妹が魔王と騎士を引き連れて帰ってきた

天野 チサ

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知りたくないその嗜好

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 私はずずっとお茶をすすり、心を落ち着けようと一息ついてから、手にした湯呑の中をじっと見据えた。
 あ、茶柱立った。
 どうしましょう。この展開は激しいデジャヴ感に襲われてしまうのですが。つい最近も同じシチュエーションを体験した気がするのですが。

 顔、上げるのこわいわぁー。
 茶柱貴様、今度こそ、今度こそ頼みますよ本当にもう。

 よし。と心の中で気合を入れて、私は茶柱から視線を上げて、周囲を見渡しました。そして再度襲われる激しいデジャヴ感。
 我が家の客間には、前回から兄とスイカップ美女プラス公平が増えまして現在十一人もの人がひしめき合っています。
 ちなみにキジは暴れに暴れた挙句、玄関から飛び出したかと思うと勝手に山の方へと爆走していきました。散らばった羽根を片づけたのは、はい、私です。

 道場で稽古の休憩中だった父と千鳥を引っ張ってきて、裏の小屋で漬物を漬けてた祖母と夕食の準備中だった母にも声をかけて全員が客間に大集合しました。道場の生徒さんたちには、申し訳ないけれどちょっとだけ自主練習していただきます。申し訳ない。でもこちらも大変なことになっていまして。

 そんなわけで、この大人数。母が並べた座卓の湯呑は、もはやどれが誰のものなのかもわからない。

 ──さて。
 ぐるりと一周した視線を父の向かい側に戻せば、前回沙代を真ん中にしてギルユリ異世界組が座っていた場所には、兄とスイカップさんです。
 現在彼女にはセクシーな衣装の上から、私のTシャツを羽織ってもらいました。
 もうね、どうあってもあの肌蹴た胸元からのぞく深ーい谷間と膨らみに視線が向いてしまうので、ってことだったのですが……ゆるTシャツのはずが胸元だけピッチピチという、主張激しい豊満な巨乳様を目の前にして思わず自分の胸元に視線を落としてから、激しい後悔とともに落ち込んだ。見なければ良かった。

 そして父母、祖母はこの前と同じ場所に。前回私と千鳥がいた場所には、沙代とギルベルト。で、現在すっかり『その他』という扱いになってしまっている私以下千鳥・公平は沙代たちの後ろに。さらにその後ろでは壁に背を預けて座るユリウスという構図です。少年は先ほどからずっと無言で、何か考えあぐねているように俯いている。
 そんな中、

「……よくわかんないんだけど。なにがあったんだ?」

 この渦中の中心人物であるはずの兄から、頼りないにもほどがある台詞が吐き出されました。


 浦都 隆之うらと たかゆき。それが私の兄です。

 幼い頃から我が家の道場で剣道に励んだ兄は、休日になると父とともに街の大会へ遠征し、そのたびにトロフィーを引っ提げて凱旋してきました。後々聞いたところによると、どうやら当時はジュニア部門の優勝総なめ状態だったらしいです。
 その後、いつの間にか筋トレから進化して己の身体強化に目覚めたらしく、高校進学後は柔道部に入り主将としてインターハイ優勝を成し遂げ、現在大学へ進んでからも勉学と並行してなんか諸々手を出している模様。
 ──と、ここまでの経歴だけを聞くと大抵「どんだけ厳ついお兄さんなの!?」と驚かれたりもしますが、実際はまあ……。

 ジトリとスライドさせた視線の先には、メガネの奥にどこかぼんやりとした瞳を鈍く光らせる細身の大学生。
 明らかにおしゃれ用だろう黒縁メガネを見るたび、ああお兄ちゃんが都会に染まってしまったというわずかな寂しさを覚えます。

 まあ、ともかく。期待を裏切るようであれですが、兄はご覧の通りゴリラのごとき岩男ではございません。それどころか、インドア的外見にやる気も鋭さも全く窺えない眼光が相まって、一見ひょろりと弱々しくも見えます。

 これが驚きの戦闘力を兼ね備えた筋肉マンだとは誰も思いはしないでしょうよ。
 だからこその『レジェンド』なんですけれども。

「隆之、そちらの女性は──」
「初めましてお父様! わたくしマルゴ・シーラーと申します!」

 きっと同じくこのデジャヴ感に襲われていただろう父が、若干戸惑いつつも声をかければ──これまた聞いたことあるフレーズでスイカップさんもといマルゴさんが名乗る。
 しかしながら、父は前回のギルベルトのような長ったらしい横文字ネームでなかったことに心なしか安心したようです。
 正直、私だってもう覚えてないですよ。ギルベルト……なんだったっけ?

「そうか、まる子さんか!」

 とはいえ、思いっきり聞き間違っていますけど。

「あらまあ『しむら まる子』さん? ギルちゃんやユリちゃんと同じ外人さんかと思ったけれど、日本の方なのねえ」

 母はさらに苗字まで聞き間違っていますけど。

「おい、まさか隆之まで結婚するとか言い出すんか!?」

 先日の沙代結婚宣言の再現かと思われるこの流れに、父が家族全員の気持ちを代弁してくれました。が、周囲のゴクリと唾を飲み込むような真摯な視線に反して、兄はぽかん顔を晒しよる。その横でマルゴさんは「きゃ!」だなんてあのキュルン声で顔を赤らめてるけども。なんなのこの温度差。
 と思っていたら、兄から驚きの事実が。

「ていうか俺、この人とはさっき初めて会ったんだけど。あんたマルゴさんって言うのか」
「そうですの! マルゴとお呼びくださいませ! タカユキ様だなんて、お名前まで素敵なのですね」

 えへへ。とマルゴさん。
 ──なんだと!? まさかの初対面だというの!?

「お兄ちゃん、なにがあったの……?」

 ついさっき出会ってから家に着くまでのわずかな間に、一体何が起きてこうやって二人並んで我が家にいるというの。

「いや、別に大したことない。この人、外でキジに襲われてたんだ」

 何言ってんのそれ大したことあるよ!?

「キジってさっきのキジ!?」
「そう」
「玄関で大暴れして羽根散らかして逃げてったあのキジ!?」
「あのキジ」
「とても怖かったですわ。けどタカユキ様のおかげで、わたくしは今こうしてここにいられますのよ」

 ってかキジに襲われるとか、なぜ!?
 頬を赤らめるマルゴさんと、息子の人助けエピソードにうんうん頷く両親を前にして、私の感覚がおかしいのかとちょっと不安になります。我が家はどうして誰もツッこまない!

 加えて、私の前に座っている沙代とギルベルトは「またかー」と呟きながら揃ってため息を吐いた。まるでコントのように天を仰ぎペチンとおでこを叩いて。
 またって、何が。なんなの? 今って一体どういう状況なの?

 混乱する私をよそに、横の公平は完全にスイカップさんの胸元に釘付けですしね。おい男子高校生、気持ちはわかるがもっと自重して。千鳥まで揃って凝視してる! 失礼でしょおやめなさい! 私だって自制してるんだから!

「ところで、俺『まで』結婚って……どういうこと?」

 ズン。と、低い声が客間の畳を這いました。
 メガネの奥でカッと括目した兄の瞳が、私たち姉妹に向けられる。
 スルーしたのかと思いきや、バッチリ聞いていたようですね。そして──その視線は沙代の横で正座するギルベルトを捉えたようです。

 対する金髪青年は、その視線の意図を察したらしい。

「お、おお、お初──あだぁっ!」
「ギル何してんの!?」
「ぶっふぅっ!」

 慌てて勢いよく頭を下げたギルベルトは、見事に顔面から座卓に突っ込んだ。
 そんでもって公平が思いっきり噴き出した。

 これまた痛そうなゴンッという音と同時に、突っ伏したまま震える金髪の後頭部が目に入ります。「このアホ!」と憤慨しながら横の沙代がティッシュ箱を引き寄せたので、また鼻血を垂らしたようですよ。
 なにもこんなところまで綺麗にデジャヴらなくとも。
 視界の端にはこの間ずっと小刻みに肩を振動させる公平が映る。もはやギルベルトが公平のツボ押しマシーンと化している。

 座卓から顔を上げた青年は、仕切り直しとしたようです。

「お初にお目にかかります兄上殿! 私はギルベルト・レンツ・ローゼンハインと申します!」

 マルゴさんに引き続き、今度はギルベルトが姿勢を正して、声を張り上げました。頭は会釈程度にとどめて。鼻にはティッシュを詰め込んで。

「名前長っ!」
「その気持ちはわかる」

 初めて騎士様のフルネームを知った公平のツッコミには、同調せずにいられませんでした。だよね? そう思うよね? そういえばこの人こんな名前だったわ。

「……で?」

 けれど兄の瞳は変わらずギルベルトを捉えたまま、低い声のまま顎で先を促す。それを正面から受けて、猫のようにピャッと目の前の金髪が逆立ったのがわかります。
 うん、これはちょっと同情しちゃう。だってお兄ちゃん「で?」って怖い。「で?」は怖い。
 ギルベルトは大きく息を吸い込んだ。

「サヨと結婚したいと思っています!」

 狙いを定めたかのように凝視する兄の視線にもへこたれず……っていうか、元よりこの程度じゃ折れないでしょうね。案の定ずずいっと身を乗り出した。

「そうなのか?」

 兄が迫りくる美青年をあっさりスルーして彼の隣に座する妹に問えば、こんなにも熱烈な好意を向けられる沙代からは変わらぬ答えが返される。

「こいつ以上に強い男を私は知らない」

 前回は少し呆れてしまったこの言葉。けれど、今は私も納得できる。
 だって『戦場の狂戦士バーサーカー』怖かったものぉぉーっ!
 あれをまざまざと見せつけられたら、私にはもう言うことはありません。

「親父は?」
「儂はこてんぱんにやられてもうたわ!」
「え、マジで?」

 父に向かって兄が問うような視線を向ければ、がっはっはという豪快な笑いとともに敗北宣言。まあね、認めるどころか今や二人仲良くユリウスをしごき倒してますもんね。
 そんな父親の態度に驚いている兄に向かって、じっと事のなりゆきを静観していた祖母が口を開きました。いつも厳格な表情を崩さない祖母が、珍しくも楽しそうに目を細めて。

「あんたも見りゃわかるよ」

 同意するように、母と千鳥が「すごかったわね」「ねー」なんてキャッキャと頷き合う。もはや浦都家の女性陣は完全にギルファンですね。

「まあ、ばあちゃんが言うなら」

 言うなり兄は腰を上げて、ギルベルトを見下ろした。その間、相対する青年こそ顔を逸らさず兄の動きを目で追って。

「ちょっと付き合って」

 親指を立てて、兄がくいっと居間の縁側から続く我が家の庭を指す。

「もちろんです」

 深く頷いたギルベルトを見て、兄の口角が愉快そうに上がりました。
 ──あ、お兄ちゃん本気だ。
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