紅華

櫻霞 燐紅

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 はっとして、淋子は目を覚ました。どうやらスマホを手にしたまま眠ってしまっていたらしい。目の前には午前中に終わらなかった仕事が机の上に広がっていた。
 昼食の後、空いた時間を自分の机に戻って潰しているうちに寝てしまっていたようだ。だが、まだ昼休み終了には僅かに時間があるらしく、照明は落とされ、窓から入ってくる光のみで、室内は大分薄暗い。
 スマホの時計に目をやれば、昼休み終了まであと五分ほどあるようだった。
 しかし、そんな短い時間でもう一度寝なおす気にはなれず、淋子は受信に失敗したままになっているメールを受信し直すと、それに目を通した。
 どうやら、メールが受信できないために起きたバイブレーションで目を覚ましたようだった。
 何件か溜まっていたメールのほとんどが迷惑メールだったが、そこに紛れて来ていた友達のメールに返信を打つ。
 そんなことをしているうちに時間になったのだろう。電気がつけられ、そのまぶしさに淋子は思わず目を細めた。
 ほかの社員が各々の机に向かうのを見て、淋子も自分の机に向かい直した。午後の業務が始まる。
 淋子は残りの仕事を黙々と進める。現場の時計が午後五時半を指す。それに気付いた淋子は手早く机の上を片付けると、日報に必要事項を書き込んで、席を立った。
「お疲れ様です」
 未だ、各々の仕事の為に机に向かっている社員たちにそう声をかける。
「お疲れ様」
 他の社員たちが口々に淋子にそう返す。
 このバイトのいいところは定時に上がれるということだろう。淋子は着替えを済ませると、早々に会社を後にした。いつもなら、このまま真っ直ぐアパートへ帰るのだが今日は駅の方へ向かう。今夜は珍しく、友達と飲むことになっているのだ。
電車に乗り、友達との待ち合わせ場所へ向かう。友達からのメールに目を通す。どうやら友達の方が先に着いているようだ。
高校時代とあまり変わらない友達を見つけるのは簡単だった。ただ、お互い自他共に認める童顔な為、居酒屋へ入ったときに年齢確認されると面倒だったりはするのだが…
「久しぶり」
「久しぶり」
淋子が声をかけると、スマホをいじっていた男―石川は顔を上げて、淋子にそう返した。
 久しぶりに会った高校の同級生である石川のあまり変わっていない様子に淋子はなんとなくほっとする。
「ところで、どこで飲む?」
「どこにしようか?」
とりあえず、お互いの住んでいる場所の中間辺りを選んで待ち合わせした訳だが、特に店に関してはお互い決めてこなかったのである。
「…どっか、適当に入る?」
「そうだね」
淋子の言葉に石川は頷いた。いつもこの二人で飲むときはこんな感じだ。
そんなに頻繁に会うわけでもない。よくて半年か一年に一回程度である。それでも、続いているのはお互いに異性としてまったく見ていないからだろう。そういった感覚は、悠哉と別れて以来、他の男性と付き合いたいと思えずにいる淋子にとってとても居心地のいいものだった。
二人並んで駅近くの店を物色する。一通り歩き回った後、二人が入ったのは大手居酒屋チェーンの店だった。特にデートというわけでもない。わざわざ洒落た店を探す必要はなかった。
席へ案内されると、淋子はメニューを石川へ渡す。
適当に飲み物やつまみを頼むとお互いの近状報告から始まり、取り留めのない会話を淋子は楽しんだ。
会うのはかなり久しぶりだったが、お互い昔と大して変わっていないのだと実感しあう。こういった時間が淋子は好きだった。お互いに意識していないからこそ出来る相談も話もある。
終電の関係もあって、早々に帰ってきた淋子は久しぶりに穏やかに眠りにつくことができた。
 最近夢見が悪いせいか、どうしても寝ることが怖くて仕方がなかったのだ。それでも体は休息を求める。だから無理やり眠っていた。
 バイトはできるだけ残業して、体を酷使した。そうすれば嫌でも目を瞑っていれば眠りは訪れる。そんな中で久しぶりに気を許せる友達に会ったからだろうか、淋子は久しぶりに穏やかに眠りにつくことができた。
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