秘密の多い薬屋店主は勇者と恋仲にはなれません!

白縁あかね

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第一幕 エピローグ

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 う……朝日が眩しい。
 寝る前までをしていた影響で、体も怠くて起き上がれる気がしない。力尽きて気絶する前も既に明るくなりかけていたから、ほんの少ししか眠れてないだろうな。完全に寝不足である。
 仕方ない……今日も休みにして、明日からお店を営業しながら里帰りの準備をしますかね。
 いない間の分の薬も作り置きしておかないと。
 タスクが山積みだが、明日からのオレが頑張るだろう。


 隣で腕枕をしながら眠るオレの最愛。
 ふっ、寝顔まで天使かってくらいイケメンだな。廻瑠が金髪碧眼女神カラーになっただけな見た目だが、目力は更に凶悪になったよな……。コイツにあのキラキラした目で見られると断れる気がしない。
 起こさない様にそっと胸に擦り寄った。


 色々あった様であっという間だったな……。
 前世の事はカイルが言っていた通り、段々と記憶が薄れていっているが、特に問題ない。だってカイルはここにいるからな。
 この世に生まれて十八年。オレはもうこの世界の住人だ。


 死のうとしてた時は、こんな事になるなんて夢にも思わなかったけど……がんばってきて、良かったな……。


 ボーッと程よく筋肉のついた胸元を眺めていてつくづく思う。急成長したよな……カイル。出会ったばかりの頃はこんなに体もがっしりしていなかったはずなのに。
 服を着ているとあまりわからないが、脱ぐともう……腹筋もいつの間にこんなに割れたんだ。
 何と言うか……良い、体だな。うん。
 戦闘力も体に見合うレベルに強くなっている。カイルには積んだ経験がそのまま力になる加護があり、どうやらオレを殺した事でかなりの経験になったらしい。戦った訳じゃないのに……なんて加護だ。まあ……それだけ心身共に負荷がかかったんだろう。よくやってくれたと本当に思う。
 おそらくヴァンさんよりも強いんじゃないだろうか。トーマはもう勝てないだろうな……。ふふ、悔しがりそう。


 二ヶ月前に旅立った勇者パーティの三女傑。最後に会った時、あんなに使命感に溢れていたはずの聖女は、人が変わった様に抜け殻と化していた。
 長年信じてきた物が間違いで、想い続けてきた相手からバッサリと否定されてしまったのだ。そう……なるよな。
 王都に帰ったら教会で療養するらしい。早く元気になって、せっかく結婚できるなら良い相手を見つけてほしいものだ。オレ達にはできない事だしな……。
 他の二人は何故かオレを生暖かい目で見てきて、何だか居心地が悪かった。
 そう言えば弓使いはエルフだったんだよ。会いたかったファンタジー生物に会えて嬉しかったな。
 王都に行ったら獣人にも会えるだろうか。
 ちょっと王都行きが楽しみになってきたな。


 その前に魔族の皆んなに会いに行かないと。
 魔王とは言え、好き勝手する訳にはいかないからな。国王に会う前に話をしておかなければならない。
 会うのも久々だ。たまに思念体で買い出しに来ている人には会っているが……交流があると言うには程遠い頻度だ。
 お世話になった人達には定期的に連絡をしているが、敢えてオレから会いに行く事はしていない。


 オレは後ろで一つにまとめた長い襟足の毛を摘んだ。思い出すのは大人達に止められながらも、オレに向かって手を伸ばし泣き叫ぶ男の子の姿……。
 ヨナ……元気にしてるだろうか。会わない……訳にはいかないだろうな……。


「どうしたの?」


 頭に温かい感触がして顔を上げると、眠そうなカイルが頭を撫でてきた。
 旧友を想って少し気落ちしていたが、カイルに触れられているとほっとする。我ながら現金なやつだな。


「いや、何でもない。お前のせいで今日から営業するはずだった店が開けそうにないぞ。どうしてくれる」


 別に怒ってないけど、わざとほっぺを片方膨らませた顔を見せる。少しは手加減を覚えろ。


「んー、あれはアーシェも悪いよね。もっと早く反省してれば優しくできたかもしれないよ?」


 これは酷い。全く悪びれた様子もなく顔中に軽いキスをかましてくる。こいつのメンタルは超合金か何かでできているに違いない。


「……オレは悪くねぇ」


「へぇ?まだ足りなかった?途中で意識が飛びそうになってたから、つい手加減しちゃったんだよね。次からは最後まで手を抜かない様にするよ」


「は?」


 アレで手加減しただと?最終的に人の事気絶させておいて?


「今はまだ寝ようよ……起きるなら僕も起きるけど」


 今にも寝そうな癖に、何言ってんだか。


「いや、まだ寝る。今日はゆっくりしよう。明日からはバリバリ働いてもらうからな」
 

「ふふ、お任せください魔王様」


 カイルはオレを腕の中に閉じ込めると、顔を頭に埋めてスースーと規則正しい寝息をたて始めた。
 寝るの爆速だな。
 オレも寝るか……。
 立派になった胸筋に頬擦りして目を閉じた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 良く晴れた旅立ち日和。ついにオレとカイルが魔族領に向けて出発する日がやって来た。
 オレがいない間のポーション販売は、ギルドに依頼している。神殿や教会がない分重要な役割だからな。その為の大量ストックも納品済みだ。
 薬草の採集にはカイルも大いに役立ってくれて、お陰で思いの外早く納品が完了してしまった。


「着替えと食料と……薬も持ったし、他にもあれと、これも……よし!」


 馬の両脇に下げた鞄に詰めた荷物を確認する。馬にそんなに荷物乗せたら可哀想だって?
 ふふん、オレも無駄に二ヶ月を過ごした訳ではない。この日の為に魔法の特訓をしたのさ、ベッドの上でな!
 おかげさまで攻撃魔法はあまり上達しなかったが、新たに空間魔法を習得したのだ。
 鞄の容量以上に入っているし、この馬は重さを感じていないはずだ。素晴らしい。
 カイルもしれっと使っているのは見えなかったぞ。見えない見えない。


「……お前も使えるのかよ、空間魔法」


「あぁ、マーサに教えてもらったんだよ。荷物管理をしてもらってたんだけど、流石に僕の荷物まで持たせるのも気が引けたからね」


 くっ……やっぱり気になって訊いてしまった。
 そう言えばお前もそこそこ魔力量があるんだったな……。拘束魔法も使ってたし、保有属性までは知らんけど、剣士の癖に魔法も得意なんて反則だぞ。
 まあ確かに、女に自分のパンツ預けんのヤダよな。
 

「アーシェさんっ、本当に行ってしまうんですか?もしかしたらまだ強い魔物も残っているかもしれないし、もう少しゆっくりして行っても……」


「いやぁ、もうあれから二ヶ月半もたってるし、遅いくらいだよ。魔物も別に問題ない。心配してくれてありがとうな」

 
 見送りに来てくれたトーマが、涙目で近づいてくる。今回は魔族領に行ってすぐに帰ってくるだけだし、あんまり大袈裟にしたくなくて、今日の見送りはトーマとヴァンさんの二人だけだ。
 ほんとかわいいやつよのぉ。ワシワシと頭を撫でて、安心させる様ににっこりと笑って見せた。


「アーシェさぁんっ」


 オレに抱きつこうと伸ばされた腕がスカッと空を切る。
 後ろに引っ張られたかと思うと、カイルの腕の中にすっぽりと収まっていた。


「安心してください。アーシェは僕がしっかり守りますから……こんなふうにね」


 よろっと体勢を崩したトーマがカイルを鬼の形相で睨みつける。おまっ……そんな怖い顔できたのか。


「てめぇ……調子に乗るなよ……。俺もあの時ボコボコにしてやれば良かったな」


「ははっ、今からします?ですけど」


 おいおい、こんな時に喧嘩すんなよ……。
 怒ったトーマを更に笑顔で挑発するカイル。何て良い笑顔しやがる……。あれは腹立つだろうな。
 気持ちはわかるが、あれだけ殴ったら人は死ぬらしいから、やっちゃいけません。


「やめろやめろ。余裕のねー奴は嫌われるぞ」


 カイルの拘束を逃れたところで、今度はヴァンさんにひょいと首根っこを掴んで引き寄せられてしまった。
 何だかんだ一番余裕がないのはパパなのでは?


「もうっ。またすぐ戻ってくるのに、大袈裟なんだよ。いってらっしゃいって言ってくれればそれでいいの」


 ヴァンさんに抱きついて背中をポンポンと叩く。長年オレを支えてくれた温もりに感謝だ。全部終わったら親孝行しなきゃね。
 

「あー……こんな日が来る様な気はしてたんだよなぁ。だからお前は守らねーとって……はぁ。こんなクソ生意気な小僧にやんなきゃなんねーのは癪だが、お前が幸せならそれでいい。愛想が尽きたらいつでも捨てて帰ってきていいんだからな」


 今までにない程強い力で抱きしめられる。もう小さくないから立ったままでも抱きしめやすくなったでしょ。


「はははっ、そうする。ありがとう……じゃあ、いってきます」


 抱擁を解くとオレの手を引いてカイルの元まで導いてくれる。何かこれって……。


「……アーシェを頼む。これからはお前が守ってやってくれ」


「っ!わかりました、任せてください。おいで、アーシェ」


 一瞬、目を見開いて驚いた顔をしたが、ヴァンさんの意図を汲んだのか、カイルがオレに手を差し出す。


 そう言えば、ずっとオレから言った事がなかったな……。今言わなくていつ言うのか。


 ヴァンさんの手から離れ、カイルの手を握る。


「カイル……愛してる」


 握った手がグッと引かれ、腰に逞しい腕が巻き付いてきた。
 最愛の顔が近くなり、綺麗なアクアマリンがオレを見つめている。


「僕も……愛してるよ、アーシェ」


 お互いに目を閉じて、そっと唇を重ねる。
 何だか誓いのキスみたい。すぐに離れてしまって、時間にしたら数秒だっただろうけど、表情や抱き止められた腕の力、温もり、触れる物全てから深い深いカイルの愛情が感じられるキスだった。オレからの気持ちも伝わってるといいな……。
 ふふっ、名残惜しいけどそろそろ出発しなきゃね。ヴァンさんがトーマを抑えてくれてるうちに。
 

 オレが馬に跨ると、カイルも自分の馬に飛び乗る。


「行ってきまーす!」


 悪戯が成功した子どもの様にカイルと二人で笑い合い、二頭揃って魔族領に向けて走り出した。





 第一幕 完





********************



 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
 キリが良くなったので、これにて第一幕完結とさせていただきます。と言うより、これから先は題名詐欺になりそうなので一旦切ります。
 元々この辺りで完結予定だったのですが、追加したい話ができたので……。
 そうなると恋仲になれないって言っといて話の途中で引っ付いてしまう事になり、こりゃいかんですよね。
 なので、次回より第二幕『秘密の無くなった薬屋店主は勇者と恋仲になりました!』にします。
せっかく引っ付いたからには、より一層いちゃこらせっせさせたいなーと思っておりますので、もう少しお付き合いくださると嬉しいです。


 ですが、ここでストックが尽きたので、少し休載期間を設けます。
 ある程度、話がまとまってから公開する予定なので、時間がかかるかもしれませんが、また機会がありましたらよろしくお願いします。


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