異世界ハーレムの作り方は

岡春レイティ

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町外れの小説家・メンタル調整術

CASE3:フローラ/町外れの丘

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 作業は想像以上に時間がかかった。特に服が多く、もう着れないであろうサイズの服も次から次へと出てきた。持ってきた大箱もすぐにいっぱいになり、結局、捨てるものは一旦広間に集めることになった。ここまで量が多いとなると、彼を呼ぶしかないな。

「フローラ、俺は一度外す。1時間ほどで戻るから、その間に寝室に手をつけておいてくれ」

「わかりました」

 フローラは床にぺたんと座って小物の仕分けをしている。スッと伸びた背筋、背中は簡単に壊れそうなくらい細い。ポニーテールがちょちょこと揺れるたびに見る白い首筋が頼りない。和む後ろ姿だ。

「……早く行ったらどうですか」

 また視線に気づかれたようで、横目で睨まれ、低い声で叱られてしまった。ごめんよお姉さん。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 フローラの屋敷に戻った時、もう外は真っ暗になっていた。

「……これは?」

 屋敷から持ってきた箱を見て、フローラが疑問符を浮かべている。装飾が施された箱は両手でなんとか運べるくらいの大きさだ。

「こいつでゴミを処分する。この量だと捨てるだけでも大変だからな」

 そう言って箱を床に置き、手を二回叩く。すると。箱から巨大な蜘蛛のような脚がニョキニョキと生えてきた。フローラが「ひいぃ」と悲鳴を上げている。いつもはクールな女性の取り乱す姿というのはいいものだ。

「オ、オハヨウゴザイマス」

「おはようミック。頼みたいことがあるんだけと、いいかな?」

「ナン、ナリ、ト」

 彼はミック。ブラッドフォード家の秘宝の一つだ。条件付きだが、なんでも、いくらでも箱の中に入れることができる。中に入れたものはゆっくりと消化されていく。要は愛嬌のあるすごいゴミ箱だ。

「よし、じゃあこっちの部屋にあるあの山を全部食べてくれ」

「ハァイ」

 蜘蛛の足がカサカサとせわしなく動いている。最初はキモいけど、慣れると愛おしく見えてくるんだよな。

「ひっ……ひっ……」

 フローラが腰を抜かしている。顔が真っ青だ。先に伝えておくべきだったか。

「大丈夫か?彼はまぁ、すごいゴミ箱みたいなものだから安心してくれ」

「……用が済んだらすぐにどっかにやってくださいね」

 フローラに睨まれる。桜色の目が潤んでいる。美しい。

 とりあえず不要なものはあらかた片付いた。結局1日使い切ってしまったな。さぁ、振り返りをしよう。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「さて、フローラ。今日はお疲れ様。よく頑張ったね」

 フローラはぐったりしている。体力がないらしく、今にも眠ってしまいそうだ。

「……小説と片付けになんの関係があるんですか……」

「答えよう。まずは結論として、君が小説を書けない原因の一つは『疲れている』からだ。だから最初に疲れる原因である『散らかった部屋』を解決したかったんだ」

「……今日は疲れましたけど、べつにいつもは疲れてません。外に出たり、仕事をしたりしているわけではありませんし。それに、疲れる理由が『散らかった部屋』ってどういうことですか?」

 少しだけ自嘲気味にそう答えるフローラ。

「疲れているといったのは身体のことじゃない。君の心、頭の中のことだよ。散らかった部屋を見ると君の頭は『片付けなければ』と思う。だが同時に『今じゃなくてもいい』『後でいい』『別に誰も来ない』とも思う。違うかい?」

 眠そうにしていたフローラが驚いたように目を見開く。

「みんなそうなんだ。そうやって頭の中で何度もぐるぐると考えているうちに疲れ切ってしまうんだ。これのおそろしいところは、はっきりと意識していなくても頭はずっと考え続けてしまうという点だ」

 フローラは黙って訝しげに聞いている。

「人間の頭はたくさんのことを同時に考えることが苦手だ。常に『片付けなきゃ』と考えている君の頭は、小説を考えるという高度な仕事をするだけの余裕がなかったんだよ。だからまず部屋を片付けたんだ」

「そう……だったんですね」

 まだ疑っているようだが、少しは納得してくれたようだ。この子は極めて重大な『勘違い』をしているが、それを正すのは時間がかかりそうだ。

「これから過ごしているうちに実感するだろう。あと、また散らかりそうになったら誰かを頼るという選択肢も忘れないようにね」

「頼る……」

 そう言って不安そうに唇を触るフローラ、桜の花びらのような色をした形のいい唇だ。うん、素晴らしい。おっと、また視線に気づかれてしまったようだ!俺ってやつは全く……自分に嘘をつかないんだからっ。

「今日はこのくらいにしておこう。明日はちょっと外に出るから、動きやすい服装で待っていてくれ」

「えっ……外って……」

 またフローラは不安そうな顔だ。あまり知り合いのいない街だ。無理もない。

「別に街に行くわけじゃないよ。まぁ楽しみにしておいてくれ。じゃあまた明日」

「はい……」

 そう言って屋敷を後にした。さて、明日はやることが多い。さっそく準備に取り掛かろう。


◇◆◇◆◇◆◇


 次の日、良い天気だ。フローラはいつもよりシンプルなスカートルックに動きやすそうなブーツを履いて待っていた。

 動きやすいように長い青みがかった銀の髪を二つ結びにし、さらに三つ編みにしている。髪型のせいか、いつもより幼く見える。いやむしろ、年相応なのだろうか。それにしても、普段運動しない子のこういう格好はグッとくるな!

「おはよう。ではさっそく向かおうか!」

「向かうって、どこへ?」

もう昼前だが、フローラは気怠げな様子だ。まぁ朝型と夜型は遺伝子レベルで分かれているから、どちらがいいというわけではないが。

「近くの丘だ。行こう!」

「朝からテンション高いですね……」

「美人と一緒だからな!」

 そう言って早速出発する。フローラは顔色一つ変えず、はいはい……と流しながらついてきた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 15分ほど歩いただろうか。中間地点の林に着いた。あたりは背の高い木に覆われ、木の表面には鮮やかな緑色の苔に覆われ、その根元にはチョロチョロと小さな川が流れている。林の中は外より何度か気温が低く、汗ばんだ肌に気持ちがいい。

後ろを見ると、フローラはゼエゼエと肩で呼吸をしているようだ。真っ白な顔が紅潮し、汗だくで足取りもよたよたと頼りない。予想よりもはるかに体力がなかったようだ。

「すまん、歩くのが早かったな。一旦休憩にしよう」

「は……はい……」

 そう言い終わらないうちに、地べたにへたり込んだ。俺も手頃な岩を見つけて腰掛ける。

「はいこれ」

 そう言って水筒を差し出す。俺はいつも持ち歩いているが、フローラにも持ってくるように言っておけばよかった。差し出した水筒を一瞥するフローラ。

「け……結構……です……」

「倒れるぞ。飲んでおきなさい」

 ラチがあかないので、半ば押し付けるように渡した。フローラは目の焦点が合っておらず、さっきから細い肩をせわしなく上下させている。運動不足は深刻なようだ。

 無理やり渡された水筒を見つめて悩んでいる様子のフローラだったが、ようやくチビチビと飲み始めてくれた。水筒を両手で握る姿が愛らしい。白い首がコクコクと動いている。

「……見ないでください」

 また引かれてしまったようだ。だが時を戻せるとしても、俺はまた見つめるだろう。何も後悔はない。

「そういえば、昨日はよく眠れたか?」

「まぁ疲れてましたから、目を閉じたらすぐ朝でした」

 ふむ、良い傾向だ。だが夜中に一度くらい目が醒めるのがもっとも正常なパターンだ。起きたことを覚えていない可能性も多分にあるがら全く目が覚めないのはよくないし、この様子を見ると、やはり体力をつける必要があるな。

「……それと、朝起きて、片付いた部屋を見渡したら、何故だかスッキリした気分になりました。なんというか、肩の荷が降りたような」

「それは良かった、頑張った甲斐があったな。実際に君の頭から『片付けなければ』という仕事が消えたのだから、その感覚は正しいよ」

「そう、なのかもしれませんね。ま、あなたのおかげと思うと少し癪ですけどね」

 昨日は半信半疑だったが、実感が伴った分、今日はリアクションが幾分か素直だ。

 さて、フローラの息も整ってきた。そろそろ進むか。進むスピードには気をつけないとな。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 目的地に着いた。ひらけた丘、一面に緑。薄く雲がかった空が広がっている。

「わぁ……良い景色。気持ちのいい場所ですね」

「ここからは街が一望できる。人気もないし、俺の秘密の場所なんだ。よくここにきて考え事をするんだ」

 ふわりと優しく吹く風がフローラの髪を揺らした。彼女はリラックスした様子だ。しかし、景色に夢中で俺の話は聞いていないようだな。愛いやつめ。

 フローラはあっちへこっちへ丘を物珍しそうにウロウロしており、それに合わせて二つ結びにした髪がふわふわと跳ねている。なんだか楽しそうだ。落ち着くまでは放っておこうか。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 しばらく草原に生えている花を摘んだり、歴史を感じさせる大木を見上げていたフローラだったが、ハッと我に返ると乱れた前髪を整えながらこちらに歩いてきた。

「……いい場所ですね」

 こほん、と咳払いをしてそう呟くフローラ。

「そうだろ?    俺のお気に入りなんだ、ここ。まぁ座ってくれ」

 手で促すと、促したところよりもかなり遠くに座られた。警戒心。

「でも、どうしてここに連れてきたんですか?気分転換、ですか? たしかに、悪くない気分ですけど」

「もちろんそれもある。だが、もう少し理論的な部分まで話すため、まずは実感してもらおうと思って連れてきたんだ」

「理論……ですか?」

 両手を膝の上に乗せているフローラ、桜色の瞳が早く先を話せと急かしているようだ。
   
「そう、何故今日君の気分が良くなったのか。それを話していこうと思う。そしてその本質を理解し、意識的に日常に取り入れてもらうことが狙いだ」

「……わかりました。続けてください」

 よし、やはり実感があるうちに話すのが一番だな。早速始めよう、日常レベルに落とし込めれば、かなり前進するはずだ。
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