影武者は身の程知らずの恋をする

永川さき

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25 休日の過ごし方

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「今日は訓練所に立ち入り禁止だからね」

 トレーを返却するタイミングでケイトから念押しされ、ライリーとユリウスはティーセットを押し付けられた。
 香り高いダージリンと、ベリーのスコーンが機嫌良く湯気を揺らしている。

(もう食べられないんだけど⁉︎)

 ブランチ、昼食と続いてまた食べるなんて、ライリーの胃が悲鳴を上げてしまう。
 影たちはライリーが思った以上にたくさん食べるのだろう。
 そうでなければ、平然とした顔でケイトがティーセットを渡してくるはずがない。

「わかりました」

 ライリーはひくりと頬を痙攣させたまま、ユリウスと揃って素直に返事をした。
 訓練所立入禁止令の原因は自分たちで作ったのだ。
 甘んじてその指示に従おう。
 
 ティーセットを手に食堂を出る。
 ケイトのおかげで、この後の予定は決まったも同然だ。
 ユリウスに導かれるまでもなく、ライリーはユリウスとサロンへと向かう。

 先程会ったマークとルイの姿はなく、そこは無人となっていた。
 この建物は公爵邸の敷地内にはあるが、その中でも隠されるように建っている。
 大きな窓から見えるのは、目隠しに植えられたクスノキの林だけだ。
 ただ、建物から一定の距離に植えられているため、陽の光は直に届くというわけだ。

 午後の日差しが差し込む静かなサロンは、質素なようで上品な調度品が並んでいる。
 きちんと手入れが行き届いているそこは、とても居心地が良さそうだ。

 ユリウスは迷わず一番陽当たりのいい席に座った。
 四人掛けのボックス席だが、他に利用する者はいない。
 それであれば、こんな贅沢な使い方をしても許されるだろう。

 ユリウスに倣い、ライリーはその対面のソファに腰を落ち着けた。
 音もなく程よく沈むソファは、長時間座っていても尻が痛くなりにくそうだ。
 ともすれば、そのまま昼寝をしてしまいそうな座り心地でもある。
 
 ティーセットをテーブルに置いたユリウスは、流れるような動きで紅茶を一口飲んで一息ついている。
 その優雅な所作に、彼が貴族であることを思い出した。

(話していると、貴族ってこと忘れちゃうんだよな)

 それはひとえに、ユリウスが気安く話してくれているからであり、その内容もライリーと同レベルだからだ。
 ライリーに合わせているのか、素がそうなのか。
 いや、ケイトやマーク、ルイと話している様子を見るに、後者に違いない。

 ユリウスはティーカップをコトリとソーサーに置くと、すっと視線を上げた。

「昨日、ライリーが寝たあとに隠し通路の認証登録をしておいた。だから、急いですることはもう何もない」
「そうなんだ。ありがとう」
「どういたしまして。で、今日は何やりたい? 半分は過ぎたけど休日だからな。やりたいことがあるなら付き合うぞ」
「やりたいこと……」

 そう問われ、ライリーは言葉に詰まった。
 なんと返せばいいのか、わからないのだ。
 
「おい、なんかないのかよ」
「ああ……その、何もしない休みって初めてだから、何したらいいかわからなくて」

 思考をそのまユリウスに話すと、彼は怪訝な顔をした。
 
「は? 農場でも休みはあっただろ」
「休みはギルドに出入りしていた」
「新年の休みは?」
「孤児院でチビたちと遊んだり、義母かあさんの手伝いをしたりしてたけど」

 やりたいことなんて、考えたこともなかった。
 孤児院のために日々汗を流して作物を育て、冒険者ギルドに出入りして依頼をこなす。
 空いた時間はチビたちと遊び、微力ながら手伝いをする。
 これがライリーの休日の過ごし方なのだ。
 それが苦痛だと、不幸だと思ったことはたったの一度もない。
 
 しかし、王都に来たことで、生きていくのに必死で、自分のしたいことを考える余裕すらなかったのだと、今更自覚した。
 そして、呆然としたのだ。

(俺、小さい頃、何が好きだった?)

 幸せだったのは間違いない。
 けれど、遠い記憶は霞んでいて、はっきりと思い出せないのだ。

「……そうか」

 ユリウスはライリーの答えを聞くと、目を見開いて口をつぐみ、しばらくしてからぽつりと言葉を溢した。
 ユリウスにとって、娯楽も趣味も持たないというのは普通ではなかったようだ。
 
 貴族と平民。
 本来なら相入れない立場の二人が同じ土俵に立つことはない。
 それぞれの常識が異なるのは至極当たり前のことだ。

「なら、俺の趣味に付き合え」
「うん」

 ユリウスはソファから立つと、サロンの一角にある棚から木製の箱を取り出した。
 ボックス席に戻り、それがテーブルに置かれると、小さな何かがぶつかり合う小さな音が耳に届く。
 
「これは?」
「チェスだ。ルールわかるか?」
「まあ、なんとなくなら。子どものころに遊びでやった程度だけど」
「なら大丈夫だ。細かいことは教えてやるよ」

 箱から折りたたみ式の盤を取り出して広げたユリウスは、チェスの駒を盤上に並べ始めた。
 ライリーもそれに続き、朧げな記憶を手繰り寄せ、正しい位置に駒を並べていく。
 しかし、ナイトとルークの位置がわからなくなってしまった。

(あれ……どっちがどっちだったっけ?)
 
 ど忘れではない。
 完全に忘れてしまっている。
 それがユリウスに知られると、揶揄われてしまいそうだ。
 そう簡単に良いネタを提供してなるものか。
 
 ライリーは瞬きひとつのうちにユリウス側の盤上を盗み見た。
 ユリウスはライリーの視線には気付いていない。
 ライリーは心の中でにやりと笑い、素知らぬ顔で駒を並べ終えた。

「ルールはわかるよな。相手のキングを取った方が勝ち」
「うん。あとは駒の役だけど、ね」
「うろ覚えなんだろ? まずポーンは……」

 ユリウスはすらすらと駒の役割と動きを説明していく。
 その顔は生き生きとしていて、チェスが好きだということが見て取れた。
 また、その説明はわかりやすく、すっかりルールを忘れていたライリーの記憶を呼び覚ます。
 それが終わる頃には、ライリーはチェスとは何ぞやというのをしっかりと理解していた。 

 簡単な練習をした後、二人は早速ゲームを始めた。
 単純に大きく動けるルークでユリウスの駒を取り、序盤はライリーが優勢で進めていく。
 ところが途中から雲行きが怪しくなってきた。
 終盤になると、明らかに手駒が足りない。
 攻めることなどできず、防戦一方だ。

 趣味とするくらいチェスが好きなユリウスが相手だ。
 そんな彼と対戦するなど無謀もいいところで、その事実に気付いたのは、にっちもさっちもいかない状況に陥ってからだった。
 
「ちょっちょっと待てよ……ああ!」

 必死の懇願も虚しく、キングを守ろうと中央で奮闘していたクイーンを取られてしまった。
 ユリウスの指は迷いなく動き、情け容赦なく守りの壁を打ち砕く。
 残りはキングとルークのみ。
 しかも、その位置は離れている。
 これでどうやってキングを守れというのか。

 だらだらと冷や汗を流して頭を抱えるライリーを、ユリウスは悪い笑みを浮かべて眺めている。
 口角はネズミをいたぶる猫のように吊り上がり、目元は三日月のように細い。

(ルールと駒の説明の時に見せた優しさはどこに行ったんだよ!)

 ライリーは恨めしくユリウスを睨みつけるが、彼はより一層意地悪な笑みを深めるだけだ。
 
「ほらほら、どうにかしないとあと一手でチェックメイトだぞ」
「わかってるよ! おい、ちょっとは手加減したらどうだ」

 ライリーは舐め回すように盤上を眺めた末、キングを左へ避難させた。
 これで次の一手までは延命できたはず。
 
「手加減したら怒るだろ」
「そっ……れは、そうだけど。初心者相手に容赦ない」
 
 ライリーはグギギッと歯噛みした。
 現状を見るに、手加減してもらわないとライリーは勝利を掴めない。
 負け続けていては、チェスを好きになろうと思っても、好きにはなれないだろう。
 しかし、手加減されたらされたで、それは嫌だ。
 初心者なりに、ライリーにもプライドがあるのだ。
 
「次はハンデくれてやるよ。そうだな、ビショップとルークを抜こうか」
「それぞれひとつは置いていけ」
「残していいのか?」
「うっ……全部抜いてください」
「了解」

 あれだけプライドが云々と考えていたはずなのに、ライリーは早々にプライドを放り投げた。
 苦渋の決断だ。
 だが、勝利のためならば仕方がない。
 ライリーは顔を皺くちゃにしながら、そう自分を納得させた。

 それを見てくっと喉で笑ったユリウスは、ことさらにゆっくりとした動作でビショップを手に取る。
 そして、盤の上を迷いなく斜めに動かし、ライリーの白いキングをコトンと倒した。

「ほい、チェックメイト」
「え、あっ嘘!」

 ライリーの叫びがサロンにこだまする。
 今しがた倒されたキングと、ユリウスのビショップがあった位置を確認すると、間違いなくチェックメイトできる位置関係にあった。
 ユリウスに煽られ、焦ったせいでビショップの位置を誤認したことに気付いても後の祭りだ。

「俺の勝ちだな」
「くっ……!」
 
 一度目の対局は呆気なくゲームセット。
 久々にチェスをしたにしては大健闘のうちに入るだろう。
 しかし、負けたことには変わりなく、悔しさが込み上げてくる。

「もう一回! ハンデありで!」
「望むところだ」

 ライリーがリベンジを申し込むと、ユリウスは待っていましたとばかりにフィンガースナップをした。
 パチンッと小気味の良い音を合図に、二人で駒を並べ直していく。
 
 結局、その日の対戦は四局で終了。
 ライリーは最後の一局だけ勝つことができたが、かなりのハンデがあった結果だ。
 ハンデがあっても勝利したのは間違いない。
 ライリーは喜びを胸に、次の対戦こそはハンデなしで勝とうと闘志を燃やすのだった。
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