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第四章
17話 委員会活動
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「水緒ちゃん」
登校前のことである。
昨夜の雨で汚れた狛龍を、きれいに拭き取っていた水緒のもとに、出仕の高原康平が駆けてきた。
片手には紙の束が握られている。
「康平さんッ、おはようございます!」
「おはよ。学校間に合う?」
「走れば十分ですから。あ、それ」
「ああ、そうそう」
と康平が見せてきたのは、片手に握った紙の束。それは来週末に開催される大龍神社名物、滝行体験のお知らせパンフレットだった。
「あァ、パンフレットできたんだ!」
「うん。これ、今年もお友だちに配ってくれると助かるんだけど──いいかな」
「もちろん!」
大きくうなずいて束を受けとる。
ありがとう、と康平はにっこりわらって頭を掻いた。
「町内の人はけっこう参加表明してくれているんだけど、町外の人にはあんまり浸透してないからさ」
「んーとね、こころは強制的に連れてくるとして……あとふたりくらい、来てくれそうなヤツがいる!」
「あはは。よろしくたのむよ」
「はーいッ」
狛龍を拭いていた布を康平に託し、水緒は行ってきます、と元気よく石段を駆けおりた。
今日は委員会の仕事がある。
そのときにでも渡そう、と水緒はパンフレットをカバンにしまった。
※
環境委員会の仕事とは──。
当番の昼休みに中庭の花に水をやり、構内のゴミを拾うことである。
本日は一年B組が当番ということで、水緒と英二は昼飯を食べて早々、図書室に面した花壇へ水をやりに中庭へとやってきた。
「そういやこの間は、ちょっとおもしろかったよな」
「奥多摩のこと? ちっともおもしろくなんかないよッ。あのあとも、バスのなかで散々怒られてさ!」
「まあそうだけど──でも、あのコウツキとかいう人。あの人いなきゃもっと怒られてたべ? 九死に一生を得たって感じで、わりと記憶に残る日だったよ」
「う、…………ん。忘れられない日になったのはたしかだな」
なにせ水緒にとっては、あのときに入手した欠片をきっかけに、重大な任務を背負ってしまったのだから。
ぼうっと思いを馳せる水緒の手が、同じ場所に三度じょうろをかたむけた。
もういらないよぉ。
という声に我に返る。花壇のポピーが悲鳴をあげたらしい。
「あっ、ゴメン。あげすぎてたね」
「は?」
「え? あ、ちょっとポピーに……」
「アンタってわりと変なやつって言われない?」
「うるさいなっ」
とじょうろを振りかざす。
それと同じくして、近場の窓がカラカラと開いた。
「やっぱお前らか」
図書室の窓である。
そこからひょこりと顔を覗かせたのは、片倉大地であった。片手には読みかけらしく栞がはさまった本がある。水緒はエーッ、と目を丸くした。
「いちばん図書室に馴染みのない顔がいる」
「うるせえな。図書委員の当番なんだよ」
「図書委員──ってことは」
水緒が大地のうしろに目を向けると、案の定貸出カウンターには新田こころの姿もある。
いつものごとく大きく手を振った。
「こころ!」
「だからぁ」
バシ、と水緒の頭を本で叩く。
「お前の声がすげえ響くんだって。図書室は静かにって小学校で習わなかったのか」
「…………ゴメンナサイ」
「つってもとくに人いねえじゃん」
英二は窓からなかを覗いた。
図書室にはこころと大地のほか、居眠りをする生徒が数名いるのみである。本を読む場として利用している生徒はとくに見受けられない。
「まあね。高校の図書室ほど使われねえ施設ってねえと思うよ、おれ」
「あっ。じゃあちょうどよかった、こころも呼んできてよ。ちょっとアンタたちに話があるの」
「え? ああ、…………新田ァ」
大地が声をかける。
真剣に本を読みふけっていたこころが、パッと顔をあげてこちらを見た。どうやら水緒や英二の存在にようやく気が付いたようで、すこしおどろいた顔をしている。
「あれ、水緒」
「へへへ。環境委員のお仕事中なのだ」
「ああ……そっちも?」
「まあね。ていうか──俺らちゃんと話したことなかったよな。石橋英二、いつも大地がお世話になってます」
「新田こころ。こちらこそいつも水緒がお世話になってるみたいで」
とほくそ笑むふたり。
水緒と大地は顔を見合わせて、
「どーゆーことよ」
「釈然としない」
と愚痴をこぼした。
「それで、話っていうのは──」
気を取り直した水緒が、カバンからパンフレットの束を出す。
滝行体験、と書かれたそれを見て、長年の付き合いであるこころは察したらしい。なにも言わずに図書室の奥へと引っ込もうとする。
かくいう水緒も、その行動はお見通しだ。ふふんと笑って窓越しにパンフレットを突きつける。
「こころはもう参加決定してるから」
「え、やだよ寒いし。なんで私が」
「あたしの友だちだからだよ」
「…………」
うんざりした顔で押し黙るこころを見て、逆に興味が沸いたようだ。大地はじっくりとパンフレットを覗きこんだ。
「へえ、大龍神社ってお前んちだっけ。滝行ってあれだろ? 滝に打たれるやつだろ。おもしろそうじゃん」
「じゃあ片倉くんは参加してくれるんだね! ねえだったら石橋くんもいいでしょ、すっごく気持ちいいんだよ。白い襦袢で打たれるから私服の心配もしなくていいし!」
「えー」
英二はちらりとこころに視線を移し、ふたたび水緒を見た。
「それって男女いっしょに打たれんの?」
「ウン。滝行に性別なんか関係ないからね!」
「それで、白襦袢なの」
「うん? そうだけど」
「しかたねえ」英二は大儀そうに空を仰ぐ。「新田さんが行くんなら、行くかぁ」
「…………」
この男──。
意外と片倉大地よりもしょうもないかもしれんぞ、と水緒は内心でつぶやいた。
登校前のことである。
昨夜の雨で汚れた狛龍を、きれいに拭き取っていた水緒のもとに、出仕の高原康平が駆けてきた。
片手には紙の束が握られている。
「康平さんッ、おはようございます!」
「おはよ。学校間に合う?」
「走れば十分ですから。あ、それ」
「ああ、そうそう」
と康平が見せてきたのは、片手に握った紙の束。それは来週末に開催される大龍神社名物、滝行体験のお知らせパンフレットだった。
「あァ、パンフレットできたんだ!」
「うん。これ、今年もお友だちに配ってくれると助かるんだけど──いいかな」
「もちろん!」
大きくうなずいて束を受けとる。
ありがとう、と康平はにっこりわらって頭を掻いた。
「町内の人はけっこう参加表明してくれているんだけど、町外の人にはあんまり浸透してないからさ」
「んーとね、こころは強制的に連れてくるとして……あとふたりくらい、来てくれそうなヤツがいる!」
「あはは。よろしくたのむよ」
「はーいッ」
狛龍を拭いていた布を康平に託し、水緒は行ってきます、と元気よく石段を駆けおりた。
今日は委員会の仕事がある。
そのときにでも渡そう、と水緒はパンフレットをカバンにしまった。
※
環境委員会の仕事とは──。
当番の昼休みに中庭の花に水をやり、構内のゴミを拾うことである。
本日は一年B組が当番ということで、水緒と英二は昼飯を食べて早々、図書室に面した花壇へ水をやりに中庭へとやってきた。
「そういやこの間は、ちょっとおもしろかったよな」
「奥多摩のこと? ちっともおもしろくなんかないよッ。あのあとも、バスのなかで散々怒られてさ!」
「まあそうだけど──でも、あのコウツキとかいう人。あの人いなきゃもっと怒られてたべ? 九死に一生を得たって感じで、わりと記憶に残る日だったよ」
「う、…………ん。忘れられない日になったのはたしかだな」
なにせ水緒にとっては、あのときに入手した欠片をきっかけに、重大な任務を背負ってしまったのだから。
ぼうっと思いを馳せる水緒の手が、同じ場所に三度じょうろをかたむけた。
もういらないよぉ。
という声に我に返る。花壇のポピーが悲鳴をあげたらしい。
「あっ、ゴメン。あげすぎてたね」
「は?」
「え? あ、ちょっとポピーに……」
「アンタってわりと変なやつって言われない?」
「うるさいなっ」
とじょうろを振りかざす。
それと同じくして、近場の窓がカラカラと開いた。
「やっぱお前らか」
図書室の窓である。
そこからひょこりと顔を覗かせたのは、片倉大地であった。片手には読みかけらしく栞がはさまった本がある。水緒はエーッ、と目を丸くした。
「いちばん図書室に馴染みのない顔がいる」
「うるせえな。図書委員の当番なんだよ」
「図書委員──ってことは」
水緒が大地のうしろに目を向けると、案の定貸出カウンターには新田こころの姿もある。
いつものごとく大きく手を振った。
「こころ!」
「だからぁ」
バシ、と水緒の頭を本で叩く。
「お前の声がすげえ響くんだって。図書室は静かにって小学校で習わなかったのか」
「…………ゴメンナサイ」
「つってもとくに人いねえじゃん」
英二は窓からなかを覗いた。
図書室にはこころと大地のほか、居眠りをする生徒が数名いるのみである。本を読む場として利用している生徒はとくに見受けられない。
「まあね。高校の図書室ほど使われねえ施設ってねえと思うよ、おれ」
「あっ。じゃあちょうどよかった、こころも呼んできてよ。ちょっとアンタたちに話があるの」
「え? ああ、…………新田ァ」
大地が声をかける。
真剣に本を読みふけっていたこころが、パッと顔をあげてこちらを見た。どうやら水緒や英二の存在にようやく気が付いたようで、すこしおどろいた顔をしている。
「あれ、水緒」
「へへへ。環境委員のお仕事中なのだ」
「ああ……そっちも?」
「まあね。ていうか──俺らちゃんと話したことなかったよな。石橋英二、いつも大地がお世話になってます」
「新田こころ。こちらこそいつも水緒がお世話になってるみたいで」
とほくそ笑むふたり。
水緒と大地は顔を見合わせて、
「どーゆーことよ」
「釈然としない」
と愚痴をこぼした。
「それで、話っていうのは──」
気を取り直した水緒が、カバンからパンフレットの束を出す。
滝行体験、と書かれたそれを見て、長年の付き合いであるこころは察したらしい。なにも言わずに図書室の奥へと引っ込もうとする。
かくいう水緒も、その行動はお見通しだ。ふふんと笑って窓越しにパンフレットを突きつける。
「こころはもう参加決定してるから」
「え、やだよ寒いし。なんで私が」
「あたしの友だちだからだよ」
「…………」
うんざりした顔で押し黙るこころを見て、逆に興味が沸いたようだ。大地はじっくりとパンフレットを覗きこんだ。
「へえ、大龍神社ってお前んちだっけ。滝行ってあれだろ? 滝に打たれるやつだろ。おもしろそうじゃん」
「じゃあ片倉くんは参加してくれるんだね! ねえだったら石橋くんもいいでしょ、すっごく気持ちいいんだよ。白い襦袢で打たれるから私服の心配もしなくていいし!」
「えー」
英二はちらりとこころに視線を移し、ふたたび水緒を見た。
「それって男女いっしょに打たれんの?」
「ウン。滝行に性別なんか関係ないからね!」
「それで、白襦袢なの」
「うん? そうだけど」
「しかたねえ」英二は大儀そうに空を仰ぐ。「新田さんが行くんなら、行くかぁ」
「…………」
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