影武者は身の程知らずの恋をする

永川さき

文字の大きさ
10 / 58

10 ジャクソンの真意

しおりを挟む
 川のせせらぎと可愛らしい鳥の呼び声が心を撫でていく。
 日の出の光で目が覚めたライリーは、横になったまま、ううん……と伸びをした。
 瞬間、股関節に鋭い痛みが走る。
 
 本業である農場の仕事も、副業である冒険者稼業も肉体労働だ。
 体が資本だからとメンテナンスを怠ったことはない。
 それなのに、馬に乗っただけで筋肉痛になるとは……。
 
 思い返せば、昨日は色々ありすぎて日課であるストレッチをしていなかった。
 もぞりと動けば、全身からギシギシと軋む音が聞こえてきそうな違和感がある。
 あの状況でそこまで気が回らなかったのは仕方ないとはいえ、この状態はよろしくない。

 ユリウスは寝入る時と同じく、テント側を向いた体勢で眠っている。
 ライリーはユリウスにそっと毛布を掛けると、彼を起こさないように静かに起き上がり、体を解すため、テントの外へ出た。

 最初に目に入ったのは、ファングとジャクソンだ。
 二人は岩に寄りかかり、ローブを毛布代わりにして寝ている。
 それで旅の疲れが取れるのだろうか。
 彼らへの負の感情より、疑問と心配が湧いてくる。

「おはよう。まだ寝ていてよかったのに」
 
 二人をじっと見ていたライリーに声をかけたのは、昨晩の見張りを担当していたエラだ。
 その両腕には枯れ枝が抱えられている。
 きっと、下火になっている火を大きくするためのものだ。

「おはようございます。いつもこれくらいに起きているので平気です。それよりも筋肉痛が酷くて参っています」
「乗馬の影響ね。昨日、話してばかりいないでストレッチを勧めればよかったわ」
「いえ、自己責任ですから。あの、どこまで離れても大丈夫ですか?」
「目の届く範囲ならいいわよ」
「ありがとうございます」

 ライリーはまだ寝ている三人を起こさないように、足場を選びながら静かに野営地から離れていく。
 少し離れたところで平らで乾いている地面を見つけ、そこに胡座で座る。

(まずは首からっと……)
 
 股関節だけだと思っていたが、初めての乗馬で体が緊張していたのか、首を左右に傾けるといつもより浅いところで突っ張った感覚があった。
 そこに繋がる肩も同じだ。
 この調子では全身が岩のように固まっているのだろう。

(こんなになったの、いつぶりかな?)
 
 普段は感じない体の不調は憂鬱な気分を運んでくる。
 今日は昨日より長い時間、馬に乗るだろうから、どこもかしこもしっかり伸ばしておかないといけない。
 そうして上半身から下半身まで全身伸ばしていった。

 それが終わったら短刀を使った一人稽古だ。
 右手で逆手に持って腕は軽く曲げ、左足を半歩後ろに下げる。
 まずは防御の動きから。
 色々な方向からくる刃を手首を微妙に動かしながら短刀の鎬や峰、刃の部分で受け流し払う。
 そして、反撃。
 敵の刃を払って素早く懐に入り込んで切る、突く。
 背後から斬り掛かってきた敵の攻撃を躱して振り向きざまに斬り返す。
 
 すると、キンッと金属同士がぶつかって火花が散り、腕にビリビリとした痺れが走った。

「俺が教えたとおりにやってんだな」

 ライリーの短刀を受けたのはジャクソンの愛刀だ。
 彼の得物も短刀で、その鋒は朝日に反射して光っている。
 ライリーが今使っている短刀は、ジャクソンが以前使っていたものと聞いている。

 気配もなくやってきたジャクソンに、ライリーの心臓が駆け出す。
 彼が最強の影であることを思い出し納得するが、驚いた体はガクガクと不自然に動いた。

「はい。起こしてしまってすみません」
「俺も夜番じゃなければこれくらいに起きてるから気にすんな。それよりほら、久しぶりに相手してくれ」
「え、はい」

 切り結んだ刃を離し、間合いを取る。
 
 予期せず始まったジャクソンとの掛かり稽古。
 久しぶりだというのに相変わらず容赦がなかった。
 こちらは筋肉痛だというのに、そんなものは関係ないらしい。

「ほらほら左側がガラ空きだぞ」
「っわかってますって……くそっ……」

 軋んで動きが鈍くなったライリーに容赦なく襲いかかる斬撃と拳や脚、時々河原の砂利。
 それをかろうじて躱し、攻撃の練習だと言わんばかりに隙を空けてもらえばすかさず攻撃に転じる。
 
 結局、十本勝負で取れたのは一本だけ。
 しかもサービス付き。
 ジャクソンはライリーより倍以上、歳上のはずで、身体的な衰えがあるはずなのにそれがまったく感じられない。
 
(この人、本当は人型の魔獣か何かかな?)

 全身から汗を流し、膝に手をついてゼイゼイと息を切らしているライリーに、ジャクソンはエラから受け取った水を渡してくれた。
 それをありがたく受け取り一気に喉に流し込む。
 レモンが絞ってある水はさっぱりしている。
 渇いた体に水分が沁み込み、生き返ったような気分だ。

 木々の隙間から漏れる朝日。
 ライリーとジャクソンは、陽光を反射して煌めく川面に足を入れた。
 そして、布を冷たい水に浸し、汗を拭っていく。
 昨日とは打って変わって優しくそよぐ風が、熱くなった体を冷やしてくれて気持ちがいい。
 ライリーは思わず至福のため息をついた。
 
「ライリー」
「なんですか?」

 名前を呼ばれて顔を上げると、ジャクソンは神妙な面持ちを浮かべていた。
 どこか苦しそうな表情に、ライリーはくっと息を詰め、何を告げられるのかと身構える。

「初めて会った時からいずれは影に、と思ったことは否定しない。ギルドからの帰り道にクソ野郎どもから襲われていた時も、俺の持っている技術を叩き込める口実ができたと思ったし、下心ありきで教えていたことも否定しない。でも、ただそれだけでお前と関わってきたわけじゃない。俺だって人の子だ。ライリー、お前が可愛くて面倒みていた。今更こんなこと言っても信じられないだろうが、それだけは心に留めていてほしい」

 それは罪の告白のようにも思えた。
 ジャクソンが胸のうちに秘めていた思惑と感情は、真っ直ぐライリーに届いている。
 
(知っているよ)
 
 誰にどんなことを言われようと、ジャクソンがライリーを純粋に可愛がってくれていたことは紛れもない真実だ。
 そうでなければ、ディレの森を案内したり、野営の仕方なんか教えたりしないし、ましてや、対人戦闘だって付きっきりで教えたりしない。
 
 そして、ジャクソンが根っからのお人好しだということをライリーは知っている。
 ライリーだけでなく、冒険者ギルドに初めてきた初心者には必ずついてレクチャーして面倒をみている様子を、ライリーはずっと見ていた。
 夜番が多いのは他のギルド職員とその家族を大切にしているからで、昼番でも夜に訪れたライリーと会うくらい帰りが遅いのは冒険者たちに選ばれなかった依頼を消化しているからなのも、ギルド職員から聞いて知っている。

 そんなジャクソンが、下心があったにしても、ただそれだけでライリーの面倒をみていたわけがない。

「信じます。ジャクソンさんのお陰で依頼以上のこともできるようになりましたし、襲ってくるやつらも撃退できるようになりましたからね」
「そうか……。あと、もうひとつ言わなきゃならないことがある。ご両親のことも含めて身辺調査をしたのは俺で、調査し終えてこの二年ほど、ご両親のことを伝えていなかった。すまない」

 両親のことを調べてくれたのはジャクソンだった。
 それも二年も前にだ。
 隠されていたことに関しては言いようのない感情が渦巻くが、立場上秘匿しなければならなかったのなら、ジャクソンのことだから罪悪感を募らせていたんだろう。
 それを思うとこちらが苦しくなる。
 お互い苦しくなるなら、ここで手打ちにしたほうがいい。
 
「いいですよ。ジャクソンさんが調べてくれなかったら、俺は死ぬまで両親のことを知ることはなかったです。だからむしろ感謝してます」
「そうか……。ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございます」

 今まで上手く話せなかったジャクソンとたくさん話し、感謝の言葉を伝え合う。
 それがなんだか照れ臭い。
 ライリーの感情が伝染したのか、ジャクソンも頬を赤らめて視線を逸らしている。
 この雰囲気をどうしようかと考えていると、エラが救いの手を差し伸べてきた。

「二人とも、ご飯ができましたよ」
「今行く」
「ありがとうございます」

 救世主の声に、同時に返事をする。
 それがまたおかしくて、ライリーはジャクソンと顔を合わせ、また笑い声を上げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

黒髪黒目が希少な異世界で神使になって、四人の王様から求愛されました。

篠崎笙
BL
突然異世界に召喚された普通の高校生、中条麗人。そこでは黒目黒髪は神の使いとされ、大事にされる。自分が召喚された理由もわからないまま、異世界のもめごとを何とかしようと四つの国を巡り、行く先々でフラグを立てまくり、四人の王から求愛され、最後はどこかの王とくっつく話。  ※東の王と南の王ENDのみ。「選択のとき/誰と帰る?」から分岐。

勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布
BL
勇者パーティーを追放された魔法生物が騎士団長に拾われる話

目撃者、モブ

みけねこ
BL
平凡で生きてきた一般人主人公、ところがある日学園の催し物で事件が起き……⁈

仮面の王子と優雅な従者

emanon
BL
国土は小さいながらも豊かな国、ライデン王国。 平和なこの国の第一王子は、人前に出る時は必ず仮面を付けている。 おまけに病弱で無能、醜男と専らの噂だ。 しかしそれは世を忍ぶ仮の姿だった──。 これは仮面の王子とその従者が暗躍する物語。

【完結】囚われの親指王子が瀕死の騎士を助けたら、王子さまでした。

竜鳴躍
BL
サンベリルは、オレンジ色のふわふわした髪に菫色の瞳が可愛らしいバスティン王国の双子の王子の弟。 溺愛する父王と理知的で美しい母(男)の間に生まれた。兄のプリンシパルが強く逞しいのに比べ、サンベリルは母以上に小柄な上に童顔で、いつまでも年齢より下の扱いを受けるのが不満だった。 みんなに溺愛される王子は、周辺諸国から妃にと望まれるが、遠くから王子を狙っていた背むしの男にある日攫われてしまい――――。 囚われた先で出会った騎士を介抱して、ともに脱出するサンベリル。 サンベリルは優しい家族の下に帰れるのか。 真実に愛する人と結ばれることが出来るのか。 ☆ちょっと短くなりそうだったので短編に変更しました。→長編に再修正 ⭐残酷表現あります。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
BL
突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのアルフレッドが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 アルフレッドの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

狼領主は俺を抱いて眠りたい

明樹
BL
王都から遠く離れた辺境の地に、狼様と呼ばれる城主がいた。狼のように鋭い目つきの怖い顔で、他人が近寄ろう者なら威嚇する怖い人なのだそうだ。実際、街に買い物に来る城に仕える騎士や使用人達が「とても厳しく怖い方だ」とよく話している。そんな城主といろんな場所で出会い、ついには、なぜか城へ連れていかれる主人公のリオ。リオは一人で旅をしているのだが、それには複雑な理由があるようで…。 素敵な表紙は前作に引き続き、えか様に描いて頂いております。

処理中です...