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付き添いという名の
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……どうしよう、どう頑張って見てもこっちが悪者なんだけど。どう目を凝らしても弱い者いじめにしか見えないんだけど。ゴーレムさんに同情すらしてしまうんだけど。
うごうごと手足をばたつかせている姿が、余計に哀愁を誘う。手と足のバランスが悪くなってしまたために起き上がれないんですね。ご愁傷さまです。
ダラダラと冷や汗が止まらない。
「綾姉っ!」
このカオスの中、唐突に呼ばれた声で我に返る。
見やれば、部活を抜け出してきたらしい袴姿の沙代が見えました。私と、付属する公平とユリウスの姿を確認するなり、その視線はぐいんと勢いよくギルベルトに向きます。
「ギル! やった!?」
その「やった」が「殺った」に聞こえてならないのですが。
すると、つい今まで一体どこのチンピラかと思われた悪人面の青年が、一変してぱぁっと眩いばかりの輝きを放つ笑顔を浮かべました。
「ああ! 動きは止めたぞ」
ご主人様褒めて! と言わんばかりの眩さで。ブンブン揺れる尻尾まで見えてしまいそう。
「なにこの落差ぁっ!」
「ははははははははっ!」
思わず腹の底から声を張ってしまいました。
だってこれは言わずにはいられなかった。そんな私の叫びを皮切りにより一層笑いを増した公平。ユリウスに至っては、ギルベルトと沙代を前にしてすでに無の境地なのか微動だにしません。どうした。でも今は構っていられないやごめん。
さっきまでの恐怖も忘れて、私は思わず沙代に詰め寄る。
「さっきのチンピラは何!?」
「は? ギルでしょ?」
「それはわかってるよぉっ!」
どうしようもない憤りの持って行き場がなくて、地団駄を踏む私とは対照的に沙代はさらりと言う。
「あいつの二つ名知ってる? 『戦場の狂戦士』とかマジウケるよね」
「なんだそれダセえぇーっ! キャラぶれ過ぎだろ!? あいつ設定の宝石箱かよ!」
「公平上手いこと言う」
「上手くないよ!?」
それに全く以ってウケないよ!
公平はもはや息も出来ないほど笑ってんですが! 文字通りヒーヒーのたうち回ってんですが!
「戦場とか、敵を前にするとテンション上がっちゃうんだってさ」
「あれはテンション上がったとかいうレベル!?」
むしろ第二の人格出てきたくらいの落差ですよね? それをあっけらかんと言っちゃう沙代にもお姉ちゃんは驚きだよ。
「今までそんな素振りなかったじゃない! ほら、お父さんと対決したときとか、稽古のときとか……っ」
熱苦し──いや、熱血だなぁ。とは思ったけれど、狂戦士要素はどこにもなかったよ!?
「だからこそ『戦場の』なんじゃん。敵認定した瞬間あれよ。だから最近の若者はキレやすいとか言われんだっつの、やんなっちゃう」
「沙代そこぉ!?」
あの豹変ぶりに対して思うところは何もないの!? 頭がおかしくなりそう。
「もうあの騎士意味がわからないよ……」
思わずこめかみを抑えて呻いたら、沙代の視線が私の左腕で留まった。そして切れ長の目がより一層鋭さを増す。
「綾姉この腕どうしたの!?」
「痛ああぁぁーーっ!」
突然腕を捩じり上げられて、思わず大きな悲鳴が出た。誇張でもなんでもなく、本当に捩じられるもんだから余計に痛い!
そういえば忘れてました左腕の惨状。ユリウスも沙代の声でハッとしたように見上げてくる。
「やめてー! 沙代痛い。痛いからいたたたたっ!」
「そうだ沙代からも言ってくれよ。こいつ、一人であのゴーレムに突っ込んでくから本っ当にさあ……っ!」
「はあっ!?」
私の暴走を思い出したらしい公平までもが詰め寄ってくる。ごめんなさい無謀だったとは思うけど、揃ってそんなに怒らなくてもいいじゃない!
とかガクブルしていたら、妹からチッなんて舌打ちが聞こえました。
──ひいっ、沙代に舌打ちされた!
とかビクビクしていたら、今度は目を据わらせた妹が公平からバットを奪い取りました。
いまだもがくゴーレムさんにゆらりと向かう。
「ギルベルトぉっ!」
「はいっ!」
聞いた者が震え上がるほど低く響く声で叫んだ沙代に、頬を紅潮させたギルベルトがビシッと姿勢を正して応えました。ねぇ、ギルベルトはなぜここで歓喜しているの。
「あの土人形ぜってぇ潰す」
その辺の不良よりも、余程しっくりくるメンチ切った顔と佇まいでバットを肩に担ぐ沙代が言うなり、まるでご主人様から命令を下された猛獣のように、ギルベルトの瞳が再びギラリとした光を灯した。
「任せろ」
──女勇者と美形騎士という、乙女心をくすぐるはずの設定が、さっきから音を立てて崩れっぱなしなんですがこれいかに。悪の女帝と殺人鬼って言われた方が納得してしまいそうです。というか、それピッタリですね。
そして彼らは同時に飛び出した。
けれどその瞬間、予想外のことが起きたのです。
二人が飛びかかったとたんにゴーレムは動きを止め、一瞬にしてザァッと形を崩してしまいました。
まるで、沙代までもが参戦したことで勝負を諦めたかのように、蠢いていた土人形はあっという間に人の形ではなくなった。ついさっきまで動いていたものが、ただの瓦礫と土の山になる。
「……消えたな」
訳もわからず立ち竦む私の背後から聞こえた呟きに振り返れば、ユリウスがどこか宙を見上げたままゆるく首を振っていました。
「ああ、逃げられた」
少年の声に応えるようにギルベルトも小さく頷いた。ついさっきまでの獰猛さはすっかり鳴りを潜めて、アメリカンコメディを思わせる爽やかな仕草で肩を竦めてみせる。今までとの温度差で鳥肌が立ちそうなんですけど。
「チッ!」
かと思えば、再び沙代の大きな大きな舌打ちが鳴りました。ほぼぶん投げるようにしてバットを公平に向かって投げ渡す。ゴンッという鈍い音と「あだっ!」という哀れな声が上がりました。公平、どんまい。
「綾姉ごめん」
一体なにがなんだか。と、もはやただの棒立ちで目の前の出来事を眺めていた私ですが、突然沙代に謝られて、ちょっとびっくり。なにがだろうと首を傾げる。
けれど沙代の視線を追って、血がダラダラと垂れている左腕を直視してしまった。血が滲むどころじゃない、垂れてる垂れてる! 思った以上に私の腕大惨事だった!
「あのゴーレム、かなりガラスも巻き込んでたからな。かすっただけとはいえ、これはひでぇ」
「私がもっと早く来てれば……」
「それならば私だってそうだ。アヤノ、すまない。女性の腕をこんなに傷つけてしまうなんて、私は騎士として情けない……っ」
今にも泣き出しそうなほど切なく表情を歪めて、跪いたギルベルトが私の手を労わるように握ってくれる。キラキラとしたエフェクトすら見えそうなこれが、さっきまでのチンピラと同一人物だとはなんてシュールなんでしょう。コントか。
すると、キラキラギルベルトでまたも大爆笑をした公平から、涙を浮かべながらのデコピンをくらいました。
「いった……っ!」
「お前も家族のこと言えねぇぞ。一人で突っ走りやがって」
「……ぐうの音も出ません」
いやはや面目無い。
一括りにされるのは不服とか言ってた直後のこの有様ですものね。
「とりあえずこれしかねぇけど、腕に巻いとくか?」
そう言って屈んだ公平はあろうことか靴下に手をかける。
「結構です!」
「でもそのままより──」
「結構です!!」
むしろなぜ了承すると思った!?
アホな押し問答を繰り広げていたら、横から何かをグイッと押し付けられた。視線を下ろすと、いつの間にかTシャツを脱いだ黒いタンクトップのユリウスが、私にそのシャツを差し出している。
「これを巻け」
「え、でもこれ……」
すごく気に入っていたシャツじゃない。
申し訳ないな。と思ったら、ユリウスの口元が不機嫌に歪んだのがわかった。受け取るまで引かないつもりなのでしょう。
「……わかった。使わせてもらうね」
ありがたく受け取ったら、黒いもっさり頭は俯いてしまった。なんだか様子がおかしい気がするけれど──沙代が険しい顔のまま腕を組んで口を開く。
「……今のは、ユリウス狙い?」
「おそらくそうだろうな」
それは私も感じていたことだった。
あのゴーレムは、明らかにユリウスだけを壁際に追い詰めようとしていたから。
「つーかさ、あれは一体なんだよ」
ユリウスのTシャツを私の腕にグルグルと巻きながら、公平がもっともな疑問を口にした。
私はギルベルトやユリウスについて多少なりとも聞いているから、きっと異世界に関するなにかなんだろうな。って予想はつくけれど、なにも知らない状態でさっきのアレを見たら『これは夢か?』と頬っぺたを抓りたくもなるでしょうよ。
当然ともいえる公平の疑問に、さすがの沙代もどう言ったもんかと悩んだらしい。眉間のしわがより一層険しさを増した。そうだよね、どこからどう言ったらいいのかも難しいよね。
けれど──
「公平に今、最初から全部話すのは面倒くさい」
潔いほどあっさりと説明することを放棄した。
なんか、これでこそ沙代だわ。
「え、なにそんなに長いの? なら部活のあとでもいいか?」
そして、こちらこそ潔いほどあっさりと引き下がった。
今しがた起きた大騒動よりも部活が優先ですか。うん、こっちもこれでこそ公平だわ。
「むしろその方がいいかも。部活終わったらうち寄ってくんない?」
「うい」
拍子抜けしちゃうくらいサクッと話がまとまった! けど、さすがにちょっと心配になる。
公平って昔から大雑把だとは思っていたけど、本当に今の状況わかっているのでしょうか。今更ながら不安になるよ? 本当に夢だと思ってるんじゃないよね?
「ならば、ここは早々に離れたほうがいいだろう」
周囲を見渡せば、ゴーレムさんの成れの果てともいえる土の山に、枠だけとなってしまった寂しい窓。すっかり荒れてしまった花壇。気付けばどえらい惨状です。
「……誰か来る前に、早く行った方がよさそう」
こんなところにいるのが見付かったら、説明のしようもない。ゴーレムと戦ってましたなんて言えるわけがない。
「じゃあまた後でなー!」
手を振って公平がグラウンドへ駆けていく。沙代もギルベルトが手にしていた木刀を受け取って、また体育館へ向かうようです。
「私は急いで着替えて来るから。ギルは綾姉とユリウスと一緒に校門で待ってて。木刀は返しておく」
「ああ、わかった」
──あれ?
てっきり沙代も、このまま部活に戻るのだと思っていたのに。
「沙代も帰るの? 部活は?」
思わず尋ねると、沙代はわずかに目を見張ってから、怒ったように眉を吊り上げた。
「綾姉さ、そんな状態で本気で言ってる?」
それだけを言うと、ムスッとしたまま踵を返して行ってしまった。あの子が『そんな』と指したのは、ユリウスのTシャツがグルグル巻かれた私の腕。
あれ、もしかして心配してくれたのかな。なんて。
別に嫌われてるとか仲が悪いわけではないけれど、どうしても劣等感のある私は、気遣ってもらえる対象だと思っていなかったから。
嫌味でもなく、そんなもんだと思っていた。
私は沙代にしてみればなんの役にも立たない姉だろうし、現に、今までこんなあからさまに態度で示してくれることはなかったんだもの。驚いてしまうのも無理はないってなもんでしょう。
呆気にとられる私に声をかけたのは、そんな彼女の恋人でした。
「……アヤノ。サヨは恥ずかしがり屋で、照れ屋なんだ」
不意に告げられた言葉に顔を上げれば、そこには綺麗な顔で微笑むギルベルト。
「それ、道場でも聞いたよ」
けれどそのときとは違う響きで、今の言葉は私の心に入り込んだ気がした。それを裏付けるように、彼は小さく頷き、先を続ける。その表情から溢れるのは、紛れもない温かさ。
「そして、こちらが心配してしまうほど優しい女性だ」
──ああ、悔しいな、ギルベルトのくせに。
今このとき、唐突に、彼らは間違いなく心を通わせた間柄なのだと確信してしまいました。
「……うん。知ってる」
幼い頃から沙代を見守ってきた私たち家族と同じように、彼は遠く異世界とやらで沙代と過ごし、見守ってきたのだと改めて強く感じた。同時に、そんな彼との出会いが沙代に多少なりとも変化を与えただろうことも。
それはもちろんきっと、良い意味で。
熱血で暑苦しくてドМで『戦場の狂戦士』で、引いちゃうくらい沙代に忠実なチンピラが義弟でもまあいいかな、なんてちょっと……いや、ほんの少し、思いました。
と、こんな時にスカートのポケットが突然ブルブルと振動した。
慌てて手を突っ込みスマホを取り出すと、そこには着信を告げるディスプレイ。
いくら田舎暮らしといえど、高校生ともなればスマホぐらい持っているんですよ。友達・家族とちょっと連絡を取る以外、滅多に使いはしないんですけども。
そんな私のスマホには『千鳥』の名前。ちなみに千鳥もケータイを持ってはいますが、まだ小学生なのであれです、なんか簡単ケータイ的なシンプルなやつです。
購入時には千鳥と父との間でスマホにするか否か大喧嘩していたようですが、末っ子に甘い父といえどもさすがにそこは折れなかったらしい。
とか、そんなどうでもいいことよりも。あれ、あの子今日は「ゆまちゃんと遊ぶ」って言ってなかったっけ?
首を傾げながら電話をとると、小さなスマホの向こうから泣き出しそうな千鳥の声が響きました。
『あや姉えぇっ! カフェモカがいなくなっちゃったあぁっ!』
──えーと。コーヒーがどうしたって?
うごうごと手足をばたつかせている姿が、余計に哀愁を誘う。手と足のバランスが悪くなってしまたために起き上がれないんですね。ご愁傷さまです。
ダラダラと冷や汗が止まらない。
「綾姉っ!」
このカオスの中、唐突に呼ばれた声で我に返る。
見やれば、部活を抜け出してきたらしい袴姿の沙代が見えました。私と、付属する公平とユリウスの姿を確認するなり、その視線はぐいんと勢いよくギルベルトに向きます。
「ギル! やった!?」
その「やった」が「殺った」に聞こえてならないのですが。
すると、つい今まで一体どこのチンピラかと思われた悪人面の青年が、一変してぱぁっと眩いばかりの輝きを放つ笑顔を浮かべました。
「ああ! 動きは止めたぞ」
ご主人様褒めて! と言わんばかりの眩さで。ブンブン揺れる尻尾まで見えてしまいそう。
「なにこの落差ぁっ!」
「ははははははははっ!」
思わず腹の底から声を張ってしまいました。
だってこれは言わずにはいられなかった。そんな私の叫びを皮切りにより一層笑いを増した公平。ユリウスに至っては、ギルベルトと沙代を前にしてすでに無の境地なのか微動だにしません。どうした。でも今は構っていられないやごめん。
さっきまでの恐怖も忘れて、私は思わず沙代に詰め寄る。
「さっきのチンピラは何!?」
「は? ギルでしょ?」
「それはわかってるよぉっ!」
どうしようもない憤りの持って行き場がなくて、地団駄を踏む私とは対照的に沙代はさらりと言う。
「あいつの二つ名知ってる? 『戦場の狂戦士』とかマジウケるよね」
「なんだそれダセえぇーっ! キャラぶれ過ぎだろ!? あいつ設定の宝石箱かよ!」
「公平上手いこと言う」
「上手くないよ!?」
それに全く以ってウケないよ!
公平はもはや息も出来ないほど笑ってんですが! 文字通りヒーヒーのたうち回ってんですが!
「戦場とか、敵を前にするとテンション上がっちゃうんだってさ」
「あれはテンション上がったとかいうレベル!?」
むしろ第二の人格出てきたくらいの落差ですよね? それをあっけらかんと言っちゃう沙代にもお姉ちゃんは驚きだよ。
「今までそんな素振りなかったじゃない! ほら、お父さんと対決したときとか、稽古のときとか……っ」
熱苦し──いや、熱血だなぁ。とは思ったけれど、狂戦士要素はどこにもなかったよ!?
「だからこそ『戦場の』なんじゃん。敵認定した瞬間あれよ。だから最近の若者はキレやすいとか言われんだっつの、やんなっちゃう」
「沙代そこぉ!?」
あの豹変ぶりに対して思うところは何もないの!? 頭がおかしくなりそう。
「もうあの騎士意味がわからないよ……」
思わずこめかみを抑えて呻いたら、沙代の視線が私の左腕で留まった。そして切れ長の目がより一層鋭さを増す。
「綾姉この腕どうしたの!?」
「痛ああぁぁーーっ!」
突然腕を捩じり上げられて、思わず大きな悲鳴が出た。誇張でもなんでもなく、本当に捩じられるもんだから余計に痛い!
そういえば忘れてました左腕の惨状。ユリウスも沙代の声でハッとしたように見上げてくる。
「やめてー! 沙代痛い。痛いからいたたたたっ!」
「そうだ沙代からも言ってくれよ。こいつ、一人であのゴーレムに突っ込んでくから本っ当にさあ……っ!」
「はあっ!?」
私の暴走を思い出したらしい公平までもが詰め寄ってくる。ごめんなさい無謀だったとは思うけど、揃ってそんなに怒らなくてもいいじゃない!
とかガクブルしていたら、妹からチッなんて舌打ちが聞こえました。
──ひいっ、沙代に舌打ちされた!
とかビクビクしていたら、今度は目を据わらせた妹が公平からバットを奪い取りました。
いまだもがくゴーレムさんにゆらりと向かう。
「ギルベルトぉっ!」
「はいっ!」
聞いた者が震え上がるほど低く響く声で叫んだ沙代に、頬を紅潮させたギルベルトがビシッと姿勢を正して応えました。ねぇ、ギルベルトはなぜここで歓喜しているの。
「あの土人形ぜってぇ潰す」
その辺の不良よりも、余程しっくりくるメンチ切った顔と佇まいでバットを肩に担ぐ沙代が言うなり、まるでご主人様から命令を下された猛獣のように、ギルベルトの瞳が再びギラリとした光を灯した。
「任せろ」
──女勇者と美形騎士という、乙女心をくすぐるはずの設定が、さっきから音を立てて崩れっぱなしなんですがこれいかに。悪の女帝と殺人鬼って言われた方が納得してしまいそうです。というか、それピッタリですね。
そして彼らは同時に飛び出した。
けれどその瞬間、予想外のことが起きたのです。
二人が飛びかかったとたんにゴーレムは動きを止め、一瞬にしてザァッと形を崩してしまいました。
まるで、沙代までもが参戦したことで勝負を諦めたかのように、蠢いていた土人形はあっという間に人の形ではなくなった。ついさっきまで動いていたものが、ただの瓦礫と土の山になる。
「……消えたな」
訳もわからず立ち竦む私の背後から聞こえた呟きに振り返れば、ユリウスがどこか宙を見上げたままゆるく首を振っていました。
「ああ、逃げられた」
少年の声に応えるようにギルベルトも小さく頷いた。ついさっきまでの獰猛さはすっかり鳴りを潜めて、アメリカンコメディを思わせる爽やかな仕草で肩を竦めてみせる。今までとの温度差で鳥肌が立ちそうなんですけど。
「チッ!」
かと思えば、再び沙代の大きな大きな舌打ちが鳴りました。ほぼぶん投げるようにしてバットを公平に向かって投げ渡す。ゴンッという鈍い音と「あだっ!」という哀れな声が上がりました。公平、どんまい。
「綾姉ごめん」
一体なにがなんだか。と、もはやただの棒立ちで目の前の出来事を眺めていた私ですが、突然沙代に謝られて、ちょっとびっくり。なにがだろうと首を傾げる。
けれど沙代の視線を追って、血がダラダラと垂れている左腕を直視してしまった。血が滲むどころじゃない、垂れてる垂れてる! 思った以上に私の腕大惨事だった!
「あのゴーレム、かなりガラスも巻き込んでたからな。かすっただけとはいえ、これはひでぇ」
「私がもっと早く来てれば……」
「それならば私だってそうだ。アヤノ、すまない。女性の腕をこんなに傷つけてしまうなんて、私は騎士として情けない……っ」
今にも泣き出しそうなほど切なく表情を歪めて、跪いたギルベルトが私の手を労わるように握ってくれる。キラキラとしたエフェクトすら見えそうなこれが、さっきまでのチンピラと同一人物だとはなんてシュールなんでしょう。コントか。
すると、キラキラギルベルトでまたも大爆笑をした公平から、涙を浮かべながらのデコピンをくらいました。
「いった……っ!」
「お前も家族のこと言えねぇぞ。一人で突っ走りやがって」
「……ぐうの音も出ません」
いやはや面目無い。
一括りにされるのは不服とか言ってた直後のこの有様ですものね。
「とりあえずこれしかねぇけど、腕に巻いとくか?」
そう言って屈んだ公平はあろうことか靴下に手をかける。
「結構です!」
「でもそのままより──」
「結構です!!」
むしろなぜ了承すると思った!?
アホな押し問答を繰り広げていたら、横から何かをグイッと押し付けられた。視線を下ろすと、いつの間にかTシャツを脱いだ黒いタンクトップのユリウスが、私にそのシャツを差し出している。
「これを巻け」
「え、でもこれ……」
すごく気に入っていたシャツじゃない。
申し訳ないな。と思ったら、ユリウスの口元が不機嫌に歪んだのがわかった。受け取るまで引かないつもりなのでしょう。
「……わかった。使わせてもらうね」
ありがたく受け取ったら、黒いもっさり頭は俯いてしまった。なんだか様子がおかしい気がするけれど──沙代が険しい顔のまま腕を組んで口を開く。
「……今のは、ユリウス狙い?」
「おそらくそうだろうな」
それは私も感じていたことだった。
あのゴーレムは、明らかにユリウスだけを壁際に追い詰めようとしていたから。
「つーかさ、あれは一体なんだよ」
ユリウスのTシャツを私の腕にグルグルと巻きながら、公平がもっともな疑問を口にした。
私はギルベルトやユリウスについて多少なりとも聞いているから、きっと異世界に関するなにかなんだろうな。って予想はつくけれど、なにも知らない状態でさっきのアレを見たら『これは夢か?』と頬っぺたを抓りたくもなるでしょうよ。
当然ともいえる公平の疑問に、さすがの沙代もどう言ったもんかと悩んだらしい。眉間のしわがより一層険しさを増した。そうだよね、どこからどう言ったらいいのかも難しいよね。
けれど──
「公平に今、最初から全部話すのは面倒くさい」
潔いほどあっさりと説明することを放棄した。
なんか、これでこそ沙代だわ。
「え、なにそんなに長いの? なら部活のあとでもいいか?」
そして、こちらこそ潔いほどあっさりと引き下がった。
今しがた起きた大騒動よりも部活が優先ですか。うん、こっちもこれでこそ公平だわ。
「むしろその方がいいかも。部活終わったらうち寄ってくんない?」
「うい」
拍子抜けしちゃうくらいサクッと話がまとまった! けど、さすがにちょっと心配になる。
公平って昔から大雑把だとは思っていたけど、本当に今の状況わかっているのでしょうか。今更ながら不安になるよ? 本当に夢だと思ってるんじゃないよね?
「ならば、ここは早々に離れたほうがいいだろう」
周囲を見渡せば、ゴーレムさんの成れの果てともいえる土の山に、枠だけとなってしまった寂しい窓。すっかり荒れてしまった花壇。気付けばどえらい惨状です。
「……誰か来る前に、早く行った方がよさそう」
こんなところにいるのが見付かったら、説明のしようもない。ゴーレムと戦ってましたなんて言えるわけがない。
「じゃあまた後でなー!」
手を振って公平がグラウンドへ駆けていく。沙代もギルベルトが手にしていた木刀を受け取って、また体育館へ向かうようです。
「私は急いで着替えて来るから。ギルは綾姉とユリウスと一緒に校門で待ってて。木刀は返しておく」
「ああ、わかった」
──あれ?
てっきり沙代も、このまま部活に戻るのだと思っていたのに。
「沙代も帰るの? 部活は?」
思わず尋ねると、沙代はわずかに目を見張ってから、怒ったように眉を吊り上げた。
「綾姉さ、そんな状態で本気で言ってる?」
それだけを言うと、ムスッとしたまま踵を返して行ってしまった。あの子が『そんな』と指したのは、ユリウスのTシャツがグルグル巻かれた私の腕。
あれ、もしかして心配してくれたのかな。なんて。
別に嫌われてるとか仲が悪いわけではないけれど、どうしても劣等感のある私は、気遣ってもらえる対象だと思っていなかったから。
嫌味でもなく、そんなもんだと思っていた。
私は沙代にしてみればなんの役にも立たない姉だろうし、現に、今までこんなあからさまに態度で示してくれることはなかったんだもの。驚いてしまうのも無理はないってなもんでしょう。
呆気にとられる私に声をかけたのは、そんな彼女の恋人でした。
「……アヤノ。サヨは恥ずかしがり屋で、照れ屋なんだ」
不意に告げられた言葉に顔を上げれば、そこには綺麗な顔で微笑むギルベルト。
「それ、道場でも聞いたよ」
けれどそのときとは違う響きで、今の言葉は私の心に入り込んだ気がした。それを裏付けるように、彼は小さく頷き、先を続ける。その表情から溢れるのは、紛れもない温かさ。
「そして、こちらが心配してしまうほど優しい女性だ」
──ああ、悔しいな、ギルベルトのくせに。
今このとき、唐突に、彼らは間違いなく心を通わせた間柄なのだと確信してしまいました。
「……うん。知ってる」
幼い頃から沙代を見守ってきた私たち家族と同じように、彼は遠く異世界とやらで沙代と過ごし、見守ってきたのだと改めて強く感じた。同時に、そんな彼との出会いが沙代に多少なりとも変化を与えただろうことも。
それはもちろんきっと、良い意味で。
熱血で暑苦しくてドМで『戦場の狂戦士』で、引いちゃうくらい沙代に忠実なチンピラが義弟でもまあいいかな、なんてちょっと……いや、ほんの少し、思いました。
と、こんな時にスカートのポケットが突然ブルブルと振動した。
慌てて手を突っ込みスマホを取り出すと、そこには着信を告げるディスプレイ。
いくら田舎暮らしといえど、高校生ともなればスマホぐらい持っているんですよ。友達・家族とちょっと連絡を取る以外、滅多に使いはしないんですけども。
そんな私のスマホには『千鳥』の名前。ちなみに千鳥もケータイを持ってはいますが、まだ小学生なのであれです、なんか簡単ケータイ的なシンプルなやつです。
購入時には千鳥と父との間でスマホにするか否か大喧嘩していたようですが、末っ子に甘い父といえどもさすがにそこは折れなかったらしい。
とか、そんなどうでもいいことよりも。あれ、あの子今日は「ゆまちゃんと遊ぶ」って言ってなかったっけ?
首を傾げながら電話をとると、小さなスマホの向こうから泣き出しそうな千鳥の声が響きました。
『あや姉えぇっ! カフェモカがいなくなっちゃったあぁっ!』
──えーと。コーヒーがどうしたって?
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