影武者は身の程知らずの恋をする

永川さき

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3 誰だ⁉︎

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 ギルドを出て夜の闇に紛れ、帰路を辿る。
 普段は活気に溢れる街に人通りはほぼ皆無。
 しんと静まり返った街は少し不気味だ。
 人がいないとはいえ、物陰には誰がいるとも知れない。
 ライリーはいつも通り周囲を警戒しつつ、音も立てずに歩いていたが、ギルドを出てしばらくしてその気配に気付いた。

 その気配との距離は十メートル前後。
 わざと靴がずれたふりをして立ち止まったり、ゆっくり歩いたりしても、まるでライリーと長い棒で繋がっているかのようにぴたりと同じ間隔を保ってついてくる。
 
 人の気配には敏感だと思っていたが迂闊だった。
 こんなに近付かれてから気付くなんて遅すぎる。
 家を知られる危険性は絶対に回避したいし、相手と刃を交えることもしたくない。

(逃げるが勝ち!)
 
 ライリーは、さりげなく家路から進行方向を逸らし、ゆったりとした歩調から徐々に早足に、そして全速力に変え、静かな街を駆け出した。
 ちらりと後方を見れば、ライリーと同じく黒いローブを着た正体不明の不審者が堂々と姿を現して駆けてくる。
 顔は隠れていて見えないが、背丈や肩幅の広さ、ローブの隙間から見えた服からして男だ。
 しかし、その風体の男に見覚えはない。

(なんで追いかけられてんの?)
 
 ギルドに出入りをしていれば、思わぬところから恨みを買うことはある。
 
 ライリーが受ける依頼は基本的に短期間で達成できるもの。
 かつ、安全なもの。
 主には今日のように素材の採取や失せ物探しなどだ。
 たまに体慣らしで害獣駆除の依頼も受けている。
 
 それでも恨みを買うのは、依頼を横取りされたと思い込まれたり、単純に仕事が順調に見えて妬まれたりするからだ。
 
 また、よく聞くのは、依頼の報酬を奪おうとする輩の存在だ。
 ライリーも過去に一度、報酬を奪われかけたことがある。

 ギルドに出入りして報酬もそれなりに受け取るようになった頃の話だ。
 ギルドからの帰り道でそういう輩に襲われ殴り掛かられる直前で、たまたま報酬の計算違いをしたために払い損ねたお金を渡しにきたジャクソンに助けられたことがある。
 ジャクソンの体捌きは洗練されていて、場違いにも見惚れるものだった。
 
 ライリーがしどろもどろにお礼を言うと、あれよあれよと言う間に言いくるめられ、何故かジャクソンから対人戦闘を教えてもらうことになった。
 
 ジャクソンは容赦なく、そして嬉々としてライリーに訓練をつけた。
 ライリーは、完全にジャクソンのおもちゃにされていたと思っている。
 物理的なトラブル対処法をギルドマスター直々にから教えてもらうなんて機会は滅多にない。
 ありがたいことであるし、もちろん感謝もしているが、雨の雫一滴分の不満があることは内緒だ。
 複雑な感情はあるが、その後、何度か襲撃を受け、訓練のお陰でその度に返り討ちにすることができた。
 ありがたいことには変わりない。
 
 だが、今追ってきているやつは襲ってくるわけでもなく、ただつきまとってくるだけだ。
 故に、意図が掴めず余計に恐ろしく、気持ち悪い。
 何度も角を曲がり、それなりの距離を走ったはずだが、男は付かず離れずライリーを追いかけてくるのだ。
 このままでは夜明けまで鬼ごっこをする羽目になる。
 早く家に帰って休みたいライリーは、そんなことをするつもりもないし、したくもない。
 
(ううん……とりあえず撒くか)
 
 ライリーは助走もなく跳ぶと、タンッと壁を蹴って屋根に登った。
 かちゃりと瓦が音を立てるが、それは猫が立てる音よりもはるかに小さい。
 ディレの森で魔獣と戦ううちに身に付けた、ちょっとした軽技である。
 各地を巡るサーカス団の曲芸師には負けるだろうが、何かから逃げるには十分だ。
 
「は?」
 
 背後でなんとも気の抜けた間抜けな声が聞こえた。
 人間は、あまりにも驚くことがあるとそうなるらしい。
 初めて知った事実は無性に面白く、笑っている場合ではないにも関わらず、思わずふふっと笑い声が出てしまった。
 
 それが悪かったのか。
 
 背後でダンッと重い音がした。
 振り返ると、路地に積み上がっていた大きな木箱を踏み台に、男が屋根へと駆け上がって来ていた。

 今度はライリーが素っ頓狂な声を上げる番だ。

「はぁ⁉︎」

 瓦の先端を掴んだ男は、腕の力で屋根へと登った。
 傾斜のある屋根の上で、平衡感覚を調整するように体を小さく左右に揺する。
 そして、一呼吸の後に、屋根瓦を踏み砕きながら追いかけてきていた。
 フードの隙間から漏れる眼光は鋭く、口元は引き攣りながらも笑みをたたえている。
 
 どうやら虎の尾を踏んでしまったらしい。
 
(やばいやばいやばいって! どうすんのさこれ!)
 
 背中にぞわぞわと怖気が走って気持ち悪い。
 こんな感覚は久しぶりだ。
 本能だろうか、身の危険が迫ったときには必ずこの感覚が警鐘を鳴らして助けてくれたが、今日はそれを感じるのが遅すぎた。

 屋根に上がり、暗闇に溶け込めば逃げ切れる。
 そう油断していたライリーは、自分に向かって舌打ちをした。

 屋根の上には地上と比較して障害物がないため身を隠す場所がない。
 かといって地上に下りれば、屋根の上から姿を確認され、延々と追いかけられてしまう。
 つまり、屋根の上で逃げ切るしかないのだ。
 
 余裕がないライリーは腰にあった暗器を投げて牽制するが、男は腹の立つことに、それを軽々と躱してしつこく追いかけてくる。
 何度か繰り返すうちに手持ちもなくなり、残すは接近戦のみだ。

 人間を相手にするのは機会が少ないため、魔獣相手よりも不安が残る。
 そもそも、人間同士で戦うこと自体、ライリーの本意ではないのだ。
 しかし、ここまで追い詰められていては仕方がない。
 正当防衛だ。
 
 ライリーが前に出した足の向きをキュッと変え、男に向かって駆け出すと、男はニヤリと不敵に口角を上げた。

 背筋に、再びゾクリと怖気が走る。

(うわぁ! 嫌な予感がする!)

 ライリーが飛び上がって振り下ろした足は男の左腕で受け止められ、振り払った勢いで路地を挟んだ隣のアパートに飛ばされる。
 着地した途端、横一閃に剣を振られ、ライリーはそれをすんでのところで躱した。
 男の足を狙って低く回し蹴りすれば上に跳躍して避けられ、回転して背を向けたライリーに斬りかかってくる。
 ライリーはそれを短刀で受けて難を逃れ、跳躍して男との距離を取った。
 
 そうして街の上で命のやりとりを繰り返していれば、音に敏感な住人は起きてしまう。
 激しい応酬で押され気味のライリーは、剣戟の音に気付いたであろう老婆が窓を開ける様子を視界の隅に捉えた。
 
 老婆がライリーと男を見て警ら隊にでも通報したら、追いかけくる相手が増えてしまうし、もし捕まりでもすれば、根掘り葉掘り事情聴取され、色々とまずいことになる。
 それだけは何としても避けたかった。
 
 老婆の存在に気付いたのは男も同じだったようだ。
 男は小さく舌打ちをすると、無造作に剣を振り下ろす。
 
 その切先がライリーのネックガードを掠め、その勢いで顔を隠していた布が首元までずれ落ちた。
 瞬間、運悪く突風が吹いてフードの中に風が入り込み、フードが取れてライリーの顔が露わになる。
 
 無造作に切られた榛色の短髪。
 コバルトグリーン色の猫目は負けず嫌いな性格を表しているようだ。
 筋の通った鼻とぷっくりした唇も合わされば、どこか中性的な雰囲気がある。
 
 服さえちゃんとしたものを着ればどこかの王子様みたいだ。
 そう例えたのは、誰だったか……。
 髪や目の色も市井に紛れる一般的なもので、多少容姿が優れているとしても、平凡の域を出ない。

 しかし、男の記憶力が良く、それなりの伝手を持っているとしたら、今の危機から抜け出したとしても探し出されてしまう。
 つまり、今の状況は非常によろしくない。
 
「やべッ!」
「なっ⁉︎」
 
 焦りと驚愕の声が同時に上がる。
 ライリーは咄嗟に胸ポケット手を入れた。
 すると、指先に手のひらサイズの丸い物体――煙幕弾――の感触が伝わる。
 それが何かわかった瞬間、ライリーは迷うことなく煙幕弾を掴んで動線を引っこ抜くと、男に投げ付けて破裂させた。
 
 途端、視界いっぱいに白い煙が膨れ上がる。
 幸いにも、この瞬間は風が吹いていない。
 煙幕はその場に留まり、ライリーの居場所を男から隠してくれている。
 
(そうそう、これがあった。最初からこれを使えばよかったんだ。俺って本当アホだなぁ)

 非常用にと胸ポケットに入れていた煙幕弾の存在を忘れているなんて、間抜けもいいところだ。
 自分に呆れながら、けれど、万が一のために煙幕弾を仕込んでいた過去の自分を褒めながら、ライリーは音もなく地上へと飛び降りた。
 ネックガードを上げ、フードを被り直して駆け出す。
 
 背後からゴホゴホと咳き込む音と共に「待て!」と怒鳴り声が聞こえたが、知ったことではない。
 無視一択だ。
 そもそも、待てなんて言われて止まる馬鹿はいない。

 ライリーは夜の闇に紛れ、迂回をしながら家を目指した。
 背後から追いかけてくる気配はない。
 どうやら不審な男は、ライリーを追いかけ回すのを諦めてくれたようだ。
 
 だが、油断は禁物。
 さっきも男が屋根の上に登って来れないと鷹を括って痛い目を見たのだ。
 同じ轍は二度と踏みたくない。
 ライリーは最後まで気を抜かず、慎重に慎重を重ね、いつもより倍以上の時間をかけ、ようやく家に辿り着いた。

 一階にあるライリーの部屋の窓には、こっそりと設置した鍵がある。
 秘密の鍵を開け、ひらりと窓枠を飛び越えて部屋の中に入ると、既存の鍵を閉めた。
 そして、少し隙間のできたカーテンを閉め直すと、ドサリとベッドに倒れ込んだ。

「あいつ、何なんだ?」

 ライリーを尾け回してきた、目的不明の謎の男。
 戦闘技術はギルドマスターであるジャクソンから手解きを受けたライリーと互角……いや、認めたくはないが男の方が上だ。
 そこらの冒険者ではないことは確かだ。

 男の正体が何なのか。
 知りたいような、知りたくないような。

(君子危きに近寄らずって言うしな。深入りは絶対にしない)

 不安要素は、顔を見られたこと。
 それだけが気掛かりだが、過ぎたことはどうしようもない。

 しばらくはギルドに近寄らないようにしよう。
 そして、ネックガードは要検討だが、フードには風で煽られて取れないように、その内側にヘアピンを縫い付ける。

 そう決意したライリーはむくりと起き上がり、静かに、ゆったりとした部屋着に着替える。
 再びベッドに横になり、目を閉じた。
 やがて心地良い微睡がライリーを包み込み、その感覚に身を委ねる。
 あの男が、二度とライリーの目の前に現れないことを祈りながら。
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