みだれそめにし~私見 蘆名盛隆伝~

葛城 惶

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 皮肉なことに、盛氏の与えた絶望は鶴王丸の美しさをいや増すことになった。内に癒しが難い苦痛を抱え翳りを帯びた面差しは一層その妖艶さを際立たせ、憂いを含んだ眼差しは見つめられた者の心を震わせずにはおれなかった。
 結果として盛氏の寵愛と執着はなお強まり、他の少年達の妬みを買うことになった。
 特に譜代の分家筋の少年とその取り巻き達はあからさまな侮蔑を投げてくるようになった。

『人質のくせに』

という子ども達の言葉はまだ良かった。履き物を隠されても、着物を裂かれても、じっと堪え忍んだ。
 だが、それに与する大人達の言葉はもっと酷く鶴王丸の心を傷つけた。

『嫡子でありながら、このような淫乱ではお家の先行きが案じられるのぅ』

 下賤な足軽風情の奴にまで謗られた時には、いっそ相手を斬り殺して自らも自害しようかと思い詰めた。

 それを止めたのは、当主の盛興だった。十五の年に家督を譲られながら、自らは何ひとつ定めることの出来ない名ばかりの当主の座に盛興はひどく鬱屈していた。
 焦燥を酒に溺れて紛らわすより無い盛興の姿は鶴王丸の目にも如何にも哀れだった。それでいて白河結城氏に乞われれば、大将として先陣に赴いて指揮を取らねばならないのだ。
 だが、盛興は心配そうに見送りに立つ鶴王丸の頭を優しく撫でて言った。

『戦はいいんだ。何もかも忘れていられる。存分に自分の力を振るい、兵を動かすことが出来るのだから』

 兄弟のいない盛興は十四才年下の鶴王丸をことの他可愛いがってくれた。

『儂はずっと弟が欲しかった。鶴王は儂の弟じゃ。儂を兄上と呼んではくれまいか』

 男らしいおおらかな笑みは鶴王丸の救いだった。実際、盛興は優しかった。盛氏に苛まれた翌日にはこっそり菓子を差し入れてくれたり、金上を諭して野駆けに連れ出してくれもした。

 そればかりか、盛氏や金上に掛け合って自ら学問や剣術、槍の指南もしてくれた。

『鶴王はいずれ二階堂を継ぐんじゃ。いや家を継がずとも、儂の片腕としてこの蘆名の家を盛り立ててもらわねばならぬ。立派な武士にならねばならん』

 主の盛氏の慰み者、厄介な人質としてしか見られぬ蘆名の家中の中で、盛興の優しさと清廉さだけが味方だった。それはより一層、周囲の妬みを誘い、口さがない謗りを招きはしたが、それでも鶴王丸にとって盛興は救いだった。誰ひとり頼る者のいない蘆名の家中で必死にすがりついた唯一の杖だった。


 だが、盛氏の盛興に対する抑圧は一向に弱まることはなく、その重圧に耐えかねた盛興はついに病に倒れてしまった。

『酒毒でございます』

と医師も正室の彦姫も言っていたが、死期を悟った盛興が鶴王丸を呼び寄せた折、盛興は声を潜めて一言、呟くように言った。 

「酒毒などではない」

 そして、鶴王丸の手を力の入らない指で握って囁いた。

『蘆名の家を頼む』

 鶴王丸が黙ってこっくりと頷くと土気色に淀んだ面が微かに微笑んだ。

「守ってやれなくて済まぬ......」

 それが鶴王丸と盛興が交わした最後の言葉になった。

 天正三年六月五日、蘆名家十七代当主、蘆名盛興は二十九歳の若さで還らぬ人となった。


 そして、男子のいなかった盛興の跡を継いだのは、かつて人質であり、盛氏の養子となっていた鶴王丸だった。

 元服して平四郎盛隆となった鶴王丸は十四歳になっていた。
 直垂ひたたれ姿で盛氏と並んで上座に座った鶴王丸に、金上盛備は改めて深々と頭を下げた。

「これより先は家臣として、ご当主盛隆様を全身全霊をもって助け参らせる所存にございます」

ー決して道を誤らせはせぬー

 それは齢四つの少年の背中を押してあの峠を越えさせた男の、心底からの決意だった。

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