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知りたくないその嗜好
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ギルベルトの嗚咽と鼻血が落ち着いたところで、再び客間の座卓へ戻ります。
全員が改めて腰を下ろすと、先ほどの騒動の間に入れ直したお茶を啜りながら母が首を傾げました。
「それで、まる子さんはギルちゃんとユリちゃんの知り合い……なのかしら?」
藍色から紫色へグラデーションする髪色と顔立ちは、どう見てもギルユリ異世界組と似通っているけれど名前は日本の方だし……という母の疑問がこれでもかと滲み出ています。
とはいえ、名前に関しては完全に母の聞き間違いなんですけどね。一文字間違っただけで見事に純日本人的お名前に変わってしまいました。
「ギルの知り合いっていうか、私もよく知ってる」
少し、というよりかなり渋い顔で沙代が口を開く。その口調は渋々とも嫌々ともとれます。同じような表情で「くっ」と呻いてギルベルトも頷いた。
「彼女は恥ずかしながら私の同郷です」
「まあ失礼な。あんなに助けてあげましたのに」
そんな二人に向かって、プン! と口を尖らせてマルゴさんが腕を組むと、立派な胸がドン! とその腕に乗った。私の隣で「おぉっ」と呟く公平を肘で突いて黙らせます。
とういうかギルベルトさんよ。恥ずかしながらって、それお前が言うか状態ですからね。もういちいちツッコミを入れるのも手間なので省略するけれど。
しかし彼の同郷ということは、やはりこの人も沙代と一緒に打倒魔王を目指して勇者パーティーに加わっていたということでしょうか。
チラリと後ろに視線を向ければ、そこには居間に移動してから頑として壁際から動かない魔王様ことユリウス。少年はマルゴさんに顔を向けることなくそっぽを向いている。うん、間違いなく勇者パーティーだったんですね。
にしても、勇者と騎士と……キジに襲われたってくらいだから、マルゴさんは体力勝負というよりはセクシーな魔法使いってとこでしょうか。まさに王道じゃない? 性格は揃って勇者ご一行というには強烈そうだけれど。
でもそのご一行様が、なぜこうも勢揃いして日本の片田舎である我が家の居間で茶をすすっているのか。いまさらだけどこの状況異常じゃない?
家族みんながワイワイとしている中、なにやら一考したらしい沙代が「うん」と頷き口を開いた。
「まあ、一応私も世話になった人なんだよね。せっかくここまで来たんだし、マルゴもしばらくウチに泊まってもらっていい?」
「一応!? ひどいわサヨ! わたくしは今も頑張ってますのに! そのためにこうやってここまで来たのですからね!」
「あーはいはい。それはあとで聞くから」
プンプンってな具合に可愛い湯気が頭から出てそうな声でマルゴさんが反論するものの、沙代ってば慣れた様子でスルーする。
……ええと、いいのかな? マルゴさんの扱いもなんかこんな感じでいいのかな沙代。向こうでどんだけ堂々たる振る舞いだったのか、お姉ちゃんはいい加減怖くなってきましたよ。
そして、そんな沙代の言葉を受けて父をはじめとする祖母・両親からはなんとも軽ーい返事が返されました。
「部屋は無駄に余ってるんだ。空き部屋にしとくよりいいさね」
「沙代が世話になったというなら、構わん。隆之が助けた人でもあるらしいからな」
「あらあら、今年の夏休みは賑やかだこと」
なんでやねん! って、ここでツッこんでも無駄なんでしょうね。ギルユリのときも割とあっさりだったけれど、今回はより一層ノリが軽いです。
たぶん兄が連れ帰ってきた人っていうのも、ひとつの大きな要因ではあるんでしょうけれど。
あの兄が安全と判断した人ならまあ大丈夫でしょう的な。なんかあっても兄が(物理的に)何とかしてくれるでしょうみたいな。
それだけ我が家の兄に対する(物理的な)信頼は厚いのです。しかも今は父に加えてギルベルトもいるしね。……うちの現状ってセコム完璧じゃない?
「ってえと、まる子さんは沙代たちに会いに来たついでに、しばらく我が家に滞在していくということでいいんか?」
「そう、そんな感じ」
「そうかそうか。いやー、立て続けに結婚話かと思って焦ったわ」
まとめに入った父が胸を撫で下ろしています。
うん。私も正直、マルゴさんが義姉になるのかと思いましたよね。このパターンはまた来るか!? と構えてました。沙代に続いて兄まで異世界人と結婚とか言い出したら私も焦る。うちの親戚関係複雑化にもほどがある。
当の本人は「だからなんで俺が結婚?」とか言ってますけど。その横でマルゴさんが不満そうに口を尖らせているのは、ちょっと今は触れないことにしましょう。
そしてなんだか家族会議も解散の雰囲気が漂い始めました。
父は千鳥と一緒にまた道場へ戻るらしい。祖母と母は一人増えた夕食のために張り切って各々漬物小屋と台所へ戻っていきました。
居間に残ったのは私&兄プラス公平と、沙代たち勇者様ご一行、そして魔王様であるユリウスの七人です。
ようやく客間の人口密度に余裕ができたので、沙代とギルベルトは先ほどまで父と母が座っていた場所に移動して、みんなで座卓を囲む。いうまでもなくユリウスは我関せず風な空気を貫いていますが。
「──で、マルゴはどうしてキジに襲われるとか間抜けなことになったの」
はあー。と深いため息を吐いてから、沙代が口火を切りました。
あ、それは私も気になる。
すると、今まさに思い出したとでも言わんばかりにダーン! とマルゴさんが力強く座卓を叩いた。
「それですのよ!」
まるで競技かるたのごとく座卓を叩いた手をピシッと伸ばして、彼女はキリリと表情を引き締めました。これはいいキメ顔ですね。
横では伸びた腕を避けた兄が、中途半端に縮こまっていますが。
「わたくしたち以外にもこちらへ転移してきた者がおりますの。急いでこれを知らせねばと私は魔力を振り絞り満身創痍でこの世界へとまいりましたのよ! ですがその代償に……代償に、うぅっ」
「マ、マルゴさん?」
「あんな鳥類にぃーっ!」
「ああ、キジですか?」
せっかくのキメ顔がみるみる悔しそうに歪んでしまいました。
なるほど、力を出し尽くして行き倒れてしまったところにキジ襲来ってことだったんですね。
「このわたくしを足蹴にしてくれましたのよ!? あんな軟弱な鳥類、本気を出せば消し炭も残らぬほどの焼き鳥にしてやれますのに!」
「でも、倒れてたからってキジに襲われる?」
「俺はそんな経験ねーな」
可愛い萌え声でわんわん嘆くマルゴさんに気圧され、隣の公平に問えば当然の答えが返されました。私だって生まれてこのかたありませんよ。
「マルゴは鳥類と相性悪いからね」
「ああ。それはもう壊滅的に」
「え、ちょっと意味がわからない」
勇者と騎士から聞いたことのない文章が聞こえましたよ!? 鳥類との相性ってなに。
「彼女は昔からなぜか鳥に嫌われてしまう性質なんだ」
「鳥の魔物に一人だけ集中攻撃受けてたのは面白かったよね。マルゴは特技に『鳥に襲われることです』って書けるよ」
「あなたたちはまた人ごとだと思って!」
妹カップルの会話でマルゴさんが余計にヒートアップです。どうしましょう、なんだか話が脱線してきたなあ。
「ええと、とりあえず……まずその転移っていうのは、沙代がそちらの世界に行ったように、違う世界へ行くっていうことですよね? それが魔術っていうやつなの……かな?」
よくわからないファンタジー要素はとりあえず魔術ってやつなんだろう。
私の予想はビンゴだったようで。マルゴさんが「そうですのよ!」と得意気に頷きました。
「サヨを召喚したときは、わたくしを含めた著名な魔術師数人がかりで呼び寄せたのですけれど、今回は急を要すると思いましてわたくし一人の力で。わたくし、一人のみの魔力で、こちらまで転移して、まいりましたのよ!」
「何度も言うけど、それは召喚っていうかただの拉致だから。立派な女子高生拉致事件だから」
無駄に言葉を区切って力説しながら、マルゴさんはズイッと座卓に上半身を乗り上げる。沙代の横やりはもはや慣れたものなのでしょうね。完全に流してます。その勢いはまさに「どうだ」と言わんばかりなのですが、えーと。
「……それって凄いことなの?」
「基準がわかんねーや。野球で例えてくんねぇ?」
「なんですってえええぇぇっ!?」
「ひいっ、なんかすみません!」
キイーッと目を吊り上げたマルゴさんに睨まれた! でも本当にごめんなさいこっちには魔術なんてものがないので致し方ないと思うのですはい!
「野球で例えるなら、一人で守備を全部こなすくらいのことかな」
沙代から助け船に目を剥いたのは公平です。
「……マジかよ! 無理だろそんなもん!」
「それくらいの荒業をこなして、マルゴはここに来たってこと」
「これでも彼女は恥ずかしながら我が国一の魔術師だ」
「マルゴさんすげええぇぇ!」
「ですからそう言ってますわ! もっと褒めてよろしいのよおおぉっ!? そして先ほどからギルベルトはなんなの!? このわたくしに喧嘩をふっかけているのかしら!?」
彼女の凄さを野球で理解した公平が瞳を輝かせれば、当のマルゴさんは得意げに更にズズイッと身を乗り出します。そしてさり気なくギルベルトが連呼していた言葉は見逃していなかったようですね。気付いていたんですね。ですが、対する金髪の彼は呆れたように目を細める。
「何を言う。それで魔力を全て使い切り、力尽きた挙句兄上殿に助けられたのでは、ただただ情けないだけだ」
「ふざけないでいただきたいわ。一人で異世界転移を成し遂げたわたくしの功績をもっと称えなさ──」
「俺もさ、キジに襲われてる人とか初めて見たな。さすがに驚いた」
「ええ! 颯爽と現れたタカユキ様はそれはもう素敵でしたわ! こんなクソみたいな騎士とは雲泥の差ですもの!」
「なに!? クソ──っ!?」
殺意すらこもったような視線でギルベルトを射抜いたかと思うと、マルゴさんは一転して兄をベタ褒めです。やっぱりこれはどう見ても、瞳の中にハートが浮かんでいますよね。そしてその矢印が向かう先は間違いなく兄という。
「……どうしよう。マルゴさんのテンションについていけない」
「いい加減にしてほしいよね。この年中発情期が」
「年──!?」
ペッと吐き捨てるように呟かれた沙代の愚痴には、聞き返さずにいられません。
「今ちょっととんでもない単語が聞こえた気がしたんだけど」
「マルゴが年中発情期?」
「ごめんね言い直さなくていいです!」
幻聴かと思ったら現実だった! なぜ聞き返してしまったの私。おかげでほら、
「いつもこうなんだから。すぐ惚れたなんだと男追っかけ回すくせにその相手が総じてダメンズ。本っ当クズばっか」
沙代の不満に火が付いてしまいました。
しかし待ってほしい。その流れでいくと兄が、私の兄が。
「てことは、お、お兄ちゃんダメンズ?」
「そう思いたくないから余計に腹が立つんだって! よりによって兄ちゃんとか! やめてよマルゴなんなのあんた!」
ダメンズほいほいのマルゴさんが惚れたのが兄であるという事実に、戸惑いを隠せない私と憤る沙代。
だって、兄がダメンズとか勘弁してほしいですよ。そもそもそんなことはありません! うちの兄は高校から始めた柔道でインハイ優勝まで成し遂げた立派な武人であり、いつだって自身の肉体を強化することで頭がいっぱいなこれはもはや筋肉のことしか考えてないんじゃないかという筋肉バ──あれ? いややや、今まで女子の名前を口にするときよりも圧倒的に熱を込めて筋肉に呼びかけていた三度の飯は肉体のための単なる栄養摂取です的な硬派な筋肉バ──おおっとう!?
「例えサヨであろうともわたくしの想いを阻むことは許さないわ! ね、タカユキ様!」
「……え、はあ」
慄く私を他所に一層燃え上がるマルゴさん。と、そんな彼女の横で滑稽なほどの温度差を見せる兄。……お兄ちゃん、この状況よくわかってないっていうか、興味なさ過ぎて適当に相槌打ってる?
全員が改めて腰を下ろすと、先ほどの騒動の間に入れ直したお茶を啜りながら母が首を傾げました。
「それで、まる子さんはギルちゃんとユリちゃんの知り合い……なのかしら?」
藍色から紫色へグラデーションする髪色と顔立ちは、どう見てもギルユリ異世界組と似通っているけれど名前は日本の方だし……という母の疑問がこれでもかと滲み出ています。
とはいえ、名前に関しては完全に母の聞き間違いなんですけどね。一文字間違っただけで見事に純日本人的お名前に変わってしまいました。
「ギルの知り合いっていうか、私もよく知ってる」
少し、というよりかなり渋い顔で沙代が口を開く。その口調は渋々とも嫌々ともとれます。同じような表情で「くっ」と呻いてギルベルトも頷いた。
「彼女は恥ずかしながら私の同郷です」
「まあ失礼な。あんなに助けてあげましたのに」
そんな二人に向かって、プン! と口を尖らせてマルゴさんが腕を組むと、立派な胸がドン! とその腕に乗った。私の隣で「おぉっ」と呟く公平を肘で突いて黙らせます。
とういうかギルベルトさんよ。恥ずかしながらって、それお前が言うか状態ですからね。もういちいちツッコミを入れるのも手間なので省略するけれど。
しかし彼の同郷ということは、やはりこの人も沙代と一緒に打倒魔王を目指して勇者パーティーに加わっていたということでしょうか。
チラリと後ろに視線を向ければ、そこには居間に移動してから頑として壁際から動かない魔王様ことユリウス。少年はマルゴさんに顔を向けることなくそっぽを向いている。うん、間違いなく勇者パーティーだったんですね。
にしても、勇者と騎士と……キジに襲われたってくらいだから、マルゴさんは体力勝負というよりはセクシーな魔法使いってとこでしょうか。まさに王道じゃない? 性格は揃って勇者ご一行というには強烈そうだけれど。
でもそのご一行様が、なぜこうも勢揃いして日本の片田舎である我が家の居間で茶をすすっているのか。いまさらだけどこの状況異常じゃない?
家族みんながワイワイとしている中、なにやら一考したらしい沙代が「うん」と頷き口を開いた。
「まあ、一応私も世話になった人なんだよね。せっかくここまで来たんだし、マルゴもしばらくウチに泊まってもらっていい?」
「一応!? ひどいわサヨ! わたくしは今も頑張ってますのに! そのためにこうやってここまで来たのですからね!」
「あーはいはい。それはあとで聞くから」
プンプンってな具合に可愛い湯気が頭から出てそうな声でマルゴさんが反論するものの、沙代ってば慣れた様子でスルーする。
……ええと、いいのかな? マルゴさんの扱いもなんかこんな感じでいいのかな沙代。向こうでどんだけ堂々たる振る舞いだったのか、お姉ちゃんはいい加減怖くなってきましたよ。
そして、そんな沙代の言葉を受けて父をはじめとする祖母・両親からはなんとも軽ーい返事が返されました。
「部屋は無駄に余ってるんだ。空き部屋にしとくよりいいさね」
「沙代が世話になったというなら、構わん。隆之が助けた人でもあるらしいからな」
「あらあら、今年の夏休みは賑やかだこと」
なんでやねん! って、ここでツッこんでも無駄なんでしょうね。ギルユリのときも割とあっさりだったけれど、今回はより一層ノリが軽いです。
たぶん兄が連れ帰ってきた人っていうのも、ひとつの大きな要因ではあるんでしょうけれど。
あの兄が安全と判断した人ならまあ大丈夫でしょう的な。なんかあっても兄が(物理的に)何とかしてくれるでしょうみたいな。
それだけ我が家の兄に対する(物理的な)信頼は厚いのです。しかも今は父に加えてギルベルトもいるしね。……うちの現状ってセコム完璧じゃない?
「ってえと、まる子さんは沙代たちに会いに来たついでに、しばらく我が家に滞在していくということでいいんか?」
「そう、そんな感じ」
「そうかそうか。いやー、立て続けに結婚話かと思って焦ったわ」
まとめに入った父が胸を撫で下ろしています。
うん。私も正直、マルゴさんが義姉になるのかと思いましたよね。このパターンはまた来るか!? と構えてました。沙代に続いて兄まで異世界人と結婚とか言い出したら私も焦る。うちの親戚関係複雑化にもほどがある。
当の本人は「だからなんで俺が結婚?」とか言ってますけど。その横でマルゴさんが不満そうに口を尖らせているのは、ちょっと今は触れないことにしましょう。
そしてなんだか家族会議も解散の雰囲気が漂い始めました。
父は千鳥と一緒にまた道場へ戻るらしい。祖母と母は一人増えた夕食のために張り切って各々漬物小屋と台所へ戻っていきました。
居間に残ったのは私&兄プラス公平と、沙代たち勇者様ご一行、そして魔王様であるユリウスの七人です。
ようやく客間の人口密度に余裕ができたので、沙代とギルベルトは先ほどまで父と母が座っていた場所に移動して、みんなで座卓を囲む。いうまでもなくユリウスは我関せず風な空気を貫いていますが。
「──で、マルゴはどうしてキジに襲われるとか間抜けなことになったの」
はあー。と深いため息を吐いてから、沙代が口火を切りました。
あ、それは私も気になる。
すると、今まさに思い出したとでも言わんばかりにダーン! とマルゴさんが力強く座卓を叩いた。
「それですのよ!」
まるで競技かるたのごとく座卓を叩いた手をピシッと伸ばして、彼女はキリリと表情を引き締めました。これはいいキメ顔ですね。
横では伸びた腕を避けた兄が、中途半端に縮こまっていますが。
「わたくしたち以外にもこちらへ転移してきた者がおりますの。急いでこれを知らせねばと私は魔力を振り絞り満身創痍でこの世界へとまいりましたのよ! ですがその代償に……代償に、うぅっ」
「マ、マルゴさん?」
「あんな鳥類にぃーっ!」
「ああ、キジですか?」
せっかくのキメ顔がみるみる悔しそうに歪んでしまいました。
なるほど、力を出し尽くして行き倒れてしまったところにキジ襲来ってことだったんですね。
「このわたくしを足蹴にしてくれましたのよ!? あんな軟弱な鳥類、本気を出せば消し炭も残らぬほどの焼き鳥にしてやれますのに!」
「でも、倒れてたからってキジに襲われる?」
「俺はそんな経験ねーな」
可愛い萌え声でわんわん嘆くマルゴさんに気圧され、隣の公平に問えば当然の答えが返されました。私だって生まれてこのかたありませんよ。
「マルゴは鳥類と相性悪いからね」
「ああ。それはもう壊滅的に」
「え、ちょっと意味がわからない」
勇者と騎士から聞いたことのない文章が聞こえましたよ!? 鳥類との相性ってなに。
「彼女は昔からなぜか鳥に嫌われてしまう性質なんだ」
「鳥の魔物に一人だけ集中攻撃受けてたのは面白かったよね。マルゴは特技に『鳥に襲われることです』って書けるよ」
「あなたたちはまた人ごとだと思って!」
妹カップルの会話でマルゴさんが余計にヒートアップです。どうしましょう、なんだか話が脱線してきたなあ。
「ええと、とりあえず……まずその転移っていうのは、沙代がそちらの世界に行ったように、違う世界へ行くっていうことですよね? それが魔術っていうやつなの……かな?」
よくわからないファンタジー要素はとりあえず魔術ってやつなんだろう。
私の予想はビンゴだったようで。マルゴさんが「そうですのよ!」と得意気に頷きました。
「サヨを召喚したときは、わたくしを含めた著名な魔術師数人がかりで呼び寄せたのですけれど、今回は急を要すると思いましてわたくし一人の力で。わたくし、一人のみの魔力で、こちらまで転移して、まいりましたのよ!」
「何度も言うけど、それは召喚っていうかただの拉致だから。立派な女子高生拉致事件だから」
無駄に言葉を区切って力説しながら、マルゴさんはズイッと座卓に上半身を乗り上げる。沙代の横やりはもはや慣れたものなのでしょうね。完全に流してます。その勢いはまさに「どうだ」と言わんばかりなのですが、えーと。
「……それって凄いことなの?」
「基準がわかんねーや。野球で例えてくんねぇ?」
「なんですってえええぇぇっ!?」
「ひいっ、なんかすみません!」
キイーッと目を吊り上げたマルゴさんに睨まれた! でも本当にごめんなさいこっちには魔術なんてものがないので致し方ないと思うのですはい!
「野球で例えるなら、一人で守備を全部こなすくらいのことかな」
沙代から助け船に目を剥いたのは公平です。
「……マジかよ! 無理だろそんなもん!」
「それくらいの荒業をこなして、マルゴはここに来たってこと」
「これでも彼女は恥ずかしながら我が国一の魔術師だ」
「マルゴさんすげええぇぇ!」
「ですからそう言ってますわ! もっと褒めてよろしいのよおおぉっ!? そして先ほどからギルベルトはなんなの!? このわたくしに喧嘩をふっかけているのかしら!?」
彼女の凄さを野球で理解した公平が瞳を輝かせれば、当のマルゴさんは得意げに更にズズイッと身を乗り出します。そしてさり気なくギルベルトが連呼していた言葉は見逃していなかったようですね。気付いていたんですね。ですが、対する金髪の彼は呆れたように目を細める。
「何を言う。それで魔力を全て使い切り、力尽きた挙句兄上殿に助けられたのでは、ただただ情けないだけだ」
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「ええ! 颯爽と現れたタカユキ様はそれはもう素敵でしたわ! こんなクソみたいな騎士とは雲泥の差ですもの!」
「なに!? クソ──っ!?」
殺意すらこもったような視線でギルベルトを射抜いたかと思うと、マルゴさんは一転して兄をベタ褒めです。やっぱりこれはどう見ても、瞳の中にハートが浮かんでいますよね。そしてその矢印が向かう先は間違いなく兄という。
「……どうしよう。マルゴさんのテンションについていけない」
「いい加減にしてほしいよね。この年中発情期が」
「年──!?」
ペッと吐き捨てるように呟かれた沙代の愚痴には、聞き返さずにいられません。
「今ちょっととんでもない単語が聞こえた気がしたんだけど」
「マルゴが年中発情期?」
「ごめんね言い直さなくていいです!」
幻聴かと思ったら現実だった! なぜ聞き返してしまったの私。おかげでほら、
「いつもこうなんだから。すぐ惚れたなんだと男追っかけ回すくせにその相手が総じてダメンズ。本っ当クズばっか」
沙代の不満に火が付いてしまいました。
しかし待ってほしい。その流れでいくと兄が、私の兄が。
「てことは、お、お兄ちゃんダメンズ?」
「そう思いたくないから余計に腹が立つんだって! よりによって兄ちゃんとか! やめてよマルゴなんなのあんた!」
ダメンズほいほいのマルゴさんが惚れたのが兄であるという事実に、戸惑いを隠せない私と憤る沙代。
だって、兄がダメンズとか勘弁してほしいですよ。そもそもそんなことはありません! うちの兄は高校から始めた柔道でインハイ優勝まで成し遂げた立派な武人であり、いつだって自身の肉体を強化することで頭がいっぱいなこれはもはや筋肉のことしか考えてないんじゃないかという筋肉バ──あれ? いややや、今まで女子の名前を口にするときよりも圧倒的に熱を込めて筋肉に呼びかけていた三度の飯は肉体のための単なる栄養摂取です的な硬派な筋肉バ──おおっとう!?
「例えサヨであろうともわたくしの想いを阻むことは許さないわ! ね、タカユキ様!」
「……え、はあ」
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