【R18】なんと夫には妻の心の声が筒抜けだったらしい

天野 チサ

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01 意識の飛んだ結婚式

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「あなたはフレデリク・イクソンを夫とし、健やかなるときも病めるときも、愛し敬うことを女神に誓いますか」

 神父の言葉にルイーザは胸を張って頷き、教会にいるすべての参列者へ言い聞かせるように声を張り上げた。

「誓います」
「では、誓いの口づけを」

 頷いた神父に促されて、この瞬間から夫になった相手と向かい合う。
 視界を覆っていたベールは取り払われて、見下ろすアンバーの瞳と視線が交わった。

 婚礼衣装に身を包んだ夫のフレデリクは、文句のつけようがないほど様になっていた。
 艶やかな黒髪に対比する純白のタキシードがよく似合っている。そして、切れ長の鋭い眼差しが隙を見せない鋭利な知的さをも全身にまとわせていた。

(ぐぅっ、格好いい……)

 嫌味なほど様になっているフレデリクの姿に思わず痺れた。
 動揺を抑えようとして逆に顔が強張る。この変顔に気付かれていないだろうか、とそんな仕様もないことが心配になった。

 胸を高鳴らせるルイーザの心情など知る由もないだろうフレデリクは、人生の門出ともいえる場だというのに眉間に険しい皺を刻んでいた。その瞳には喜びの感情など微塵も浮かんでいない。
 これだけで、彼にとってこの婚姻がどのようなものなのか容易に予想がつく。
 しかしそれはルイーザも承知のことだ。

 フレデリクの手がルイーザの露わな細い両肩に伸び、そっと指が触れる程度に添えられた。
 男らしい骨ばった指先から、肌を介して直に相手の体温が流れ込む。
 その温かさを直に感じたとたんに、これまでただ目の前の新郎にうっとりしていたルイーザの心は、唐突な現実感に襲われた。

 今このとき、ルイーザとフレデリクは確かに夫婦となったのだと。
 身体中の血は一瞬にして沸騰した。

(いいぃぃやあああぁぁぁーーーっ!!)

 そしてルイーザの心は抱えきれぬ喜びに、見事弾けた。


 *****


 数日後。
 イクソン伯爵家の庭園のガゼボからは、爽やかな笑い声が響いていた。

「あんなに待ち望んでいた誓いの口づけだったのに、本当になにも覚えていないのかい!?」

 サラリとした金髪を揺らしながら、まるで絵本から飛び出した王子様と見まごう青年が、身体をくの字に折り曲げて大笑いしている。
 彼は、今や社交界で令嬢たちの憧れの的であるはずなのだが、せっかくの色男もこれでは台無しだ。

 その向かい側で、ルイーザは長い銀髪を震わせて顔を真っ赤にしながらぐぬぬと唇を噛む。

「失礼ね! 笑いすぎよ、ハンス!」

 彼の名はハンス・ロッソ。
 ロッソ伯爵家の領地は観光地として有名である。
 ルイーザやフレデリクの家も彼の領地に別荘を持っていた。

 別荘で過ごすのは毎年休暇で訪れるほんの数週間ほどであったが、幼少のころの三人はそのたびに遊ぶ仲で付き合いは十年以上。
 いわゆる幼馴染というやつだ。

 現に、フレデリクとの結婚式にもハンスは参列してくれた。

「私だって悔しいのよ! うう……どうして覚えていないのかしらあぁぁ!」
「興奮しすぎて記憶を飛ばす花嫁とは斬新だね」

 結婚祝いだと手土産に貰った流行りの焼き菓子をつつきながら、二人は中庭のガゼボでのんびりお茶を楽しんでいるところだった。

 そう。二人でだ。
 なぜかハンスを呼んだ張本人は「仕事が残っている」とさっさと引っ込んでしまった。
 まったりとした午後に突然「色々と話したいこともあるだろう」と庭園に呼ばれ、そこにハンスの姿を見たときは驚いた。それでも、結婚式以来だったので素直に嬉しかったのは事実。

 だが彼を呼んだのはフレデリクだ。
 新妻と友人を放置してなにをしているのやら。

「新婚なのにあいつは余程忙しいのかな?」

 爽やかに皮肉を吐かれたとて、ルイーザにもわからない。

「うーん……とにかく書斎にはこもっているわね」
「なんだいそれ」
「忙しいのは事実だと思うわ。でもそれ以上に、彼にとっては嫌々迎えた妻だもの。仕方がないのよ」

 ルイーザにとって今回の結婚は願ったり叶ったりだが、フレデリクにとっては違うというだけ。
 ひとり頷いていたら、向かい側ではハンスが驚きつつも怪訝そうに、なおかつ苦虫を噛み潰したようなとにかく初めて見る面白い顔を晒していた。

「……どうしてそうなる!?」
「面白い顔ねぇ」
「僕の顔なんてどうでもいいから!」

 笑わずにはいられなかったのだが、思った以上にハンスが憤っているので大人しく口を噤んだ。

「ルイーザは本当にそう思っているのかい?」
「ええ」

 迷わず肯定したら、ハンスの顔がさらに面白く崩れた。令嬢たちがこの顔を見たらときめく気持ちも冷めるだろうなぁ、とついまた笑ってしまった。
 それをじとりとした目で睨みつけられる。

「……笑いごとじゃないだろう」
「ふふっ、ごめんなさい。そうねぇ、ハンスだから言うけれど……」

 あっさり肯定するにも理由があるのだ。
 笑いがおさまったところでひと息ついて、まあ聞きなさいとばかりにルイーザは口をひらく。

「私たち、初夜から寝室も別なのよ」
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