執着の勇者と贖罪の魔王~赤い瞳は愛欲に燃える~

ツジウチミサト

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3「魔物」と「人間」

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 抱かれているうちに日々は過ぎ、解呪の目処も立たないまま徒に時は流れる。
 ぬかるみのような毎日をイルフィは無為に送っていた。

 初めの頃こそイルフィを片時も離さなかったハヴェルだが、このところは頻繁に屋敷を空けることがあった。大抵は夜中の数時間だが、たまに数日に渡る時もある。
 どこに行っているのかは知らない。イルフィはハヴェルの用意した食料とともに待つばかりで、わざと無関心を装っている。そのくせ、帰ってきた彼が倒れ込むように自分を組み敷いて求めてくると、ひどく安心してしまうのだった。

 一人きりの屋敷は静か過ぎて、孤独から逃れるようにイルフィは大半の時間を眠って過ごした。
 魔力が戻らないか術を色々試してみる時もあったが、結果はやはり無反応。時を止めた肉体は魔物のままなのに、力だけ脆弱な人間に戻ってしまったとは、扱いづらい存在になったものだ。


 一人残される日々を送るうちに、イルフィは気付いたことがある。
 どうやらこの屋敷には、魔物除けの結界が張られているようだ。

 知能の高い高級な魔物ならばいざ知らず、低級の魔物は腹を空かせると、手っ取り早く人里を襲って食料を得ようとする。
 魔物の巣窟ともいわれるこの森の中にあって、故郷の村が平和を保てていたのは、先祖伝来の結界が魔物の侵入を防いでいたからだった。――もっとも、人間には効果がなかったことが災いして、村は攻め滅ぼされてしまったわけだが。

 同様に、この屋敷が平穏を保てているのは、何某かの結界により守られているからだと考えるべきだろう。屋敷の敷地に結界を張る程度のこと、魔法剣を扱えるハヴェルなら出来ても不思議はない。

 彼が魔力を得たのは、『勇者』となってイルフィと再会するため。
 ではそれが果たされた今、彼は己の魔力をどうするつもりなのだろうか。
 そして自分の魔力を封じ込めたまま、自分を――自分達を、この先どうするつもりなのだろう。

(……それを聞いたところで、私が何か出来るわけでもない)

 彼の言うがままになることで、イルフィは自虐的な心の安定を手に入れていた。彼に辱められることで、彼を傷つけた罪悪感から目を背けられる。
 己の身勝手さを自覚しながらも、イルフィは求められるままに快楽に乱れる日々を送っていた。

 



 幾度目かのことか、ハヴェルが家を出て行ってから数日が経っていた。

 イルフィが独り寝から目覚めた時、傍らに気配があった。

「ただいま、イルフィ」

 案の定ベッドの端に腰掛けていたのはハヴェルで、起き抜けで夢現のままのイルフィがぼんやり彼を仰いでいると、彼はイルフィの髪を耳の後ろに流し、頬を唇で軽く食む。
 まるで恋人のような仕草。――恋人? オスとメスの関係ではあるかもしれないが、少なくともイルフィの側にハヴェルへの恋愛感情などない。彼は自分にとっていつまでも「弟」であり、「守らなければいけない幼子」だ。

 愛しては、いると思う。だがそれは、男としてというよりもっと肉親的な愛着。
 大事な大事な、私の愛し児。

(だから『人間』のまま、村の悲劇を忘れて、新しい幸福を見つけていてほしかった)

「……触るな」

 すれ違った気持ちをぶつけ合っても最早どうしようもない。わざと邪険に払おうと手を持ち上げる。

 ところがあえなくその手は捕まり、シーツに押しつけられ――いや、この感触は人の手ではない。もっと弾力に富み、ざらついて、ねばついた感触すらある。

 これは一体、何だ?

「ハハ、目が覚めたみたいだね」

 がばりと身を起こしたイルフィは、自身の手にまとわりついていたものを理解して愕然とした。

 うねうねとのたうつ、幾本もの細長い生き物。指の太さほどの一本一本は、元をたどれば一体に収束している。
 黒光りするそれは蛇に似ているが鱗をもたず目も口ももたず、粘度の高い透明な液をまとっていた。

「これは、魔物……?」
「そうだよ」

 悠然と答えたハヴェルが指を弾くように動かすと、ぬるついた首達が一斉にイルフィの両腕を這い上がる。
 そのあまりの気色悪さに背筋が総毛立った。

「離せっ!」

 肘まで拘束してきたそれをイルフィは乱暴に振り払おうとしたが、数多の首を持つ触手型の魔物は、肌にいっそう絡み付いてくる。

「意思はもたないけど生命力は強い。森で捕まえてきたんだ。操るのに造作もない程度の魔物だよね」
「あやつ、る……?」

 ハッと気づいて目を瞠る。

 口元だけを微笑みに象ったハヴェルの凍りついた瞳は、イルフィの恐ろしい予想が的中していることを雄弁に物語っていた。

「ハヴェル、おまえ……!」

 ――――本物の魔物になるつもりか。

 口にするのもおぞましく、言いさした形で唇が歪む。
 飲み込まれた続きをハヴェルは察したのだろう、戦慄くイルフィの顎を掴んで強引に上向かせた。

「魔物は強い者に従順だ。イルフィも魔物なんだ、わかるよね?」

 重ねられた唇は優しいものの、ひたひたと近づいてくる恐ろしい予感にイルフィは緊張感を漲らせる。

「な、なに……っ!」

 ハヴェルが唇を離すと同時に、魔物が脚にも絡み付いてきた。
 二の腕から腋のくぼみまで、太股を駆け上がって脚の付け根にまで、巻き付き這い上がってきた魔物の触手が、一斉にイルフィの肌を舐め回し始める。

「やっ、くそっ……はうっ」

 粘液のせいで触手がわずか動くだけでも、濡れた舌先でくすぐられているように感じる。性感を呼び起こすその動きにイルフィはゾッとして逃げを打つが、体中を捕らえられて最早手脚の自由すら利かない。
 操っているのはハヴェルなので、イルフィの敏感なところばかりを狙ってくるのもタチが悪かった。

「うっ……ふあっ」

 こんな下等な魔物に感じさせられるだなんて。
 屈辱とは裏腹に、胸や脇腹を触手が撫でるだけで甘い声が上がってしまう。まるで複数の男達にあちこちをまさぐられ、数多の唇に吸い付かれているような輪姦の辱めに、それでもイルフィの体は火がついて、腰が浮くほどの快楽に身悶えた。

 「ああ、いい眺め」

 ベッドに乗り上げたハヴェルが感嘆の声を漏らす。

 それを合図に、イルフィの両脚が触手達によって持ち上げられた。開かれた双丘の間の窄まりが、ハヴェルの眼前に余すところなく晒される。

「あぅっ……!」

 尻の割れ目にまで触手が這ってきて、その濡れた感触のおぞましさにイルフィは身を震わせる。
 触手はさらに後孔の入り口に舌先を伸ばし、固く閉じた蕾をこじ開けるように滑りをぐりぐりと押しつけてきた。

「や、やだ……」

 イルフィの恐怖は本物だった。
 もう幾度となくハヴェルに拓かれた後孔だが、魔物という異物を腹の中にねじ込まれるのは、比較にならない嫌悪感を生む。

「やめろハヴェル、それだけは、そんなのはっ……あうっ!」

 だというのに、ちゅぷ、と先端がめり込むと、メスとしての快感を覚え込まされたそこは触手を美味そうにくわえ込んだ。
 束になって太い男根を模したそれは、浅く出し入れを繰り返し、徐々に肉壁を奥へ奥へと分け入っていく。

「や、ぁあ、あー……」

 意思に関係なく異物を迎え入れ、あまつにはその動きにすら快感を貪ろうとする己の体。
 イルフィは絶望の底に叩き落とされる。

「やめろ……っ、いやだ……」

 いつになく弱々しい悲鳴は、触手が奥をこする頃には嬌声にとって代わられていた。芯を持ち始めた花芯には、細いままの触手がまとわりつき、先端のくぼみをほじくるように執拗な刺激を繰り返している。

「やだ、いやだ……こんなのは……っ!」

 無理矢理高められていく射精感が恐ろしくて、イルフィは頑是ない子どものように激しく首を振る。

 ハヴェルの術によるとはいえ、彼の手や男根以外のモノに犯されるのが何より耐えがたい。しかもそれを彼に鑑賞されるのは、悲しくて悔しくて、やりきれなかった。

(おまえ以外が私を汚しても、おまえは構わないというのか)

 まるで彼に恋心を抱く、初心な乙女のような考え。
 イルフィは自分で自分に驚く。だが腹の中で蠢く異物への嫌悪感に、自分の本心を認めざるを得なかった。

(私は、ハヴェルのことを……男として好いているのか)

 大切な子どもという守る対象としてではなく、自分を愛撫する逞しい体をもつ、大人の男として欲している。
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