【R18】なんと夫には妻の心の声が筒抜けだったらしい

天野 チサ

文字の大きさ
7 / 22

07 本人だけ大満足な結婚2

しおりを挟む
「それほど未練はないわねぇ。まあ、落ち着いて余裕が……というより、フレデリクがいいと言ってくれるならまた挑戦しようかとは思うけれど」
「どうしてそんなにケロリとしているんだい!?」

 先ほどから「どうして」を連呼しながら、本人以上にハンスが嘆いている。
 確かに、学生時代の勉強漬けルイーザを見ていたら驚くだろうが、本当に未練がないのだからそう言われても困ってしまう。

「決まっているでしょう? そもそも、調薬師を目指したのはフレデリクとの結婚は叶わないだろうと思ったからよ」
「……あ、読めてしまったな。できれば聞きたくないかも」

 顔をしかめるハンスとは対照的に、うっとりとした満面の笑みで焼き菓子を頬張りルイーザは言い切る。

「結婚できないなら手に職は必要でしょう?」
「君はまったく予想通りだな!」
「昔は野山ばかり駆けていたから、怪我をして薬草を使うことは私にとって当たり前だったのだけれど……それを、フレデリクが褒めてくれたから」

 自分で言いながら頬が熱くなるのがわかった。

『薬草の知識だけはルーにかなわないな』

 元を辿ればこのひと言がきっかけだ。
 フレデリクから貰った言葉は大切な宝物として胸の奥にしまってある。
 頬を染めるルイーザとは対照的に、ハンスは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

「フレデリク以外との結婚が、まったく頭にないのが感心してしまうね。仮にも君だって貴族だろう」
「私の家は兄弟姉妹が多いでしょう? 両親も好きにしていいと言っていたし」
「だからといって、この縁談を受けるとは思わなかっただろうね」

 今回の結婚は、資金繰りに困ったイクソン伯爵家からの要望というのが大きい。

 先代――つまりフレデリクの父が多額の負債を抱えていたのだ。
 商売で成功していたルイーザの生家、アンクレー子爵家からの援助を目的として、子供たちの親交を理由に縁談が持ち掛けられた。

 明らかな金目当てとあまりいい噂を聞かなかった先代にアンクレー子爵は渋ったが、幼少期からその優秀さを知っているフレデリクがイクソン伯爵となるならば、という条件を提示してルイーザを嫁がせたのだ。
 そしてフレデリクは条件通りあっという間に両親を隠居させてしまった。
 援助も最小限で済むようにと努力してくれているようなので、彼が忙しいのは本当なのだ。
 
「私にとっては、願ったりかなったりな縁談だったけれどね」

 むふふふふ。と笑いが止まらない。
 両親から神妙な顏で提案をされたときは、抱えていた勉強道具を放り投げて嬉しい悲鳴をあげたものだ。

「試験はいつでも受けられるけれど、フレデリクとの結婚は今しかできないじゃない」

 というわけでルイーザはこの結婚に大満足であったのだ。
 しかし、ハンスはいまだ釈然としない顔をしている。

「そもそもだ。フレデリクが嫌々君を迎えただなんて、本気で思っているのかい?」
「だってそうでしょう? 彼はこの結婚にまったくのり気ではない様子だったもの」

 結婚式で、なんの喜びも見せず眉間に皺を刻んでいた顔を思い返す。
 それを再現するように、ルイーザは眉間をギュッと摘まんでみせた。

「式の間ずっとこんな顔をしていたのを見たら、嫌でもわかるでしょう。現に初夜も拒否されたし部屋も別々よ?」

 これで歓迎されていると思う方が無理だ。

「まあ……ルイーザがそれで幸せなら、これ以上は野暮だろうな。首を突っ込んで巻き込まれるのはごめんだし」

 気まずそうに目を逸らしたハンスは、結局歯切れ悪くそれだけを言って紅茶を飲み干した。

「でも話し合えとは思うけれどね」
「そうねぇ……今のところ私は大満足だから、そのうちね」
「なら、そのときはせめて野郎より君の肩を持つとしよう」
「あら嬉しいわ」

 喜びついでにルイーザも紅茶で喉を潤して、ハンスの手土産の絶品焼き菓子最後のひと口を口に運ぼうとしたのだが――大きく咳き込んでしまった。

「大丈夫か?」

 驚いたハンスが後ろに回り、背中をさすってくれた。

「んんっ……ごめんなさい大丈夫。なんだか喉の調子が悪いのよね」

 今朝から少しばかり咳が出ていたが、食欲はあるので焼き菓子を口に放り込んだ。

「これ本当に美味しいわ!」
「そう言ってもらえると並んだかいがあるよ」

 ホッとしたように席に戻ったハンスも焼き菓子を平らげ、今度は三人で食事をしようと約束してお茶会は解散となった。
 話題の焼き菓子店はカフェも併設しているらしく、今度フレデリクと行くといいと薦められたが、望みは薄そうだ。
 そもそも短い婚約期間中もデートなどしたことがない。
 
「誘うだけ無駄な気もするけれど……」
「いいから。必ず誘ってみて」

 やたらと念を押してハンスは帰って行ったが、そのフレデリクはついに最後まで姿を見せなかった。

「……結局、このお茶会はなんだったのかしら」

 見送りながら、ルイーザはひとり首を傾げた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

この恋に終止符(ピリオド)を

キムラましゅろう
恋愛
好きだから終わりにする。 好きだからサヨナラだ。 彼の心に彼女がいるのを知っていても、どうしても側にいたくて見て見ぬふりをしてきた。 だけど……そろそろ潮時かな。 彼の大切なあの人がフリーになったのを知り、 わたしはこの恋に終止符(ピリオド)をうつ事を決めた。 重度の誤字脱字病患者の書くお話です。 誤字脱字にぶつかる度にご自身で「こうかな?」と脳内変換して頂く恐れがあります。予めご了承くださいませ。 完全ご都合主義、ノーリアリティノークオリティのお話です。 菩薩の如く広いお心でお読みくださいませ。 そして作者はモトサヤハピエン主義です。 そこのところもご理解頂き、合わないなと思われましたら回れ右をお勧めいたします。 小説家になろうさんでも投稿します。

恋人でいる意味が分からないので幼馴染に戻ろうとしたら‥‥

矢野りと
恋愛
婚約者も恋人もいない私を憐れんで、なぜか幼馴染の騎士が恋人のふりをしてくれることになった。 でも恋人のふりをして貰ってから、私を取り巻く状況は悪くなった気がする…。 周りからは『釣り合っていない』と言われるし、彼は私を庇うこともしてくれない。 ――あれっ? 私って恋人でいる意味あるかしら…。 *設定はゆるいです。

幼馴染の執着愛がこんなに重いなんて聞いてない

エヌ
恋愛
私は、幼馴染のキリアンに恋をしている。 でも聞いてしまった。 どうやら彼は、聖女様といい感じらしい。 私は身を引こうと思う。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...