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第一章 入れ替わった男
第1話 ~introduction~
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―チッ.....!囲まれたか―
鋭い靴音がコンクリートの壁に幾重にも反射する。俺はコルトガバメントの撃鉄を起こす。残る銃弾はあと一発。
「探せ!まだ遠くには行っていない!」
耳障りな甲高い声が暗闇を切り裂く。俺は柱の陰に身を潜め、息を殺す。慌ただしい足音が埃まみれの床を通り過ぎる。
―今だ.....!―
俺は一気に階段を駆け登る。屋上に続く扉を慎重に開き、一歩、二歩と足を進める。眼前には摩天楼のネオンの瞬き。
隣のビルまではあと数メートル。
「そこまでだ、ラウル」
俺の眼が鈍く光る銃口を捕らえた。指が銃爪を引く。同時に焼けるような痛みが左胸に走り、俺の身体が宙に浮いた。
俺の最後の記憶は、唇を小さく歪めて嗤う、ヤツのブルーグレーの冷たい瞳だった。
―どこだ、ここは......―
網膜に刺さる光に俺は恐る恐る瞼を開けた。真っ白な平らなライト.....クロス張りの天井から眼を下ろすとクリーム色のカーテン。ひどい頭痛を堪え、あたりに視線を走らせる。傍らにはコードが何本も延びた機器が据えられていた。規則正しい電子音が静寂の内に響く。ディスプレイの中で蛍光色の波形がゆっくりとうねっていた。
「気がつかれましたか?」
ふ......と柔らかな声がした。振り向くと白衣を着た看護師らしき女性がバインダーを片手に点滴の様子を確かめていた。
「ここは....?」
「病院ですよ。三日も眠っていたんですよ」
柔和な面差しが労りの笑みを投げ掛ける。途端に、俺の中で押さえがたい違和感が巻き起こった。俺は右腕を上げ、自分の手を見た。心電図の計測のために中指にコード付きのクリップ。いや、違和感はそれではない。俺の目の前の手は色白で細く長い指をしている。
「これは.....」
と呟く声も俺の声ではない澄んだ高めの若い青年の声......。記憶にある俺の声は2オクターブは低い.....筈だ。
「鏡を.....」
言い知れぬ不安に駆られて、看護師の差し出した鏡を覗き込む。色白で細面の中性的な顔立ち、切れ長の目の瞳は漆黒で、通った細い鼻筋に小振りな少女のような紅い唇.....年の頃はどう見積もっても、十七、八才くらい。ささやかだが喉仏がある.......が、俺の知っている俺の顔じゃない。
「これは、いったい誰なんだ?」
俺は思わず叫んでいた。
「どうしたの?貴方は貴方ですよ。タカセさん、落ち着いて.....」
「俺は高瀬なんて名前じゃない。ラウルだ。ラウル-志築。こんな若造じゃない」
「何を言ってるの。貴方はリョウ-タカセ。ポケットに入っていた学生証にもそう書いてあるわ!」
「学生証?俺はガキじゃねぇ!俺はとっくに成人してる。酒だって煙草だって、女だって知ってる!」
喚き散らす俺に、看護師がうろたえ出し、血相を変え、医者を呼びに走った。
若い医者が注射器を片手に走り込んできた。
「鎮静剤を.....」
押さえつけられ、注射針を突き立てられる腕も細く生白い。血管の中を薬液が流れ込む気配がして、だんだん頭がぼうっ.....としてくる。
俺は虚ろな意識の中で、俺自身を思い出していた。
俺の名前は、ラウル。ラウル-志築-ヘイゼルシュタイン。年は三十二歳。日本で生まれ、香港で育った。親父はいわゆる裏稼業の人間で、俺は五つの時に孤児になり、親父の旧友の香港マフィアの幹部に育てられた。
だが、ファミリーはロシアン-マフィアに乗っ取られ、メンバーの大半はすでにロシアン-マフィアの膝下に下っていた。奴らのボス、ミハイル-レヴァントは俺に恭順を迫ったが、俺は拒否した。当然、俺は付け狙われ、追われる身となって、日本に逃げた。が、すぐに奴らに嗅ぎ付けられた。
そして、あのビルに誘き出され、消された.....筈だった。
俺は回らない頭で、事態を整理することにした。ミハイルに撃たれてビルから転落したところまでは覚えている。がその後の記憶はない。
この身体の持ち主は、財布に入っていた学生証とやらを見る限り日本人だ。名前は高瀬 諒。年齢は十九才。そこそこ名の知れた大学の学生らしい。そいつの身の回りの品は後はディスプレイが粉々に割れて使い物にならなくなったスマホだけ。鞄の類いは見当たらない。
それにしても、何故、俺がその日本人のガキに成り代わっているんだ?
今日び日本のラノベとかで流行りの異世界転生とか、異世界転移とかいうやつか?
俺はとにかくなんとか事態を把握しようとしたが、いかんせん身体が満足に動かない。看護師のいわく、事故で強く頭を打ったうえに肋骨が三本折れて、両足とも骨折、つまりは歩けない状態らしい。
―どんな事故だった?―
とさりげなく訊くと、ビルから転落した......という。ますますシンクロし過ぎている。よく見るWeb小説のようにパラレルワールドに迷い込んだのか?.....と思った。
だが、次の瞬間、俺は血の気を失った。いやかなり出血多量だったとは思うが、それ以上に顔面蒼白になった。
「患者さんが、眼を覚まされましたよ...」
にこやかな看護師が開けたドアから顔を覗かせたのは、濃いブロンドの髪にブルーグレーの瞳、190㎝超えのガタイのいい強面のイケメン...つまりはアイツだった。
―ミハイル!―
俺は布団を被り、背中を向けた。
鋭い靴音がコンクリートの壁に幾重にも反射する。俺はコルトガバメントの撃鉄を起こす。残る銃弾はあと一発。
「探せ!まだ遠くには行っていない!」
耳障りな甲高い声が暗闇を切り裂く。俺は柱の陰に身を潜め、息を殺す。慌ただしい足音が埃まみれの床を通り過ぎる。
―今だ.....!―
俺は一気に階段を駆け登る。屋上に続く扉を慎重に開き、一歩、二歩と足を進める。眼前には摩天楼のネオンの瞬き。
隣のビルまではあと数メートル。
「そこまでだ、ラウル」
俺の眼が鈍く光る銃口を捕らえた。指が銃爪を引く。同時に焼けるような痛みが左胸に走り、俺の身体が宙に浮いた。
俺の最後の記憶は、唇を小さく歪めて嗤う、ヤツのブルーグレーの冷たい瞳だった。
―どこだ、ここは......―
網膜に刺さる光に俺は恐る恐る瞼を開けた。真っ白な平らなライト.....クロス張りの天井から眼を下ろすとクリーム色のカーテン。ひどい頭痛を堪え、あたりに視線を走らせる。傍らにはコードが何本も延びた機器が据えられていた。規則正しい電子音が静寂の内に響く。ディスプレイの中で蛍光色の波形がゆっくりとうねっていた。
「気がつかれましたか?」
ふ......と柔らかな声がした。振り向くと白衣を着た看護師らしき女性がバインダーを片手に点滴の様子を確かめていた。
「ここは....?」
「病院ですよ。三日も眠っていたんですよ」
柔和な面差しが労りの笑みを投げ掛ける。途端に、俺の中で押さえがたい違和感が巻き起こった。俺は右腕を上げ、自分の手を見た。心電図の計測のために中指にコード付きのクリップ。いや、違和感はそれではない。俺の目の前の手は色白で細く長い指をしている。
「これは.....」
と呟く声も俺の声ではない澄んだ高めの若い青年の声......。記憶にある俺の声は2オクターブは低い.....筈だ。
「鏡を.....」
言い知れぬ不安に駆られて、看護師の差し出した鏡を覗き込む。色白で細面の中性的な顔立ち、切れ長の目の瞳は漆黒で、通った細い鼻筋に小振りな少女のような紅い唇.....年の頃はどう見積もっても、十七、八才くらい。ささやかだが喉仏がある.......が、俺の知っている俺の顔じゃない。
「これは、いったい誰なんだ?」
俺は思わず叫んでいた。
「どうしたの?貴方は貴方ですよ。タカセさん、落ち着いて.....」
「俺は高瀬なんて名前じゃない。ラウルだ。ラウル-志築。こんな若造じゃない」
「何を言ってるの。貴方はリョウ-タカセ。ポケットに入っていた学生証にもそう書いてあるわ!」
「学生証?俺はガキじゃねぇ!俺はとっくに成人してる。酒だって煙草だって、女だって知ってる!」
喚き散らす俺に、看護師がうろたえ出し、血相を変え、医者を呼びに走った。
若い医者が注射器を片手に走り込んできた。
「鎮静剤を.....」
押さえつけられ、注射針を突き立てられる腕も細く生白い。血管の中を薬液が流れ込む気配がして、だんだん頭がぼうっ.....としてくる。
俺は虚ろな意識の中で、俺自身を思い出していた。
俺の名前は、ラウル。ラウル-志築-ヘイゼルシュタイン。年は三十二歳。日本で生まれ、香港で育った。親父はいわゆる裏稼業の人間で、俺は五つの時に孤児になり、親父の旧友の香港マフィアの幹部に育てられた。
だが、ファミリーはロシアン-マフィアに乗っ取られ、メンバーの大半はすでにロシアン-マフィアの膝下に下っていた。奴らのボス、ミハイル-レヴァントは俺に恭順を迫ったが、俺は拒否した。当然、俺は付け狙われ、追われる身となって、日本に逃げた。が、すぐに奴らに嗅ぎ付けられた。
そして、あのビルに誘き出され、消された.....筈だった。
俺は回らない頭で、事態を整理することにした。ミハイルに撃たれてビルから転落したところまでは覚えている。がその後の記憶はない。
この身体の持ち主は、財布に入っていた学生証とやらを見る限り日本人だ。名前は高瀬 諒。年齢は十九才。そこそこ名の知れた大学の学生らしい。そいつの身の回りの品は後はディスプレイが粉々に割れて使い物にならなくなったスマホだけ。鞄の類いは見当たらない。
それにしても、何故、俺がその日本人のガキに成り代わっているんだ?
今日び日本のラノベとかで流行りの異世界転生とか、異世界転移とかいうやつか?
俺はとにかくなんとか事態を把握しようとしたが、いかんせん身体が満足に動かない。看護師のいわく、事故で強く頭を打ったうえに肋骨が三本折れて、両足とも骨折、つまりは歩けない状態らしい。
―どんな事故だった?―
とさりげなく訊くと、ビルから転落した......という。ますますシンクロし過ぎている。よく見るWeb小説のようにパラレルワールドに迷い込んだのか?.....と思った。
だが、次の瞬間、俺は血の気を失った。いやかなり出血多量だったとは思うが、それ以上に顔面蒼白になった。
「患者さんが、眼を覚まされましたよ...」
にこやかな看護師が開けたドアから顔を覗かせたのは、濃いブロンドの髪にブルーグレーの瞳、190㎝超えのガタイのいい強面のイケメン...つまりはアイツだった。
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俺は布団を被り、背中を向けた。
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