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12 気が付いたら予想外の展開
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ひどく重たい瞼を持ち上げたら、寝室の天井が見えた。
「ルイーザ!」
呼ぶ声に視線を向ければ、そこには酷い顔色をした夫がいた。
「フレデリク……」
どうしてここに、と思い出そうとしたが、頭がぼんやりとして働かない。
「大丈夫か? 突然倒れたから、驚いた」
「倒……ああ!」
気遣うように言われて、ようやくうっすらと思い出す。
カフェでケーキを食べたとたんに気持ちが悪くなり、倒れてしまったのだ。せっかくの外出だったというのに申し訳なさがドッと押し寄せる。
「いやだ私ったら! ごめんなさい、もしかしてここまで……」
フレデリクが運んでくれたのだろうか。恥ずかしさに顔が熱くなる。
「そんなことは気にするな」
つまりそれは完全に肯定ではないか。
倒れたあと、やはりフレデリクに運ばれたらしい。耐えきれずにルイーザはシーツを引き上げて顔を埋めた。
とたんに部屋に沈黙が落ちる。
もぞもぞとするルイーザの衣擦れ以外音が消えた。
すっかり口を噤んだフレデリクが気になって、少しだけそっとシーツをずらしてみる。夫はベッド横に置かれた椅子に腰かけたまま、深刻な顔で手元に視線を落として項垂れていた。
「あの、フレ――」
「体調が悪かったのか?」
「え、ああ、少しだけ……本当にごめんなさい。突然気持ちが悪くなって……でも――」
「そうか、やはりか」
なぜか納得したように頷いた。やはり、とはなにがだろうか。
申し訳なくてしどろもどろなルイーザとは反対に、フレデリクはなにやら腹でも決めたのかのような顔をする。
(その顔は、どういう決意をした顔なのかしら……?)
おそらくただの風邪なので気にしないでほしいし、そう伝えたいのだが、フレデリクはルイーザの言葉が聞こえているのかいないのか、深呼吸でもするかのように深く息を吐く。
夫の様子がなんだかおかしい。
「今、医者を呼んでいる。もうすぐ来るから安心するといい」
「お医者様を?」
「ハンスも呼んだ方がいいだろう」
「……んん?」
ぐっとなにかを堪えるように唇を噛みながら、そんなことを言われた。
だが、ルイーザは首を捻る。
「ハンス?」
なぜここでハンス? と、突然出てきた名前にポカンとするが、そんな妻の様子は目に入っていないらしい。
ふとフレデリクは顔を上げ、部屋の扉に視線を向けた。
「医者が来たようだ」
そして彼自ら出迎えに立ち上がる。
ここで、ルイーザはようやく部屋の中に使用人の姿が一人も見えないことに気が付いた。
なんだかまるで、人払いをしたかのような――。
「こちらが妻だ。丁重に診てやってほしい」
聞こえた声に視線を戻せば、フレデリクの横に眼鏡をかけた柔和な中年の男性が立っていた。
おそらくイクソン伯爵家馴染みの医者なのだろう。彼は勝手知ったる様子で大きなボストンバッグを床に置き、椅子に腰かける。首にかけていた聴診器を手にして「さて」とルイーザの顔を覗き込んだ。
「具合はいかがですかな? 辛いならば寝たままでも結構ですが」
「いえ。大丈夫ですわ、お気になさらず――」
「そんなのダメだ!」
身体を起こそうとしたルイーザを、なぜかフレデリクが制する。
「……起き上がるくらい、もう平気よ?」
「なにを言っているんだ、万が一があっては困るだろう」
「万が一?」
なんの万が一だろうか。
困惑するルイーザを置き去りにして、フレデリクの口から思いもしない言葉が飛び出した。
「妻は妊娠しているんだ」
「…………え」
その妻の目は点になった。
反対に夫の目はこれ以上ないほど真剣だった。
「だから無理はさせないでほしい」
「なるほど。それならばこのままで失礼」
「…………え」
ポカンとしているルイーザをよそに、シーツを捲られ胸元にポンポンと聴診器が当てられる。
「ふぅむ。特に問題はなさそうですね」
「気持ちが悪いと言って倒れてしまったんだが……!」
「妊娠しているのならばその影響でしょうな」
「やはりつわりというやつか」
「それよりも、倒れた拍子にどこか打ち付けていないかが心配ですが……」
されるがままのルイーザを放って、頭上で彼らの話がどんどん進んでいく。
少しでいいから待ってほしい。ついていけない。が、なによりもその前に。
「あの、お医者様! 私は妊娠しているのですか!?」
「していないのですか!?」
目を剥いて叫んだルイーザに、医者も負けじと目を剥いた。
「まったくもって身に覚えがないのですが!?」
「覚えがないのならばしていないのでは!?」
そりゃそうだろう。と、ルイーザは無駄に医者と見つめ合っていたが、お互い埒が明かないとその視線はフレデリクに向く。
言い出した彼もなぜか目を剥いていた。
「妊娠していないのか!?」
「だからなぜですか!?」
初夜を拒否したのはあなたでしょうよ!
おかしい。誰とも話が噛み合わない。
ルイーザはここでようやく、夫との間でなにかとんでもないすれ違いが起きているようだと悟った。
「ルイーザ!」
呼ぶ声に視線を向ければ、そこには酷い顔色をした夫がいた。
「フレデリク……」
どうしてここに、と思い出そうとしたが、頭がぼんやりとして働かない。
「大丈夫か? 突然倒れたから、驚いた」
「倒……ああ!」
気遣うように言われて、ようやくうっすらと思い出す。
カフェでケーキを食べたとたんに気持ちが悪くなり、倒れてしまったのだ。せっかくの外出だったというのに申し訳なさがドッと押し寄せる。
「いやだ私ったら! ごめんなさい、もしかしてここまで……」
フレデリクが運んでくれたのだろうか。恥ずかしさに顔が熱くなる。
「そんなことは気にするな」
つまりそれは完全に肯定ではないか。
倒れたあと、やはりフレデリクに運ばれたらしい。耐えきれずにルイーザはシーツを引き上げて顔を埋めた。
とたんに部屋に沈黙が落ちる。
もぞもぞとするルイーザの衣擦れ以外音が消えた。
すっかり口を噤んだフレデリクが気になって、少しだけそっとシーツをずらしてみる。夫はベッド横に置かれた椅子に腰かけたまま、深刻な顔で手元に視線を落として項垂れていた。
「あの、フレ――」
「体調が悪かったのか?」
「え、ああ、少しだけ……本当にごめんなさい。突然気持ちが悪くなって……でも――」
「そうか、やはりか」
なぜか納得したように頷いた。やはり、とはなにがだろうか。
申し訳なくてしどろもどろなルイーザとは反対に、フレデリクはなにやら腹でも決めたのかのような顔をする。
(その顔は、どういう決意をした顔なのかしら……?)
おそらくただの風邪なので気にしないでほしいし、そう伝えたいのだが、フレデリクはルイーザの言葉が聞こえているのかいないのか、深呼吸でもするかのように深く息を吐く。
夫の様子がなんだかおかしい。
「今、医者を呼んでいる。もうすぐ来るから安心するといい」
「お医者様を?」
「ハンスも呼んだ方がいいだろう」
「……んん?」
ぐっとなにかを堪えるように唇を噛みながら、そんなことを言われた。
だが、ルイーザは首を捻る。
「ハンス?」
なぜここでハンス? と、突然出てきた名前にポカンとするが、そんな妻の様子は目に入っていないらしい。
ふとフレデリクは顔を上げ、部屋の扉に視線を向けた。
「医者が来たようだ」
そして彼自ら出迎えに立ち上がる。
ここで、ルイーザはようやく部屋の中に使用人の姿が一人も見えないことに気が付いた。
なんだかまるで、人払いをしたかのような――。
「こちらが妻だ。丁重に診てやってほしい」
聞こえた声に視線を戻せば、フレデリクの横に眼鏡をかけた柔和な中年の男性が立っていた。
おそらくイクソン伯爵家馴染みの医者なのだろう。彼は勝手知ったる様子で大きなボストンバッグを床に置き、椅子に腰かける。首にかけていた聴診器を手にして「さて」とルイーザの顔を覗き込んだ。
「具合はいかがですかな? 辛いならば寝たままでも結構ですが」
「いえ。大丈夫ですわ、お気になさらず――」
「そんなのダメだ!」
身体を起こそうとしたルイーザを、なぜかフレデリクが制する。
「……起き上がるくらい、もう平気よ?」
「なにを言っているんだ、万が一があっては困るだろう」
「万が一?」
なんの万が一だろうか。
困惑するルイーザを置き去りにして、フレデリクの口から思いもしない言葉が飛び出した。
「妻は妊娠しているんだ」
「…………え」
その妻の目は点になった。
反対に夫の目はこれ以上ないほど真剣だった。
「だから無理はさせないでほしい」
「なるほど。それならばこのままで失礼」
「…………え」
ポカンとしているルイーザをよそに、シーツを捲られ胸元にポンポンと聴診器が当てられる。
「ふぅむ。特に問題はなさそうですね」
「気持ちが悪いと言って倒れてしまったんだが……!」
「妊娠しているのならばその影響でしょうな」
「やはりつわりというやつか」
「それよりも、倒れた拍子にどこか打ち付けていないかが心配ですが……」
されるがままのルイーザを放って、頭上で彼らの話がどんどん進んでいく。
少しでいいから待ってほしい。ついていけない。が、なによりもその前に。
「あの、お医者様! 私は妊娠しているのですか!?」
「していないのですか!?」
目を剥いて叫んだルイーザに、医者も負けじと目を剥いた。
「まったくもって身に覚えがないのですが!?」
「覚えがないのならばしていないのでは!?」
そりゃそうだろう。と、ルイーザは無駄に医者と見つめ合っていたが、お互い埒が明かないとその視線はフレデリクに向く。
言い出した彼もなぜか目を剥いていた。
「妊娠していないのか!?」
「だからなぜですか!?」
初夜を拒否したのはあなたでしょうよ!
おかしい。誰とも話が噛み合わない。
ルイーザはここでようやく、夫との間でなにかとんでもないすれ違いが起きているようだと悟った。
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