やおよろず生活安全所

森夜 渉

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二章

18/孤独な神様

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「少しは落ち着いたかい?」
昼手前で戻って来た犬威を猿真が心配した。
「はい、すびばせんでした。おび苦しい所を。あざ霧君、鼻紙ありがどう」
鼻が詰まっていて聞きづらいが、鼻紙はティッシュの事だろう。
「犬威さん、まだ三箱ありますからよければ持っていてください」
蓮美は五箱セットのうち、残り三つを渡す。
初めに渡した一箱は既に空になっていたからだ。
「ん、ぞんなにいるがな?」
「いる」
彼を見る皆の目がそう言っている。
結局、悟狸は午前中にマガツカミの一つ、バグの説明が蓮美にできなかった。
犬威からも意見を交えたいという事情で、彼待ちの状態だったのだ。
蓮美は書類の拇印(動物の肉球ハンコ)の確認だけで午前は過ぎた。
バタバタしていたが時間は十一時三十分を回ろうとしている、お供物作りの時間だ。
「家庭科室へ準備に……」
「イエーイ、待ってましたっ!」
蓮美が席を立つと和兎が拍手する。
「蓮美さん、僕もお供物を作るの手伝ってもいいですか……?」
「えぇっ!」
「はぁっ!」
命が自ら意見した。
驚きだったのか職員、中でも狐乃が反応する。
「いいよ」
今日は酢飯を作るので手間もかかる、彼女が承諾したので彼は何も言わなかった。
蓮美は机から下敷きを取り出し、家庭科室へと二人で向かう。
炊飯ジャーのコシヒカリは予定通り炊けていた。
甘酢を作るとバットに盛ったコシヒカリにかけて混ぜる。
「この下敷きを振っていてくれる?」
「いつまでですか……?」
「ご飯が冷めるまでだよ。本当は団扇でするんだけど、ないから下敷きでね」
「はい……」
命は下敷きで酢飯を冷ましだす。
冷まし役を頼んでからお供物用の米を研ぎ、炊飯ジャーで予約をした。
野菜の下ごしらえと命のうどん、利尻の昆布で出汁を取る。
忙しい、本格的な厨房みたいだ。
お揚げを甘辛く煮込むと醤油の香りが広がる。
煮込む間、献立の蓮根と人参、えんどうの筑前煮、味噌汁、いんげんと豆腐の白和えを作った。
命の月見うどんは伸びてしまうので最後に作る予定だ。
うどんだけでは足りないかと、コシヒカリでおにぎりを二つ握っておいた。
「冷めたと思います」
味見するとちゃんと冷めている。
こちらも冷ましたお揚げを用意し、酢飯を詰めていった。
「一緒にやってみる?」
「でも……」
「狐乃さんの食べる分以外に、命君の晩御飯も作るけど?」
「やります……」
酢飯の詰め方を説明すると、たどたどしくも後に倣った。
「……」
作業が楽しいのか、口元がニンマリしている。
「楽しい?」
「楽しいとはなんですか……?」
彼が真顔に戻って蓮美を見た。
なので言葉を探す。
「心が躍るっていうか、ワクワクしたり面白いって感じる事だよ。今、命君は笑ってたから料理が楽しいか、面白いと感じてたんだと思うよ」
「笑ってた、僕がですか……?」
自覚がなかったらしい。
全員があれほど驚いていたのに。
犬威に至っては自分を見て泣いていたのに、なんで泣いているのかも分かっていなかったようだ。
「どんな風に笑ってましたか?」
「え、こう?」
蓮美が口元をマネをしたらブフゥと吹きだしたので、ぶっ飛ばしたい衝動にかられた。
頭にきたが、それが面白いと感じる事なのだと教えてやる。
稲荷寿司はどんどん積み上げられていった。
「命君は思い出とかある?」
「思い出……?」
「例えば犬威さんと出かけた思い出とか」
何気ない会話のつもりだったが、酢飯を詰めていた命の手が止まった。
「九才の時、犬威さんに連れられて遠くに行った事があります……」
「そこはどこ?」
「よく思い出せないけど、神社だったと思います。本殿に沢山の眷属の人がいて……」
彼女はこの話しは聞いていい類のものか一瞬迷った。
しかし命は続ける。
「犬威さんが僕を紹介したけど、ジロジロ見るだけで誰も近寄ろうとはしなかった。本当に人間の神なのかとか人工世界の存在だとか騒いでて、僕は犬威さんの後ろにずっと隠れてた……」
断片的だが、恐らく彼のお披露目ではと思った。
九才の頃に命は神になったと悟狸から聞いている。
もしかしたら、異世界側での集まりの出来事ではと思った。
「怖かったんだね……」
「怖い、隠れる事を……?」
「ううん、みんなにジロジロ見られて子供だった命君は怖かったんだよ」
「怖い、怖い……?」
命は怖い、怖いを繰り返し呟いた。
自分に言って聞かせるように。
「それ以来どこかへ出かけた事はないです……」
「学校は……?」
「行ってないです。長い間外の世界にいると僕は外部のシステムに影響を与えたり、受けてしまったりするので。読み書きは犬威さんから教えてもらいました、僕はネットワークを司るので情報に困る事はなかったし。今まで近くのコンビニ以外に出かけた事は、あ、でも……」
彼は天井を見つめた。
「バグを捕まえる時、夜の空を飛ぶ時だけ外の世界に出た気がします……」
「……そうなんだ」
「それと、今は蓮美さんと買い物に出かけた時……」
神の側の世界でも、人間側の世界でも彼には居場所がなかった。
悟狸のあの言葉。
「命君はね、犬威君が今世に生まれた神として責任を持ち、使命を全うするよう言って聞かせた背景があるんだ」
僕は神だから。
神様だから。
「だけど彼は立場をよく理解しないまま成長してしまった節があるから、手を焼くだろう」
自分が何者なのかわからないまま、やり場のない気持ちを抑え、アイデンティティを保ってきたのだ。
友達の作り方も知らないまま、彼なりに自らを自制して。
蓮美は瞼が熱くなり、我慢する。
話しているうちに稲荷寿司は出来上がった。
「上手にできたね」
命が握ったのは酢飯が少なかったり、多すぎたりおかしな形をしている。
かつて蓮美が叔母、咲枝と神社のお供えで初めて握ったおにぎりと同じように。
だけど彼女は誉めてくれた。
上手だと言って。
あの時の言葉を、蓮美は命に言っていた。
「僕は自分で作ったのを晩御飯にしたいです……」
「……そうするといいよ」
彼は皿を用意すると、自分の分を大事な物のように取り分ける。
蓮美は笑った。
命も笑った。
口を引いて、ニンマリと満足そうに。

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