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会津黒川城の城大きく、西北に磐梯山を望む雄壮な姿に鶴王丸は息を呑んだ。途中、籠の中からこっそり覗いた城下町も大層な賑わいで、大きな酒蔵が幾つも立ち並んでいた。
彼ー鶴王丸の育った須賀川は古えより陸奥国府へ向かう東山道の街道筋にあたり、すぐ傍らの釈迦堂川を利用しての水運や人や物の行き来もそれなりにあったが、黒川城下の賑わいは幼い彼には驚き以外の何物でもなかった。
「お疲れになりましたでしょう。こちらで少しお休みください。お城へは明日、参りましょう」
夕陽も傾きかけた時刻に籠が運び込まれたのは一軒の武家屋敷......金上盛備の屋敷だった。誘われるままに籠から出で、小さな足に草履を突っ掛けて土間口へと進んだ。
ーこなたでお待ちくだされー
と言って奥へ去る男の背中をぼうっと目で追っていると、人の良さそうな下女がたらい盥に湯を満たして近寄ってきた。
「若様、おみ足を拭いましょう。さぁさお履き物をお脱ぎくだされ」
言われるままに草履を脱ぎ、足袋を脱いだ少年の足は驚くほど白い。
下女に足を拭われながら、所在無げにその様子を眺める少年の面差しは幼いながら整った顔立ちに幽かな色香さえ漂っていた。
ー傾国......ー
少年を伴ってきた男が、初めて彼に対面した時に脳裏に浮かんだのはその言葉だった。
艶やかな絹のような黒髪、色白の肌に紅を刷いたような紅い小振りな唇。少年は、対面の挨拶のおり、ほんの僅かにその口元を揺らめかせて、黒目がちの切れ長な瞳が微笑んだ。
物心もつかぬ幼い少年の笑みでありながら、そこには予想だにしない艶が漂っていた。
『このお子は...』
心なし口ごもる男に彼の父は如何にも凡庸な人の良さそうな愛想笑いを浮かべて言った。容姿も気性も母親似なのだ、と。
『しかとお預かりいたします。このご子息なれば、しっかりとお励みになれば、必ずや御屋形様の覚えめでたくお家も安泰でございましょう』
男の言葉の含む意味にもおおよそ気づかぬらしいかの父は相好を崩して、ーよろしく頼みますーと何度も頭を下げていた。二階堂の当主は余りにも凡庸な男だった。
ーだから戦にも負けるのだ.....ー
男ー金上盛備は、今一度、座敷に殊勝に座る少年の顔をまじまじと見た。
十分過ぎるほどに見目麗しい上に、所作も田舎大名の子息とは思えないほど洗練されている。母親が厳しく躾けたのだろう。にも関わらず、その仕草の端々に思いもよらぬしどけなさが見え隠れする。須賀川の田舎町に気の効いた娼妓などいようはずもない。いても男勝りと噂の母が可愛い一人息子にそのような者を近づけるはずもない。
ーならば、天性の......ー
男は、まじまじと惹き込まれそうに深い妖しい輝きを湛えるつぶらな瞳を見た。
「明日は、御屋形様に御目通りをいたします」
こほん......と小さく咳払いをして、男の唇が言葉を継いだ。
「くれぐれも、御屋形様の仰せのとおりに。......何があってもご機嫌を損ねてはなりませんぞ」
「わかりました」
不安げな様はさすがに如何にも子どもらしくて可愛いらしい。
その如何にも子どもらしい可愛いらしさとらしからぬ色香を備えたこの少年は間違いなく主の寵愛を得るだろう。
ーだからこそ.....ー
踏み誤らせてはならぬ、と男は強く思った。
後の蘆名平四郎盛隆、四歳。春まだ浅い弥生のとある日のことだった。
彼ー鶴王丸の育った須賀川は古えより陸奥国府へ向かう東山道の街道筋にあたり、すぐ傍らの釈迦堂川を利用しての水運や人や物の行き来もそれなりにあったが、黒川城下の賑わいは幼い彼には驚き以外の何物でもなかった。
「お疲れになりましたでしょう。こちらで少しお休みください。お城へは明日、参りましょう」
夕陽も傾きかけた時刻に籠が運び込まれたのは一軒の武家屋敷......金上盛備の屋敷だった。誘われるままに籠から出で、小さな足に草履を突っ掛けて土間口へと進んだ。
ーこなたでお待ちくだされー
と言って奥へ去る男の背中をぼうっと目で追っていると、人の良さそうな下女がたらい盥に湯を満たして近寄ってきた。
「若様、おみ足を拭いましょう。さぁさお履き物をお脱ぎくだされ」
言われるままに草履を脱ぎ、足袋を脱いだ少年の足は驚くほど白い。
下女に足を拭われながら、所在無げにその様子を眺める少年の面差しは幼いながら整った顔立ちに幽かな色香さえ漂っていた。
ー傾国......ー
少年を伴ってきた男が、初めて彼に対面した時に脳裏に浮かんだのはその言葉だった。
艶やかな絹のような黒髪、色白の肌に紅を刷いたような紅い小振りな唇。少年は、対面の挨拶のおり、ほんの僅かにその口元を揺らめかせて、黒目がちの切れ長な瞳が微笑んだ。
物心もつかぬ幼い少年の笑みでありながら、そこには予想だにしない艶が漂っていた。
『このお子は...』
心なし口ごもる男に彼の父は如何にも凡庸な人の良さそうな愛想笑いを浮かべて言った。容姿も気性も母親似なのだ、と。
『しかとお預かりいたします。このご子息なれば、しっかりとお励みになれば、必ずや御屋形様の覚えめでたくお家も安泰でございましょう』
男の言葉の含む意味にもおおよそ気づかぬらしいかの父は相好を崩して、ーよろしく頼みますーと何度も頭を下げていた。二階堂の当主は余りにも凡庸な男だった。
ーだから戦にも負けるのだ.....ー
男ー金上盛備は、今一度、座敷に殊勝に座る少年の顔をまじまじと見た。
十分過ぎるほどに見目麗しい上に、所作も田舎大名の子息とは思えないほど洗練されている。母親が厳しく躾けたのだろう。にも関わらず、その仕草の端々に思いもよらぬしどけなさが見え隠れする。須賀川の田舎町に気の効いた娼妓などいようはずもない。いても男勝りと噂の母が可愛い一人息子にそのような者を近づけるはずもない。
ーならば、天性の......ー
男は、まじまじと惹き込まれそうに深い妖しい輝きを湛えるつぶらな瞳を見た。
「明日は、御屋形様に御目通りをいたします」
こほん......と小さく咳払いをして、男の唇が言葉を継いだ。
「くれぐれも、御屋形様の仰せのとおりに。......何があってもご機嫌を損ねてはなりませんぞ」
「わかりました」
不安げな様はさすがに如何にも子どもらしくて可愛いらしい。
その如何にも子どもらしい可愛いらしさとらしからぬ色香を備えたこの少年は間違いなく主の寵愛を得るだろう。
ーだからこそ.....ー
踏み誤らせてはならぬ、と男は強く思った。
後の蘆名平四郎盛隆、四歳。春まだ浅い弥生のとある日のことだった。
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