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小話
続・妖精王女と慕われ隊長1
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「顔がにやけているどころか派手に崩れていますよ」
かけられた声にハッと振り向けば、そこには口元に笑みを浮かべる美形の騎士がいた。慌てて両手で頬を押し上げて顔を整えてから、不敬極まりない相手を睨みつける。
「出たわねクリス隊長……あなたの言い方は本当に嫌味だわ」
「その顔を見られでもすれば、困るのはセシリア王女では? 善意の忠告ですよ」
そう言って、つい今までセシリアが覗き見ていた窓の外を指された。それがまた間違っていないものだから、セシリアはまるで妖精と褒め称えられる顔を大きく歪めて、ぐぬぬと悔しさから歯ぎしりを鳴らす。
クリス隊長は王族に仕える騎士団に所属している。
王都に常駐する隊を率いる彼は実力も申し分なく、容姿も優れた人気の高い有望な騎士だ。
しかし、以前護衛騎士を務めていたほど長い付き合いであるセシリアに対しては、すっかり砕けた態度をとってくるし、セシリア自身もそれを良しとしていた。昔は嫌というほど四六時中一緒に過ごしていた間柄なのだ。クリスに対する感情は、どちらかというと兄に近い。
一見すれば、儚げ美少女である王女と麗しの騎士が窓辺で向かい合う、物語の挿絵のようなワンシーンだろう。──その窓の外から聞こえるのが、むさ苦しい騎士たちのかけ声でなければ。
「いやあ、相変わらず探すのに苦労しないので助かります」
今日も今日とて、王女は覗きにいそしんでいたところであった。
王族の一人、末の姫であるセシリア王女は妖精と例えられるほどの儚く麗しい容姿を持っているが、内心はその姿に反して男どもの鋼のような肉体美を心から愛している。
スラリとした貴族令息がどうした、顔が良いからなんだ、そんなものはいいから盛り上がった筋肉を持ってこい。手足が長かろうと背が高かろうと、そこに筋肉が付いていなければただの棒人形ではないか。
何度断っても言い寄ってくる貴族の男たちを前にして、儚くも美しい笑みの下でそんなことを真剣に考え、内心唾を吐き捨てまくっていた。
彼女にしてみれば、逞しい騎士たちがぶつかり合う訓練風景は絶景である。癒しである。おのれの性癖が凝縮された楽園とも呼べる光景である。叶うならばあの中で揉まれて間に挟まれたい。
現に今も、クリスと向き合いながら我慢できずに視線はチラチラと何度も窓の外へ向かっていた──が、その目がとある一点で釘付けになる。
訓練場に現れた人物を姿を目にした瞬間、前に立つクリスなどすっかり意識の外に吹っ飛んだ。このために人気ない建物の物陰に忍んでいたのだ。これを見ずになにを見ろというのか。
満を持してお目当ての推しが登場である。その瞬間、耐えきれずに窓枠に突っ伏した。
「はアアあぁぁあアっっ!」
「顔どころか身体ごと崩れるとはどういうことですか」
余計な一言も、耳を通り抜けて奇声とともに空の彼方へ消えていく。満身創痍でなんとか窓際にしがみついて顔を上げる。
今や長い睫毛に縁どられたぱっちりとしたセシリアの瞳は、訓練場に現れた一人の騎士の姿を焼き付けようと限界までグワリと見開かれていた。
そんな王女の様子を察してか、傍に控えていた護衛のアンナが代わりに進み出た。
「クリス隊長は一体どのようなご用件ですか?」
「ああ、悪いねアンナ。ちょっと話があったんだけどね、今は聞いてもらえなさそうだから落ち着いてからにするよ。せっかくだから君の隣で待たせてもらおう」
「近いです。最低三歩は離れてください」
「騎士の女性はみんなつれないよね」
「みんなクリス隊長を尊敬していないだけです」
「きっっつ!」
アンナとクリスがなにやら楽しそうに話しているが、その内容すら今はどうでもいい。
訓練場の中央には、誰よりも目を惹く騎士が立ってる。
段違いに鍛えられた肉体。隆起する筋肉。一般の騎士とは明らかに一線を画す身体つきをした赤髪の男性。
彼こそが第二部隊のダレル隊長。セシリア王女の圧倒的推しである。一生推せる。我生涯の推しここにあり。
完璧としか言いようがないほどに鍛え抜かれた肉体美と、人柄の良さが滲み出たすべての人を惹きつける快活な笑みは後光が差すほど眩い。現に第二部隊の面々が我先にと群がるほど人望は厚い。
──ああ羨ましい……私もあの場に混ざりたい……。
はぁ、と熱い吐息がこぼれる。
逞しい身体に揉まれて間に挟まれながらダレル隊長の肉体美に張り付きたい。
じゅるりと垂れ落ちそうなよだれを拭った。
「言ってるそばからドロドロに顔が崩れてるなぁ」
「何を考えているのか手に取るようにわかりますね。考えたくはないですが」
「これでも一見したら『可憐な乙女が頬を染めて恥じらっている』とか思われるんだから羨ましいったらないよね」
「それをクリス隊長が言うのは失笑ものですね」
「俺に対して騎士の女性がきつすぎる」
「もうっ! クリス隊長はなんなのかしら! 用事があるならさっさと済ませて職務に戻ったらいかが!?」
「セシリア王女までつれない」
好き勝手言ってくるクリスに我慢ならず睨みつけたら、言葉とは裏腹なにやら企む表情で口角を上げられた。この顔は何か良からぬことを考えている顔だ。長い付き合いであればそれくらいわかる。
「ちょっと待って。まだ言わないで。あなたの話、私に得はあるのかしら?」
「真っ先にそれを確認する王女のそういうところ、好きですよ」
警戒する王女に向かって、クリスは眩いばかりの笑顔を向けた。
「ダレルのことです。得しかありません」
「のったわ」
「王女、決断が早いです」
横でアンナが顏をしかめる中、二人はがっしりと握手を交わした。
お互い気心の知れたクリスは確かに遠慮がないし、良からぬことを企むけれど──彼は決してセシリアをわずかな危険にもさらさないし、害をなすものすべてからその身を挺してでも必ず守ってくれる。これがわからぬような浅い付き合いでもない。
でなければ幼少期より胸に秘めていた異性への肉体美に対する情熱をすべて解放し、うんざりされるほど延々と語ったりするものか。
となれば、彼の口からダレル隊長の名が出た時点でこの手を取らぬ理由はないのだ。得しかない。と言われれば、この話もはや勝ち戦である。
「実は、先日ダレルが失恋したようでして」
「…………なんですって?」
改めて話を促せば、飛び出してきたのは耳を疑うような言葉だった。
かけられた声にハッと振り向けば、そこには口元に笑みを浮かべる美形の騎士がいた。慌てて両手で頬を押し上げて顔を整えてから、不敬極まりない相手を睨みつける。
「出たわねクリス隊長……あなたの言い方は本当に嫌味だわ」
「その顔を見られでもすれば、困るのはセシリア王女では? 善意の忠告ですよ」
そう言って、つい今までセシリアが覗き見ていた窓の外を指された。それがまた間違っていないものだから、セシリアはまるで妖精と褒め称えられる顔を大きく歪めて、ぐぬぬと悔しさから歯ぎしりを鳴らす。
クリス隊長は王族に仕える騎士団に所属している。
王都に常駐する隊を率いる彼は実力も申し分なく、容姿も優れた人気の高い有望な騎士だ。
しかし、以前護衛騎士を務めていたほど長い付き合いであるセシリアに対しては、すっかり砕けた態度をとってくるし、セシリア自身もそれを良しとしていた。昔は嫌というほど四六時中一緒に過ごしていた間柄なのだ。クリスに対する感情は、どちらかというと兄に近い。
一見すれば、儚げ美少女である王女と麗しの騎士が窓辺で向かい合う、物語の挿絵のようなワンシーンだろう。──その窓の外から聞こえるのが、むさ苦しい騎士たちのかけ声でなければ。
「いやあ、相変わらず探すのに苦労しないので助かります」
今日も今日とて、王女は覗きにいそしんでいたところであった。
王族の一人、末の姫であるセシリア王女は妖精と例えられるほどの儚く麗しい容姿を持っているが、内心はその姿に反して男どもの鋼のような肉体美を心から愛している。
スラリとした貴族令息がどうした、顔が良いからなんだ、そんなものはいいから盛り上がった筋肉を持ってこい。手足が長かろうと背が高かろうと、そこに筋肉が付いていなければただの棒人形ではないか。
何度断っても言い寄ってくる貴族の男たちを前にして、儚くも美しい笑みの下でそんなことを真剣に考え、内心唾を吐き捨てまくっていた。
彼女にしてみれば、逞しい騎士たちがぶつかり合う訓練風景は絶景である。癒しである。おのれの性癖が凝縮された楽園とも呼べる光景である。叶うならばあの中で揉まれて間に挟まれたい。
現に今も、クリスと向き合いながら我慢できずに視線はチラチラと何度も窓の外へ向かっていた──が、その目がとある一点で釘付けになる。
訓練場に現れた人物を姿を目にした瞬間、前に立つクリスなどすっかり意識の外に吹っ飛んだ。このために人気ない建物の物陰に忍んでいたのだ。これを見ずになにを見ろというのか。
満を持してお目当ての推しが登場である。その瞬間、耐えきれずに窓枠に突っ伏した。
「はアアあぁぁあアっっ!」
「顔どころか身体ごと崩れるとはどういうことですか」
余計な一言も、耳を通り抜けて奇声とともに空の彼方へ消えていく。満身創痍でなんとか窓際にしがみついて顔を上げる。
今や長い睫毛に縁どられたぱっちりとしたセシリアの瞳は、訓練場に現れた一人の騎士の姿を焼き付けようと限界までグワリと見開かれていた。
そんな王女の様子を察してか、傍に控えていた護衛のアンナが代わりに進み出た。
「クリス隊長は一体どのようなご用件ですか?」
「ああ、悪いねアンナ。ちょっと話があったんだけどね、今は聞いてもらえなさそうだから落ち着いてからにするよ。せっかくだから君の隣で待たせてもらおう」
「近いです。最低三歩は離れてください」
「騎士の女性はみんなつれないよね」
「みんなクリス隊長を尊敬していないだけです」
「きっっつ!」
アンナとクリスがなにやら楽しそうに話しているが、その内容すら今はどうでもいい。
訓練場の中央には、誰よりも目を惹く騎士が立ってる。
段違いに鍛えられた肉体。隆起する筋肉。一般の騎士とは明らかに一線を画す身体つきをした赤髪の男性。
彼こそが第二部隊のダレル隊長。セシリア王女の圧倒的推しである。一生推せる。我生涯の推しここにあり。
完璧としか言いようがないほどに鍛え抜かれた肉体美と、人柄の良さが滲み出たすべての人を惹きつける快活な笑みは後光が差すほど眩い。現に第二部隊の面々が我先にと群がるほど人望は厚い。
──ああ羨ましい……私もあの場に混ざりたい……。
はぁ、と熱い吐息がこぼれる。
逞しい身体に揉まれて間に挟まれながらダレル隊長の肉体美に張り付きたい。
じゅるりと垂れ落ちそうなよだれを拭った。
「言ってるそばからドロドロに顔が崩れてるなぁ」
「何を考えているのか手に取るようにわかりますね。考えたくはないですが」
「これでも一見したら『可憐な乙女が頬を染めて恥じらっている』とか思われるんだから羨ましいったらないよね」
「それをクリス隊長が言うのは失笑ものですね」
「俺に対して騎士の女性がきつすぎる」
「もうっ! クリス隊長はなんなのかしら! 用事があるならさっさと済ませて職務に戻ったらいかが!?」
「セシリア王女までつれない」
好き勝手言ってくるクリスに我慢ならず睨みつけたら、言葉とは裏腹なにやら企む表情で口角を上げられた。この顔は何か良からぬことを考えている顔だ。長い付き合いであればそれくらいわかる。
「ちょっと待って。まだ言わないで。あなたの話、私に得はあるのかしら?」
「真っ先にそれを確認する王女のそういうところ、好きですよ」
警戒する王女に向かって、クリスは眩いばかりの笑顔を向けた。
「ダレルのことです。得しかありません」
「のったわ」
「王女、決断が早いです」
横でアンナが顏をしかめる中、二人はがっしりと握手を交わした。
お互い気心の知れたクリスは確かに遠慮がないし、良からぬことを企むけれど──彼は決してセシリアをわずかな危険にもさらさないし、害をなすものすべてからその身を挺してでも必ず守ってくれる。これがわからぬような浅い付き合いでもない。
でなければ幼少期より胸に秘めていた異性への肉体美に対する情熱をすべて解放し、うんざりされるほど延々と語ったりするものか。
となれば、彼の口からダレル隊長の名が出た時点でこの手を取らぬ理由はないのだ。得しかない。と言われれば、この話もはや勝ち戦である。
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