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第二章 遺した意思
31話 敗者の葛藤
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──なにも言うことはない。
──お前たちはよくやった。がんばった。
──今日の敗北はなににも恥じることのない結果だ。
──連覇だけが栄誉ではないことを、今日のお前たちがおしえてくれた。
──ありがとう。ありがとう……。
────。
昨日の話である。
バチン、とホッチキスが紙を留める。
会議室の一角に積み上げられた冊子の束は、来週のセミナーに使用する資料である。あと二冊まとめれば帰れる──と、井龍孝臣はラストスパートをかけ、手早く冊子をまとめた。
お疲れ様です、と声をかける。
フロアには数人の残業仲間がパソコンとにらめっこしている。井龍のあいさつに、彼らは疲れた顔でふり返り、おつかれさんとねぎらいをくれた。
人に恵まれた職場だとおもう。
井龍はホッと息を吐いて職場を出た。電話が鳴ったのは、ちょうどそのころのこと。見知らぬ電話番号に躊躇するも、通話ボタンにふれる。
『もしもし、お久しぶりです……』
消え入りそうな声。
聞いた瞬間にわかった。この十年間ずっと、胸にわだかまっていたたったひとつの心残りだということが。
電話口の声は、聞きたいことがあるので近々会えないかと言った。おなじくこちらも、心残りを解消したいからと快諾。明日にでもこちらから出向くと告げると、彼女はとあるマンションの一室を指定した。
場所を聞くかぎり高級一等地である。
そんなに稼いでいるのか──とおもいながら了承し、電話を切った。
ここ数年、鬱々とした日々がつづいていたが、ようやく一歩前に踏み出せそうだ、と。井龍は足早に家路についた。
────そして、今日。
そびえるタワーマンションにおどろきつつ、レセプションカウンターで来訪の意を告げると、受付嬢はパッと笑みを浮かべて「うかがっております」とエレベーターへ通してくれた。
おいおい、どういうことだ。
ここ十年と消息不明だった彼女が、なぜこんなところに?
あの腕ならプロになったとしてもおかしくないが、ならば自分が知らぬはずもない。
いったい──。
と、ぐるぐる考えながらエレベーターで上階へ。指定の部屋前へたどりつき、インターホンを押した。
一度目で反応がなかったため、もう一度。
すると部屋のなかから荒々しい足音がきこえ、これまた荒々しく扉がひらいた。
「チッ。いらっしゃい──」
凶悪な顔相で、心にもないことを言ったその人は、まさかの世界ランカー、大神謙吾プロだった。
※
「チッ、とはなんだ。チッ、とは!」
井龍が眉をつりあげた。
伝説と謳われた第四十六回全国選抜決勝戦、大神とS1で対戦した、元桜爛テニス部エースである。
大神のことは中学三年の夏から知っていた。その腕に追い付きたくて、追い越したくて、桜爛テニス部に入ったというのもある。大人になったいまでも、仕事の関係上、たまに顔を合わせることもあったのだが──。
これほど不機嫌にぶすくれた彼もめずらしい。いまはソファにころがってふて寝している。
ホンマにごめんな、と伊織は真っ赤な顔でテーブルへと誘導した。
「きのう忽那クンと呑んで、深酒祟って二日酔いやねん。やーたすかった」
(たすかった?)
「アレのことは気にせんと、まあゆっくりしていき!」
「あ、ああ。いや、というか七浦おまえ──大神と同せ」
「ちがうッ」鬼気迫るいきおいで否定した。
「そこんとこはこれからくわしく話すから! はよ座って!」
「は、はい」
これまでの経緯を聞いた。
なぜ東京へ帰ってきたのかについては濁されたが、 結局のところ、大神の『してやりたがり』精神が発動したということだろう。井龍はこっくりとうなずいた。
「そうか、天城から聞いたのか」
「桜爛テニス部のコーチになったんなら、一度声かけたほうがええって。忽那クンのこともあまリン経由やったんよ。ホンマそつのない後輩やで」
「そうだな。ほんとうに、また会えてよかった」
「うん。……」
変わらんなあ、と井龍はおもった。
もちろんそれなりに大人びた顔にはなったが、彼女のまとう雰囲気は十年前とそう変わらない。むかしから、輪の中心にいることが多かった。
華があるとおもったものだった。──それは、彼女の姉もおなじだったけれど。
「きのうも夜遅くにごめん。忘れんうちに声かけたろ思て」
「いやむしろよかった。その、言ってた紙袋のことだけどな。俺もこの十年、話してえとおもってたんだ。俺にとってはアレが彼女の忘れ形見になったわけだから。……」
井龍は、おだやかにわらった。
彼もまた忽那とおなじく、十年前に囚われたまま大人になったうちのひとりである。マネージャーの死と桜爛の敗北は、高校生だった当時の彼にとって多大なダメージとなった。
が、その前に伊織は現在の井龍についてを聞きたがった。
伊織もふくめてだれもがプロ入りを果たすだろうと見ていた井龍だが、大学時代に肘を故障。プロ入りはドクターストップがかかり断念。いまではプロテニス協会の協会員として、プロテニス界に貢献している。
「といっても、ふつうにテニスはできる。プロのように試合漬けの毎日を送ったらこんどこそテニス自体出来なくなる、って言われてな」
「そうやったんや。どうりで、いつまで経っても井龍プロって名前を聞かへんかったわけやね」
「一生テニスができなくなるくらいなら、プロじゃなくたって、高みのテニスをする場所はほかにもあるからな。──なんて、そう腹落ちできたのは最近だがよ」
「肚から納得するには、そら、かかるわな」
「長かった。アイツの」ソファにころがる大神を見る。
「活躍を聞くたびにうれしい気持ちと、俺だって、って気持ちと、半々くらいだった。いまはもうそんなことはねえが、怪我したと聞いたときはザマァミロとおもったよ」
ワハハ、と井龍は豪快にわらう。
伊織は、クスッとほほえんだ。学校はちがえども、かつておなじフィールドでがむしゃらにおのれのテニスを研鑽した仲間たちは、それぞれの葛藤を越えて──あるいは現在進行形に壁をよじのぼって──見えない未来をあるく。
心強いことだと、伊織はおもった。
「それであの紙袋、中身見たか?」
「ううん。優勝時以外開封厳禁って書いとったから、部員のみんな律儀に開けんとまたしまったみたい」
「そうか。フ、俺も病室で渡されたとき中を見ようとしたら怒られた」
井龍は、うれしそうにわらった。
──亡くなる数か月前から、愛織は入院していた。
とはいっても命にかかわるような重病ではなかったため、検査に異常がなければすぐにでも退院できる容態だったのだが。
井龍が愛織と最期に会ったのは、関東大会前。
その際にひとつの紙袋を受け取ったのだった。紙袋をあけようとしたらおおきな声で制止してきたので、病み上がりで大声を出すな、と叱ると彼女は眉を下げて言った。
優勝するまで開けてはならないこと。
優勝を逃したら、開封は来年度に持ち越すこと。
中身は──桜爛テニス部の伝統であること。
桜爛テニス部の伝統といえば、全国王者という称号に他なるまい。しかし愛織からすると、称号だけでは物足りないからと、それをカタチにしたのだという。
桜爛の伝統。
下に受け継ぐものが中身ではなく紙袋にならぬよう、かならず全国優勝すると約束した井龍に、聖母のような笑みで「待ってる」といった彼女の顔を、いまでもおぼえている。──
「そのあとすぐに彼女が亡くなって、優勝も逃して、……俺たちはほんとうにその紙袋を下へ受け継ぐことになっちまったわけだ」
「才徳が相手でざんねんだったな」
ソファに突っ伏したまま大神がぼやく。
黙っとき、と伊織のきびしい声がとぶ。彼はそのまましずかになった。
「で、その後の後輩たちも度重なる才徳の邪魔によって優勝ならず──ちゅうわけか」
「まあ、なさけないことだがそういうことだ。それにいまじゃ都大会だって勝ちあがれないんだって? なんてことだ」
「まあ見ててや。うちがこれからめきめき伸ばしたるさかいに」
「ははっ、たのもしいな」
井龍はからっとわらった。
それと同時に、大神がおもむろにソファから起き上がる。そのままダイニングチェアに座る伊織のとなりに腰かけた。表情を見るに、二日酔い(あるいは肚に据えた多大な不満)はだいぶましになったらしい。
ふだんの彼らしく、優雅に長い脚を組み、余裕のある表情でふたりの話のつづきを待っている。
話は、現状の桜爛テニス部に至った経緯に移った。
「それについては──桜爛テニス部が落ちぶれたのは、」
俺たちに責がある、と井龍はつづけた。
「全国大会、あの試合がおわったあとで顧問の先生にいわれた。『連覇だけが栄誉ではない』と。俺たちはそれを聞いて、どうにも、情けなくなっちまった。先生はよかれとおもって言われたのだろうが、……」
「まあ」大神が口をひらいた。
「結果に固執していたお前らからしたら、全否定されたようにもとれただろうな」
「そう。そう、受け取ってしまった」
「でもそれって全国王者らしい戦いぶりやったって意味ちゃうの。王者は逃したけど、その貫禄はたしかにあったって、そういうこと言いたかったんちゃうの?」
「いま思えばそうなんだろうな。でも、当時の桜爛テニス部は結果がすべてだったから。戦いぶりがどうであろうと、チームとして負けたということはつまり、桜爛の手が『王者』を放したということ。その瞬間から、桜爛の伝統なんてものはなくなったんだ」
だから、と井龍はくるしそうに言った。
「俺も含めたメンバーは、表向きは桜爛テニス部を再興しようと動きは見せたが、野呂さんに追い返されたことを言い訳にしてだんだん桜爛に近寄らなくなった。いや、近寄れなくなっていった。──俺たちのまもった桜爛テニス部はどこにもない、と。どこかでおもってしまっていたのかもしれない」
──お前たちはよくやった。がんばった。
──今日の敗北はなににも恥じることのない結果だ。
──連覇だけが栄誉ではないことを、今日のお前たちがおしえてくれた。
──ありがとう。ありがとう……。
────。
昨日の話である。
バチン、とホッチキスが紙を留める。
会議室の一角に積み上げられた冊子の束は、来週のセミナーに使用する資料である。あと二冊まとめれば帰れる──と、井龍孝臣はラストスパートをかけ、手早く冊子をまとめた。
お疲れ様です、と声をかける。
フロアには数人の残業仲間がパソコンとにらめっこしている。井龍のあいさつに、彼らは疲れた顔でふり返り、おつかれさんとねぎらいをくれた。
人に恵まれた職場だとおもう。
井龍はホッと息を吐いて職場を出た。電話が鳴ったのは、ちょうどそのころのこと。見知らぬ電話番号に躊躇するも、通話ボタンにふれる。
『もしもし、お久しぶりです……』
消え入りそうな声。
聞いた瞬間にわかった。この十年間ずっと、胸にわだかまっていたたったひとつの心残りだということが。
電話口の声は、聞きたいことがあるので近々会えないかと言った。おなじくこちらも、心残りを解消したいからと快諾。明日にでもこちらから出向くと告げると、彼女はとあるマンションの一室を指定した。
場所を聞くかぎり高級一等地である。
そんなに稼いでいるのか──とおもいながら了承し、電話を切った。
ここ数年、鬱々とした日々がつづいていたが、ようやく一歩前に踏み出せそうだ、と。井龍は足早に家路についた。
────そして、今日。
そびえるタワーマンションにおどろきつつ、レセプションカウンターで来訪の意を告げると、受付嬢はパッと笑みを浮かべて「うかがっております」とエレベーターへ通してくれた。
おいおい、どういうことだ。
ここ十年と消息不明だった彼女が、なぜこんなところに?
あの腕ならプロになったとしてもおかしくないが、ならば自分が知らぬはずもない。
いったい──。
と、ぐるぐる考えながらエレベーターで上階へ。指定の部屋前へたどりつき、インターホンを押した。
一度目で反応がなかったため、もう一度。
すると部屋のなかから荒々しい足音がきこえ、これまた荒々しく扉がひらいた。
「チッ。いらっしゃい──」
凶悪な顔相で、心にもないことを言ったその人は、まさかの世界ランカー、大神謙吾プロだった。
※
「チッ、とはなんだ。チッ、とは!」
井龍が眉をつりあげた。
伝説と謳われた第四十六回全国選抜決勝戦、大神とS1で対戦した、元桜爛テニス部エースである。
大神のことは中学三年の夏から知っていた。その腕に追い付きたくて、追い越したくて、桜爛テニス部に入ったというのもある。大人になったいまでも、仕事の関係上、たまに顔を合わせることもあったのだが──。
これほど不機嫌にぶすくれた彼もめずらしい。いまはソファにころがってふて寝している。
ホンマにごめんな、と伊織は真っ赤な顔でテーブルへと誘導した。
「きのう忽那クンと呑んで、深酒祟って二日酔いやねん。やーたすかった」
(たすかった?)
「アレのことは気にせんと、まあゆっくりしていき!」
「あ、ああ。いや、というか七浦おまえ──大神と同せ」
「ちがうッ」鬼気迫るいきおいで否定した。
「そこんとこはこれからくわしく話すから! はよ座って!」
「は、はい」
これまでの経緯を聞いた。
なぜ東京へ帰ってきたのかについては濁されたが、 結局のところ、大神の『してやりたがり』精神が発動したということだろう。井龍はこっくりとうなずいた。
「そうか、天城から聞いたのか」
「桜爛テニス部のコーチになったんなら、一度声かけたほうがええって。忽那クンのこともあまリン経由やったんよ。ホンマそつのない後輩やで」
「そうだな。ほんとうに、また会えてよかった」
「うん。……」
変わらんなあ、と井龍はおもった。
もちろんそれなりに大人びた顔にはなったが、彼女のまとう雰囲気は十年前とそう変わらない。むかしから、輪の中心にいることが多かった。
華があるとおもったものだった。──それは、彼女の姉もおなじだったけれど。
「きのうも夜遅くにごめん。忘れんうちに声かけたろ思て」
「いやむしろよかった。その、言ってた紙袋のことだけどな。俺もこの十年、話してえとおもってたんだ。俺にとってはアレが彼女の忘れ形見になったわけだから。……」
井龍は、おだやかにわらった。
彼もまた忽那とおなじく、十年前に囚われたまま大人になったうちのひとりである。マネージャーの死と桜爛の敗北は、高校生だった当時の彼にとって多大なダメージとなった。
が、その前に伊織は現在の井龍についてを聞きたがった。
伊織もふくめてだれもがプロ入りを果たすだろうと見ていた井龍だが、大学時代に肘を故障。プロ入りはドクターストップがかかり断念。いまではプロテニス協会の協会員として、プロテニス界に貢献している。
「といっても、ふつうにテニスはできる。プロのように試合漬けの毎日を送ったらこんどこそテニス自体出来なくなる、って言われてな」
「そうやったんや。どうりで、いつまで経っても井龍プロって名前を聞かへんかったわけやね」
「一生テニスができなくなるくらいなら、プロじゃなくたって、高みのテニスをする場所はほかにもあるからな。──なんて、そう腹落ちできたのは最近だがよ」
「肚から納得するには、そら、かかるわな」
「長かった。アイツの」ソファにころがる大神を見る。
「活躍を聞くたびにうれしい気持ちと、俺だって、って気持ちと、半々くらいだった。いまはもうそんなことはねえが、怪我したと聞いたときはザマァミロとおもったよ」
ワハハ、と井龍は豪快にわらう。
伊織は、クスッとほほえんだ。学校はちがえども、かつておなじフィールドでがむしゃらにおのれのテニスを研鑽した仲間たちは、それぞれの葛藤を越えて──あるいは現在進行形に壁をよじのぼって──見えない未来をあるく。
心強いことだと、伊織はおもった。
「それであの紙袋、中身見たか?」
「ううん。優勝時以外開封厳禁って書いとったから、部員のみんな律儀に開けんとまたしまったみたい」
「そうか。フ、俺も病室で渡されたとき中を見ようとしたら怒られた」
井龍は、うれしそうにわらった。
──亡くなる数か月前から、愛織は入院していた。
とはいっても命にかかわるような重病ではなかったため、検査に異常がなければすぐにでも退院できる容態だったのだが。
井龍が愛織と最期に会ったのは、関東大会前。
その際にひとつの紙袋を受け取ったのだった。紙袋をあけようとしたらおおきな声で制止してきたので、病み上がりで大声を出すな、と叱ると彼女は眉を下げて言った。
優勝するまで開けてはならないこと。
優勝を逃したら、開封は来年度に持ち越すこと。
中身は──桜爛テニス部の伝統であること。
桜爛テニス部の伝統といえば、全国王者という称号に他なるまい。しかし愛織からすると、称号だけでは物足りないからと、それをカタチにしたのだという。
桜爛の伝統。
下に受け継ぐものが中身ではなく紙袋にならぬよう、かならず全国優勝すると約束した井龍に、聖母のような笑みで「待ってる」といった彼女の顔を、いまでもおぼえている。──
「そのあとすぐに彼女が亡くなって、優勝も逃して、……俺たちはほんとうにその紙袋を下へ受け継ぐことになっちまったわけだ」
「才徳が相手でざんねんだったな」
ソファに突っ伏したまま大神がぼやく。
黙っとき、と伊織のきびしい声がとぶ。彼はそのまましずかになった。
「で、その後の後輩たちも度重なる才徳の邪魔によって優勝ならず──ちゅうわけか」
「まあ、なさけないことだがそういうことだ。それにいまじゃ都大会だって勝ちあがれないんだって? なんてことだ」
「まあ見ててや。うちがこれからめきめき伸ばしたるさかいに」
「ははっ、たのもしいな」
井龍はからっとわらった。
それと同時に、大神がおもむろにソファから起き上がる。そのままダイニングチェアに座る伊織のとなりに腰かけた。表情を見るに、二日酔い(あるいは肚に据えた多大な不満)はだいぶましになったらしい。
ふだんの彼らしく、優雅に長い脚を組み、余裕のある表情でふたりの話のつづきを待っている。
話は、現状の桜爛テニス部に至った経緯に移った。
「それについては──桜爛テニス部が落ちぶれたのは、」
俺たちに責がある、と井龍はつづけた。
「全国大会、あの試合がおわったあとで顧問の先生にいわれた。『連覇だけが栄誉ではない』と。俺たちはそれを聞いて、どうにも、情けなくなっちまった。先生はよかれとおもって言われたのだろうが、……」
「まあ」大神が口をひらいた。
「結果に固執していたお前らからしたら、全否定されたようにもとれただろうな」
「そう。そう、受け取ってしまった」
「でもそれって全国王者らしい戦いぶりやったって意味ちゃうの。王者は逃したけど、その貫禄はたしかにあったって、そういうこと言いたかったんちゃうの?」
「いま思えばそうなんだろうな。でも、当時の桜爛テニス部は結果がすべてだったから。戦いぶりがどうであろうと、チームとして負けたということはつまり、桜爛の手が『王者』を放したということ。その瞬間から、桜爛の伝統なんてものはなくなったんだ」
だから、と井龍はくるしそうに言った。
「俺も含めたメンバーは、表向きは桜爛テニス部を再興しようと動きは見せたが、野呂さんに追い返されたことを言い訳にしてだんだん桜爛に近寄らなくなった。いや、近寄れなくなっていった。──俺たちのまもった桜爛テニス部はどこにもない、と。どこかでおもってしまっていたのかもしれない」
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