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十八
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程なくして盛隆一行は会津への帰途についた。土産には大量の塩と干し魚、干し鮑などの海の幸が持たされ、荷を引く馬も二頭ばかりつけてくれた。
ー会津駒には敵わぬが...ー
苦笑いしながら贈ってくれた東国の馬はいずれも逞しかった。佐竹の国力をそのまま誇示するような進物に盛氏達、会津の国衆は複雑な表情ではあったが、特に山国の会津に塩は有り難かった。
上杉との仲が不安定な事態になり、いつ塩留めになるかという不安もあったし、冬になり雪が積もると街道の行き来も困難になる。いきおい塩や海産物の値も高騰するのだが、この年は豊かな年越しを過ごすことが出来た。
盛隆は返礼に会津の酒と特別に兎の絵を描かせた蝋燭百本と二階堂の父に頼んで取り寄せた信夫織りの帯を贈った。
そして遣いの者に持たせた文には、先日の饗応の礼と、一首の和歌を添えた。
ーみちのくの しのぶもじずりたれゆえに みだれそめにし われならなくにー
古今集に記されたそれは、盛隆の思いそのものだった。
初めて見た東国の地はあまりに広く平坦で馬でどこまでも駆けていけそうな気がした。翌日に伴われて行った海はどけまでも青く広大で、水は舐めると塩の味がした。
顔をしかめる盛隆に破顔して笑う義重の顔が眩しかった。
袋田の四度の滝の瀑布は会津の滝のどれよりも高く大きく、勢いよく流れ落ちる水飛沫でびしょ濡れになるところだった。
そして、その滝にほど近い湯に浸かりながら、体を繋げた。
ー然るべき時が来たらー
と義重は言っていたが、盛隆は待ちきれなかった。
『戦乱の世にございます。私もいつ敵に首を取られるかわかりません。それゆえ、生きてお会いできるうちにあなたを覚えておきたい』
訴える盛隆を義重は拒まなかった。逞しい雄に貫かれて昇りつめる悦楽は今までのそれらとは全く違っていた。熱く狂おしく歓喜に満ちていた。
ー私はまだ生きていたー
と盛隆は涙を溢しながら噛みしめた。
もはや死に絶えたと思った己のが心が強いときめきと喜びに満たされるのを感じた。
ーいずれまたお会いできたなら......ー
この深い雪に閉ざされた会津の地で再び心を眠らせて生きることにも耐えられるような気がした。殺すのではない、眠らせるのだ、と盛隆は自分に言い聞かせた。
だが会いたさに心は乱れる、それすらも盛隆は嬉しかった。そして文を送った義重も
ー儂も心を乱している。雪とあの白河の関が恨めしいー
と返してくれた。
だが、蘆名家中には盛隆と佐竹義重の交流を面白くない目線で見ている者も多くいた。伊達に近い者達の視線は殊に厳しかった。
ー佐竹に蘆名を売るのかー
とあからさまに非難の目を向ける者も少なくなかった。
それは、義父であり、蘆名の実質的な支配者である盛氏が病で死去すると一層厳しいもの、になった。
と同時に、当主として独り立ちしなければならなくなった盛隆に取り入り実権を握ろうとする輩が蠢き始めた。
盛隆の寝所に見目麗しい小姓を送り込み、歓心を買わせようと躍起になった。
『大殿がみまかられて、お寂しゅうございましょうから.....』
明け透けに言ってくる家老の顔に唾を吐きたくなった。あからさまに媚びてくる小姓のしなに吐き気がした。
ーどいつもこいつも私を蔑みおって.....ー
日ごと盛隆の憂鬱は深まり、義重が恋しくなった。あの不器用な誠実さが何より愛しかった。
そして、戦が起こった。
盛氏不在の蘆名は怖るるに足らず、と田村氏が二階堂氏の所領である須賀川に責め入ったのだ。
世に言う御代田合戦である。
ー会津駒には敵わぬが...ー
苦笑いしながら贈ってくれた東国の馬はいずれも逞しかった。佐竹の国力をそのまま誇示するような進物に盛氏達、会津の国衆は複雑な表情ではあったが、特に山国の会津に塩は有り難かった。
上杉との仲が不安定な事態になり、いつ塩留めになるかという不安もあったし、冬になり雪が積もると街道の行き来も困難になる。いきおい塩や海産物の値も高騰するのだが、この年は豊かな年越しを過ごすことが出来た。
盛隆は返礼に会津の酒と特別に兎の絵を描かせた蝋燭百本と二階堂の父に頼んで取り寄せた信夫織りの帯を贈った。
そして遣いの者に持たせた文には、先日の饗応の礼と、一首の和歌を添えた。
ーみちのくの しのぶもじずりたれゆえに みだれそめにし われならなくにー
古今集に記されたそれは、盛隆の思いそのものだった。
初めて見た東国の地はあまりに広く平坦で馬でどこまでも駆けていけそうな気がした。翌日に伴われて行った海はどけまでも青く広大で、水は舐めると塩の味がした。
顔をしかめる盛隆に破顔して笑う義重の顔が眩しかった。
袋田の四度の滝の瀑布は会津の滝のどれよりも高く大きく、勢いよく流れ落ちる水飛沫でびしょ濡れになるところだった。
そして、その滝にほど近い湯に浸かりながら、体を繋げた。
ー然るべき時が来たらー
と義重は言っていたが、盛隆は待ちきれなかった。
『戦乱の世にございます。私もいつ敵に首を取られるかわかりません。それゆえ、生きてお会いできるうちにあなたを覚えておきたい』
訴える盛隆を義重は拒まなかった。逞しい雄に貫かれて昇りつめる悦楽は今までのそれらとは全く違っていた。熱く狂おしく歓喜に満ちていた。
ー私はまだ生きていたー
と盛隆は涙を溢しながら噛みしめた。
もはや死に絶えたと思った己のが心が強いときめきと喜びに満たされるのを感じた。
ーいずれまたお会いできたなら......ー
この深い雪に閉ざされた会津の地で再び心を眠らせて生きることにも耐えられるような気がした。殺すのではない、眠らせるのだ、と盛隆は自分に言い聞かせた。
だが会いたさに心は乱れる、それすらも盛隆は嬉しかった。そして文を送った義重も
ー儂も心を乱している。雪とあの白河の関が恨めしいー
と返してくれた。
だが、蘆名家中には盛隆と佐竹義重の交流を面白くない目線で見ている者も多くいた。伊達に近い者達の視線は殊に厳しかった。
ー佐竹に蘆名を売るのかー
とあからさまに非難の目を向ける者も少なくなかった。
それは、義父であり、蘆名の実質的な支配者である盛氏が病で死去すると一層厳しいもの、になった。
と同時に、当主として独り立ちしなければならなくなった盛隆に取り入り実権を握ろうとする輩が蠢き始めた。
盛隆の寝所に見目麗しい小姓を送り込み、歓心を買わせようと躍起になった。
『大殿がみまかられて、お寂しゅうございましょうから.....』
明け透けに言ってくる家老の顔に唾を吐きたくなった。あからさまに媚びてくる小姓のしなに吐き気がした。
ーどいつもこいつも私を蔑みおって.....ー
日ごと盛隆の憂鬱は深まり、義重が恋しくなった。あの不器用な誠実さが何より愛しかった。
そして、戦が起こった。
盛氏不在の蘆名は怖るるに足らず、と田村氏が二階堂氏の所領である須賀川に責め入ったのだ。
世に言う御代田合戦である。
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