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五章 魔王の秘密
29話 重すぎた責任 sideカイル
しおりを挟む馬のお陰で思いの外早く魔王城に到着した。
正面から入って突き当たり、だったよね。
大きな魔王城への入り口は僕達を待っていたかの様に大きく開いている。
中に入っても何の気配もない。
「誰もいないわね。どこかに隠れてるのかしら?」
そんなマーサの心配も杞憂に終わり、誰に会う事もなく謁見の間の前にたどり着く。
ゆっくりと扉を開いて中に入った。
広々とした空間の奥に置かれた玉座に、もたれかかる様に人が倒れている。それは紛れもなく……僕の大切な人で……。
「……っ!?」
「待ってカイル!罠かもしれないわ!」
気がついたら走り出していた。罠?そんな物どうだっていい!
「あ……アーシェ、アーシェ!!そんな、どうして……」
跪いて、恐る恐るアーシェを抱き起こす。何でこんな事に……。触れる度に感じていた温もりが今は感じられない。程よく赤みの帯びた健康的な白い肌は、見る影もなく青ざめている。
衣服の鳩尾辺りが生々しい血で染められていた。
「あぁ……よく来てくれましたね。待ってました。すみません、こんな寝たままで。ここにはオレしかいませんから、安心してください」
声をかけるとパチリと目を開いたが、体はダラリともたれかかったままだ。受け答えははっきりしているが少し苦しそうに見える。
入り口付近で立ち往生していた三人も駆けつけてきた。
「そんな事はいいよ!こんなに、血がっ!そうだ、ポーションをっ……!」
「いい。使わなくていいから。怪我して直ぐに保存魔法で血は止めてるし、大丈夫」
マーサからポーションをもらおうとして止められてしまった。
「誰がこんな事を……まさかあの後?やっぱり一緒に行けばよかった!」
悔しさに唇を噛み締めると、口内に薄く血の味が広がった。
アーシェはニコリと微笑んで、大丈夫だと見せるように一人で歩き出し、玉座前の階段に腰掛ける。
慌てて追いかけ、支えようとしたが拒まれてしまった。
「いや、丁度よかったんだよ。元々こうしてもらうつもりだったんだから。急で予定は狂ったけど、何とか間に合ってくれて良かった」
いつも綺麗に輝いていた瞳から光が消えている。このままではアーシェがどこかに居なくなってしまいそうで、嫌な汗がこめかみを伝った。
「どう言う事です!?あ……貴方は、どうして生きているのですか……!その傷は、保存魔法をかけても生きていられる傷ではないはずです!」
急にエマがヒステリックに叫ぶ。
全身をブルブルと震わせ、顔面が蒼白になっている。
「そうですね。普通ならもう死んでいるでしょう。でもこの体は魔力で作られているので、多少の無理が利くんです。流石に保存魔法を解いたら、消滅しますけどね。本体はここの地下で眠っているので問題ありません。穴の空いた風船に、ずっと空気を送り込んで何とか形を維持しているようなものなので、苦しいものは苦しいですけどね。」
アーシェがジロリと睨むと、エマは小さく「ひっ」と悲鳴をあげた。
「そんなことができるなんて……あり得ないわ……」
マーサがボソリと呟く。
少し悩む仕草をして、アーシェはゆっくりと口を開いた。
「んー……。オレは人より魔力量が多くて、頻繁に魔力暴走を起こしてしまうんです。思念体と魔力を分ける事で今を保っているんですよ」
「そう……成程ね。じゃあ魔王を封印している要はあなたかしら?魔力量が多いからからって、なかなか力技な事をするのね。魔王封印なんてどうやってと思ったけど、その体で縛りつけてるって事かしら?」
え……どう言う事……?
「流石ですね、その通り。なのでこの体が消えれば封印が解けます。自分で死ぬ事もできないし、街の人達もせっかく強いのにオレを殺してくれなくて、困ってたんですよ。だからあなた方を利用させてもらいました。魔王は今、あの扉の先で魔力暴走を起こしたまま眠っています。封印が解ければ暴走した魔力が溢れてくるでしょう。その魔力に立ち向かってもらう為に強くなってもらう必要があったんです。」
アーシェがスッと玉座を指差す。よく見ると、玉座の奥に扉があった。
「アーシェが……要?そんな……じゃあ、君は……」
「うん。これから保存魔法を解いて、魔王を解放する。大丈夫、すぐに会えるよ」
事も無げに答えるアーシェに心がズキリと痛む。
たとえ無事だとわかっていても、大切な人が死ぬ姿は見たくない……。
「こうなる事が、わかってたんだね……」
「そりゃね……。そんな顔するなよ……カイル。自分の気持ちに責任とるんでしょ?お前の気持ちを知りながら利用したオレを、恨んでもいいんだよ?いや、恨んでくれ」
アーシェはゆっくりと立ち上がり、血に染まった腹部に手を当てる。
どう言う事……?僕がアーシェを恨めるはずなんてないのに……。
「では、準備はいいですか?保存魔法を解除します」
腹部が光ったかと思うと、止まっていた血の模様が下へ下へと伸びていく。
「後は、頼んだよ……絶対に、魔王を殺して……」
「アーシェっ!」
慌てて手を伸ばすが、アーシェの体は触れる前に霧の様に空気に溶けていった。
その瞬間、玉座の奥にある扉がガタガタと震え、重厚な扉が左右にバンと開く。途端、部屋中に嵐が吹き荒れ、窓のガラスが吹き飛んだ。
「きゃっ」
「うわっ!こりゃすごい風だね。立ってられないよ!」
「みんなっ、大丈夫!?」
パーティの三人は床に伏せ、何とか暴風に耐えている。
「カイル!?あなたどうして……」
僕は何事もない様に真っ直ぐに立っていた。実際に何もない、と言うよりむしろ心地いい。風が吹き荒れている事はわかるし、髪はわさわさと揺れているが、優しく扉へ導く様に何かが僕を包んでいる。
「わからない。でも、呼ばれてる」
僕は扉に向けて歩き出した。
「待ってください!一人では危険です!お願い!行かないで、勇者様っ!!」
悲鳴の様なエマの声が聞こえたが、振り向く事なく歩き続ける。
扉に近づくと、壁に嵌め込まれた魔石が光り、中を優しく照らしだす。近づく度に少しずつ光るみたいだ。
そこに見えるのは、階段……。
「地下……そうか。だから君はずっと……ははっ、何が大丈夫なんだろうね」
奥で待ち受けているであろう存在を想い、僕は階段を駆け降りた。
「こんな重い責任があったとは思わなかったよ。アーシェ」
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