R.I.P Ⅲ ~沈黙の呪詛者~

乃南羽緒

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第五夜

第27話 友情の事

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 霧崎秋良と黒須景一、浅利博臣は幼馴染だった。
 幼いころはよく三人で遊んだが、中学も終わりごろになると秋良と景一は家庭環境のためか、反抗期をきっかけに不良少年へと変貌。おなじ趣の友人たちとつるむようになる。見た目こそ少しいかつくなったものの、いたって真面目な学生生活を望んだ博臣とは徐々に疎遠になった。
 とはいえふたりと幼馴染だという噂は周知の事実であり、学校中でサボりまくる彼らを連れ戻すよう使いを言い渡されたことも一度や二度ではない。彼らの容姿と派手な行動ゆえ、学年を越えて目立っていた彼らと絡むのは、当時の博臣には苦痛であった。
 ふたりの反抗期がようやく雪解けを迎え、博臣の交流が再開したのは高校も終わりごろ。大学進学や就職といったそれぞれの道へ進んだものの、博臣と秋良が早い時期に家庭を持ったこともあって、とくに子どもが生まれてからは家族ぐるみでの交流が盛んになった。
 すっかり子煩悩な父親へと進化を遂げた秋良。
 博臣と疎遠だったあいだもずっと彼のそばにいた景一は、生来の子ども好きも相まって『秋良の愛娘は俺の娘』──と豪語し、霧崎夫妻のもとに生まれた女児──一花を溺愛した。
 この先も、こんな家族ぐるみでの交流が続くものとおもっていた。
 しかし一花誕生から三年後、暑い夏の日、すべてが崩れた。

 ──秋良たちが帰ってこねえ。

 宝泉寺に入った一本の電話。
 半泣きの声で、博臣に助けを求めたのは景一だった。
 曰く、霧崎一家がかねてより付き合いのあった仲間と外国まで慰安旅行に行った。一花在ると聞けば黙ってはいない公認ストーカーもとい保護者役の景一も、当然同行するつもりでいたそうだが、旅行当日に運わるく風邪をこじらせて欠席をした、と。
 帰国日になっても帰ってこないため、慰安旅行に参加したであろう仲間に連絡をとったが、いずれもつながらず。気がつけば旅行の参加者全員が行方不明という状況になっていたのだとか。
 警察に通報後、慰安旅行先などにも問い合わせたものの、使用したはずの航空会社などになぜか情報がなく捜査は難航。彼らは文字通り、忽然と消えてしまったのであった。
 その後まもなく景一は仕事を辞め、彼らが消えたとされる慰安旅行先へと飛び立った。博臣に「かならず見つけて戻る」と手紙を残して。
 集団失踪事件からおよそ四年。
 いったいどのような経緯があってか、ある日突然、一花は古賀夫妻に連れられて帰って来た。ちなみに古賀の夫はもともと高校の同級生で、不良少年時代の秋良らとよくつるんでいた男だった。
 彼らは、
「友人の忘れ形見だ」
「責任をもって育てる」
「なにより、黒須景一にも頼まれた」
 と一方的にまくしたて、齢七つの一花を引き取ったのである。
 その後博臣が、事の真相を問いただそうと景一に連絡をとるも居場所わからず、やがて音信不通となって現在にまで至っていた。──

「けっきょく一花の親の事件は、消息はおろかバスの痕跡も何もかも発見されずに、現在に至るまで集団失踪事件として迷宮入りなんだそうだ」
 と。
 ここまで端的に語ったのは将臣。
 夜の公園、ブランコに腰かける聞き手は藤宮恭太郎である。つい先ほど、電話で呼び出されるなりこんな話を聞かされた。恭太郎は半目に細めた瞳で虚空を見上げてから、
「ほお」
 と気の抜けた返事をした。
「いまの話を聞いて、驚いたことがみっつある。ひとつはもちろんイッカの境遇についてだけど──ふたつめはおまえの両親だ。和尚はともかく、司ちゃんが僕の耳やお前の勘に気付かれず、今日まで過ごしてこられたこと」
「ああ、それは──母さんの性格があれだからだろう。一花が霧崎の子ってことも、夫妻が行方不明なことも知っていたけど、あの人がこの件で日々願っていたのは一花の幸せただひとつだった。その音はお前も聞こえていたとおもうよ」
「言われてみれば、不自然なくらいに」
「だよなぁ。おれも妙に一花に対して過剰だとはおもってたんだ。てっきり女の子が欲しかったからかと思ってたけど」
「そう。驚いたことのみっつめはそこだ」
「あ?」
「記憶力が無限容量のおまえが、小さいころにイッカと会っていたにも関わらず今日まで人違いだと思っていたことだッ。おまえ、ふだんの勘の良さはどこいったんだ?」
 と、恭太郎はビー玉のような瞳がこぼれ落ちそうなほど目を開けて、となりに立つ語り手を見上げる。
 将臣は嫌な顔をした。
「無茶言うな当時まだ三歳だぞ。そりゃ──いっかちゃんのことは覚えていたけど。一花と会ったときにそこを結び付けるのは無理があるよ。三歳のころと比べると、いま思えば一花はずいぶん──変わったから」
「どんなふうに?」
「うーん、まあ隣にお前がいたからっていうのもあるかもしれないけどな。こんな変人が知り合いにいてたまるかっていう感じで」
「変人という意味ではお前も相当だからな」
「そんなことはどうでもいい。このこと、一花に言うか?」
 と、ブランコの横に立つ将臣が恭太郎を見下ろす。
 うーん、と恭太郎はふたたび目を細めた。
「わざわざ僕が言わずとも、そう遠くないうちにイッカも知ることになるさ。あのおじさん、とうとう動き出したみたいだから。ええっとなんだ。『ケイたん』か?」
「ああ──」
 景一さん、か。
 将臣の脳裏に昼過ぎの光景がよぎった。立ち尽くす父が見送る目線の先、かすかに見えた黒いセダンの車。おそらくはあの中に黒須景一がいたのだろう。そう、自身がまだ三歳だったころに宝泉寺へと遊びに来ていた男。
 ──まアくん!
 将臣を高々と空にかかげ、溢れるような笑みを浮かべて将臣を見上げていたじつにハンサムな男。彼は──父や母から景一と呼ばれていた。
「あの面会室のなかに、景一さんがいたのか」
「おまえもさっさと顔を出せばよかったのだ」
「…………」
 見上げてきた恭太郎に苦笑を向けて、将臣はゆるりと首を振る。
「会ったところで。たぶん、おれには分からなかったよ。あの人は万に一つ気づいてくれたかもしれないけどな」
「それで言ったもの持ってきたか?」
 唐突に話が変わった。
 言ったもの、というのは将臣が電話をかけた際に恭太郎が「会うならば」と注文してきたものである。将臣はポケットからそれを取り出した。手中でチリンと音が鳴る。
「これだろ」
「おお。いいな、このくらいのサイズがちょうどいい」
「鈴なんてどうするんだ」
「あげるのさ」
「あげる? ──ああ」
 言われずとも分かった。
 恭太郎はにっこりわらって、鈴をつまんだ。
「声が出ないなら音を出せばいいって、言っちまったからなア。これならいいだろ」
「これほどマメな男だったとは」
「ウルサイ。じゃあ明日な。まほろば」
「ん。ん?」
「講義終わったら行くぞ」
「おれも?」
「だアからァ」
「恭太郎在るところおれたち在りか。──」
 めんどうくさい。が、それもよい。
 将臣はめずらしく屈託なくわらって「わかったよ」と言った。
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