執着の勇者と贖罪の魔王~赤い瞳は愛欲に燃える~

ツジウチミサト

文字の大きさ
3 / 16
1「勇者」と「魔王」

3

しおりを挟む
「『勇者』ならば、私の首を取って王に差し出せばいいだろう。昔のよしみで情けをかけたつもりか?」

 内心の混乱と動揺をひた隠し、イルフィは居丈高な態度でハヴェルを睨みつける。

 元より再会するつもりなどなかった。『魔王』に楯突く『勇者』であるならばなおさら、彼と昔のように心やすい間柄に戻ることなど叶わない。

 かつては家族同然に暮らし、実の兄弟よりも親密であった仲なのに、イルフィはそんな過去をわざと踏みにじるかのように、長年演じ続けてきた露悪的な「魔王」の仮面を外さなかった。

「ひどいな、やっとイルフィを『魔王』から解放してあげられたのに。人間の討伐の対象になることもないし、下剋上を狙う魔物達に寝首をかかれる心配もないんだよ」

 僕はイルフィを助けてあげたんだ。

 覗き込んでくるハヴェルとの距離が至近にまで近づく。

 呼吸が頬をくすぐるほどの間近に迫られ、イルフィは緊張で、そしてあろうことかハヴェルの色香に当てられて、肌が粟立つのを感じた。王国の女性達を惑わした甘くも雄を感じさせる美貌は、混乱の中にあるイルフィの目にすら美しく映る。

「僕はイルフィを取り戻したかった。僕を捨ててどこかにいってしまったイルフィをずっと探してたんだ。魔王イルフィニアンがイルフィだと知って、じゃあ『勇者』になれば会いにいけると思った。……そのためなら、何だって出来たよ」

「そんな、ことのために?」

 彼を危険に巻き込まないために別れたのに、それが逆に自分への執着心を生んでしまっただなんて。イルフィは自分の選択が招いた結果に絶句する。

「“そんなこと”なんかじゃない。世界で一番大切なことだ。この世にたった二人だけ生き残った、大事なイルフィに会うことだけが、僕を支えてきたんだよ」

 イルフィ、好きだよ。イルフィ、どこにも行かないで。
 ねえイルフィ、どうして僕を置いていくの。
 行かないでよ、イルフィ――――!

 イルフィが彼を『捨てた』時、ハヴェルは泣いていた。

 呼び覚まされた罪悪感が胸を苛み、イルフィはハヴェルの視線から逃げてしまう。

 身を切られるような思いで泣きじゃくる子どもに背を向け、イルフィは人間としての自分を捨てたのだ。
 魔物達を統べる『魔王』となって、自分達を悲劇の底に突き落とした人間達に復讐するために。
 そしてそんな危険な道に、まだ幼かった彼を巻き込まないために。

 だから、『勇者』として乗り込んできたのがハヴェルだと気づいた時には、この上なく驚愕した。どうしておまえが。何故人間の味方である『勇者』なんかになって私の元へ。動揺が隙を生み、『魔王』は『勇者』の剣に貫かれた。

 しかしその一撃はイルフィの体を貫通したかに見えて、実際には魔力を封印する呪文を刃にこめた技だった。

 ――――魔法剣。

 それは魔力と剣技を融合させた高度な術。本来ならば、魔物達の中でも剣技に秀でた一握りのものだけが使い得る奥義だ。

 人間であるはずのハヴェルが魔法剣を使ってくるなど、イルフィは想定もしていなかった。

 魔力をもたなければ魔法剣は使えない、しかし人間が魔力をもつなど有り得ない。

 つまりハヴェルもまた、イルフィと同様に自身の血の中に眠る魔力を無理矢理目覚めさせたのだろう。魔物由来の異能を力の源にしていることを隠しながら、『勇者』として再びイルフィと相見えるために。

「やっと会えたね、イルフィ」

 ハヴェルが両手で頬を包み込み、洞窟で聞いたのと同じ言葉を、万感の想いを込めてイルフィの唇に注いだ。

「んっ……んうっ」

 かつて交わしていた親愛の挨拶とは違う、愛欲の味がする深い口づけにイルフィは身を捩って抵抗した。

「ハヴェル、やめろ。おまえとこんなことをするつもりは」
「僕はある」

 するり、と。頬から首筋に滑った掌の感触に、イルフィはぞくりと背筋を波打たせた。
 その手は布の上から鎖骨を、肩口を撫で、なだらかな胸へと下っていく。

「イルフィ、全然変わってないね。魔物になって体の時間が止まったから当たり前なんだろうけど。昔の綺麗なイルフィのままでいてくれて、嬉しいな」

 掌の辿り着いたところにハヴェルが顔を寄せ、布越しの乳首に細い息を吹きかける。ビクリ、と震えた小さな粒はみるみる硬さを増し、まるで口に含んでくださいとばかりに膨らみを大きくした。

「な、何をする!」

 露骨に性的な振る舞いに、イルフィは思わず声を荒げた。
 しかし何より動揺したのは自分の体の反応だ。成長したとはいえ弟同然の彼にオスを感じてしまうだなんて、あまりにも恥知らず過ぎる。

「つれないな。子どもの頃は一緒に寝てくれたじゃない」

 ハヴェルは気にする風もなくゆっくりと胸から顔を上げ、甘い瞳を細めてイルフィを熱っぽく見つめた。

「君に捨てられた僕が絶望せず生きてこられたのは、君と再会することを……そして君を男として抱くことを、夢み続けてたからだ」

 ハヴェルはベッドに乗り上げ、イルフィの無防備な柳腰を跨ぐ。

 見下ろす男の顔は、最早メスを前にした獰猛なオスのものだ。黒目がちな瞳に、じわじわと情欲の火が灯っていくのがわかる。

(何で……)

 邪な視線で体を嬲られたことではなく、彼が自分を性の対象として見ていること――そして自分が、その視線にほのかながら快感を得ていることにイルフィは激しく混乱した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

お兄ちゃんができた!!

くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。 お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。 「悠くんはえらい子だね。」 「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」 「ふふ、かわいいね。」 律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡ 「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」 ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。

給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!

永川さき
BL
 魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。  ただ、その食事風景は特殊なもので……。  元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師  まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。  他サイトにも掲載しています。

処理中です...