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07 本人だけ大満足な結婚2
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「それほど未練はないわねぇ。まあ、落ち着いて余裕が……というより、フレデリクがいいと言ってくれるならまた挑戦しようかとは思うけれど」
「どうしてそんなにケロリとしているんだい!?」
先ほどから「どうして」を連呼しながら、本人以上にハンスが嘆いている。
確かに、学生時代の勉強漬けルイーザを見ていたら驚くだろうが、本当に未練がないのだからそう言われても困ってしまう。
「決まっているでしょう? そもそも、調薬師を目指したのはフレデリクとの結婚は叶わないだろうと思ったからよ」
「……あ、読めてしまったな。できれば聞きたくないかも」
顔をしかめるハンスとは対照的に、うっとりとした満面の笑みで焼き菓子を頬張りルイーザは言い切る。
「結婚できないなら手に職は必要でしょう?」
「君はまったく予想通りだな!」
「昔は野山ばかり駆けていたから、怪我をして薬草を使うことは私にとって当たり前だったのだけれど……それを、フレデリクが褒めてくれたから」
自分で言いながら頬が熱くなるのがわかった。
『薬草の知識だけはルーにかなわないな』
元を辿ればこのひと言がきっかけだ。
フレデリクから貰った言葉は大切な宝物として胸の奥にしまってある。
頬を染めるルイーザとは対照的に、ハンスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「フレデリク以外との結婚が、まったく頭にないのが感心してしまうね。仮にも君だって貴族だろう」
「私の家は兄弟姉妹が多いでしょう? 両親も好きにしていいと言っていたし」
「だからといって、この縁談を受けるとは思わなかっただろうね」
今回の結婚は、資金繰りに困ったイクソン伯爵家からの要望というのが大きい。
先代――つまりフレデリクの父が多額の負債を抱えていたのだ。
商売で成功していたルイーザの生家、アンクレー子爵家からの援助を目的として、子供たちの親交を理由に縁談が持ち掛けられた。
明らかな金目当てとあまりいい噂を聞かなかった先代にアンクレー子爵は渋ったが、幼少期からその優秀さを知っているフレデリクがイクソン伯爵となるならば、という条件を提示してルイーザを嫁がせたのだ。
そしてフレデリクは条件通りあっという間に両親を隠居させてしまった。
援助も最小限で済むようにと努力してくれているようなので、彼が忙しいのは本当なのだ。
「私にとっては、願ったりかなったりな縁談だったけれどね」
むふふふふ。と笑いが止まらない。
両親から神妙な顏で提案をされたときは、抱えていた勉強道具を放り投げて嬉しい悲鳴をあげたものだ。
「試験はいつでも受けられるけれど、フレデリクとの結婚は今しかできないじゃない」
というわけでルイーザはこの結婚に大満足であったのだ。
しかし、ハンスはいまだ釈然としない顔をしている。
「そもそもだ。フレデリクが嫌々君を迎えただなんて、本気で思っているのかい?」
「だってそうでしょう? 彼はこの結婚にまったくのり気ではない様子だったもの」
結婚式で、なんの喜びも見せず眉間に皺を刻んでいた顔を思い返す。
それを再現するように、ルイーザは眉間をギュッと摘まんでみせた。
「式の間ずっとこんな顔をしていたのを見たら、嫌でもわかるでしょう。現に初夜も拒否されたし部屋も別々よ?」
これで歓迎されていると思う方が無理だ。
「まあ……ルイーザがそれで幸せなら、これ以上は野暮だろうな。首を突っ込んで巻き込まれるのはごめんだし」
気まずそうに目を逸らしたハンスは、結局歯切れ悪くそれだけを言って紅茶を飲み干した。
「でも話し合えとは思うけれどね」
「そうねぇ……今のところ私は大満足だから、そのうちね」
「なら、そのときはせめて野郎より君の肩を持つとしよう」
「あら嬉しいわ」
喜びついでにルイーザも紅茶で喉を潤して、ハンスの手土産の絶品焼き菓子最後のひと口を口に運ぼうとしたのだが――大きく咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
驚いたハンスが後ろに回り、背中をさすってくれた。
「んんっ……ごめんなさい大丈夫。なんだか喉の調子が悪いのよね」
今朝から少しばかり咳が出ていたが、食欲はあるので焼き菓子を口に放り込んだ。
「これ本当に美味しいわ!」
「そう言ってもらえると並んだかいがあるよ」
ホッとしたように席に戻ったハンスも焼き菓子を平らげ、今度は三人で食事をしようと約束してお茶会は解散となった。
話題の焼き菓子店はカフェも併設しているらしく、今度フレデリクと行くといいと薦められたが、望みは薄そうだ。
そもそも短い婚約期間中もデートなどしたことがない。
「誘うだけ無駄な気もするけれど……」
「いいから。必ず誘ってみて」
やたらと念を押してハンスは帰って行ったが、そのフレデリクはついに最後まで姿を見せなかった。
「……結局、このお茶会はなんだったのかしら」
見送りながら、ルイーザはひとり首を傾げた。
「どうしてそんなにケロリとしているんだい!?」
先ほどから「どうして」を連呼しながら、本人以上にハンスが嘆いている。
確かに、学生時代の勉強漬けルイーザを見ていたら驚くだろうが、本当に未練がないのだからそう言われても困ってしまう。
「決まっているでしょう? そもそも、調薬師を目指したのはフレデリクとの結婚は叶わないだろうと思ったからよ」
「……あ、読めてしまったな。できれば聞きたくないかも」
顔をしかめるハンスとは対照的に、うっとりとした満面の笑みで焼き菓子を頬張りルイーザは言い切る。
「結婚できないなら手に職は必要でしょう?」
「君はまったく予想通りだな!」
「昔は野山ばかり駆けていたから、怪我をして薬草を使うことは私にとって当たり前だったのだけれど……それを、フレデリクが褒めてくれたから」
自分で言いながら頬が熱くなるのがわかった。
『薬草の知識だけはルーにかなわないな』
元を辿ればこのひと言がきっかけだ。
フレデリクから貰った言葉は大切な宝物として胸の奥にしまってある。
頬を染めるルイーザとは対照的に、ハンスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「フレデリク以外との結婚が、まったく頭にないのが感心してしまうね。仮にも君だって貴族だろう」
「私の家は兄弟姉妹が多いでしょう? 両親も好きにしていいと言っていたし」
「だからといって、この縁談を受けるとは思わなかっただろうね」
今回の結婚は、資金繰りに困ったイクソン伯爵家からの要望というのが大きい。
先代――つまりフレデリクの父が多額の負債を抱えていたのだ。
商売で成功していたルイーザの生家、アンクレー子爵家からの援助を目的として、子供たちの親交を理由に縁談が持ち掛けられた。
明らかな金目当てとあまりいい噂を聞かなかった先代にアンクレー子爵は渋ったが、幼少期からその優秀さを知っているフレデリクがイクソン伯爵となるならば、という条件を提示してルイーザを嫁がせたのだ。
そしてフレデリクは条件通りあっという間に両親を隠居させてしまった。
援助も最小限で済むようにと努力してくれているようなので、彼が忙しいのは本当なのだ。
「私にとっては、願ったりかなったりな縁談だったけれどね」
むふふふふ。と笑いが止まらない。
両親から神妙な顏で提案をされたときは、抱えていた勉強道具を放り投げて嬉しい悲鳴をあげたものだ。
「試験はいつでも受けられるけれど、フレデリクとの結婚は今しかできないじゃない」
というわけでルイーザはこの結婚に大満足であったのだ。
しかし、ハンスはいまだ釈然としない顔をしている。
「そもそもだ。フレデリクが嫌々君を迎えただなんて、本気で思っているのかい?」
「だってそうでしょう? 彼はこの結婚にまったくのり気ではない様子だったもの」
結婚式で、なんの喜びも見せず眉間に皺を刻んでいた顔を思い返す。
それを再現するように、ルイーザは眉間をギュッと摘まんでみせた。
「式の間ずっとこんな顔をしていたのを見たら、嫌でもわかるでしょう。現に初夜も拒否されたし部屋も別々よ?」
これで歓迎されていると思う方が無理だ。
「まあ……ルイーザがそれで幸せなら、これ以上は野暮だろうな。首を突っ込んで巻き込まれるのはごめんだし」
気まずそうに目を逸らしたハンスは、結局歯切れ悪くそれだけを言って紅茶を飲み干した。
「でも話し合えとは思うけれどね」
「そうねぇ……今のところ私は大満足だから、そのうちね」
「なら、そのときはせめて野郎より君の肩を持つとしよう」
「あら嬉しいわ」
喜びついでにルイーザも紅茶で喉を潤して、ハンスの手土産の絶品焼き菓子最後のひと口を口に運ぼうとしたのだが――大きく咳き込んでしまった。
「大丈夫か?」
驚いたハンスが後ろに回り、背中をさすってくれた。
「んんっ……ごめんなさい大丈夫。なんだか喉の調子が悪いのよね」
今朝から少しばかり咳が出ていたが、食欲はあるので焼き菓子を口に放り込んだ。
「これ本当に美味しいわ!」
「そう言ってもらえると並んだかいがあるよ」
ホッとしたように席に戻ったハンスも焼き菓子を平らげ、今度は三人で食事をしようと約束してお茶会は解散となった。
話題の焼き菓子店はカフェも併設しているらしく、今度フレデリクと行くといいと薦められたが、望みは薄そうだ。
そもそも短い婚約期間中もデートなどしたことがない。
「誘うだけ無駄な気もするけれど……」
「いいから。必ず誘ってみて」
やたらと念を押してハンスは帰って行ったが、そのフレデリクはついに最後まで姿を見せなかった。
「……結局、このお茶会はなんだったのかしら」
見送りながら、ルイーザはひとり首を傾げた。
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