾桑の殿に目通りしたい。ー
 幸隆の名で、頼隆がひとりで吾桑の陣に現れない理由を示しておく。吾桑の部下達は共に参る---と。
ー致し方ありませんな。ー
 過保護で有名な兄だ。それに、白勢単独で九神の後ろを突け、と言われても荷が重い---という言い分もわかる。思ったより呼応する領主がおらず、それがゆえに膠着状態から抜けきれない。ー本当に白勢が降るのか---ーという疑いを晴らすには、共に馬を並べて対峙した方が効果的かもしれない。---ー柚葉は、幸隆の書状を信じた。
「兄上の人徳ですな。」
「茶化すな---」
頼隆の本音だった。実直な兄の言葉であればこそ、人は信じる。
ーさればこそ---ー
 頼隆の策も活きる。頼隆達の軍勢は吾桑の陣のすぐ側まで迫っていた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

少年達は吊るされた姿で甘く残酷に躾けられる

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...