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新人魔導師、配属される

同日、10時41分

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 階段をまた下る。
 地下の方が、地上の「家」よりも広々としていた。

「ここは会議室と資料室のあるフロア。昔人数多かったせいで無駄に会議室の数多いけど今はだいたい1番小さいトコ使ってるかな。扉に数字書いてあるからそれ参考にして」
「はい、わかりました」

 やけに広いと感じたのは、人数と面積が合っていないせいか。人気のなさと、響く靴音のせいでホラー映画のワンシーンのようだ。

「で、ここが資料室」

 地下2階の最奥。白い扉の前に立つと、夏希は首元をまさぐって、ネックレスのようにした鍵を取り出した。

「いちおー、ここ重要な資料とかもあるから、鍵がかかってまーす」
「一応、ですか?」

 間違いなく重要な資料であろう。魔導適性のない者は読めない文字で書かれているとは言え、中には危険な術を記したものもある。それが入っている部屋なのであれば、ただの鍵では足りないくらいだ。魔導認証もあるのだろうか。

「ほい」

 天音の予想に反し、鍵だけで扉はすんなりと開いてしまった。

「え、嘘……」
「だから言ったでしょ、いちおーって」

 そこにあったのは、いくつもの本棚―しかし、大半の棚は何も納められておらず、主を探すように空白を主張していた。

「ほとんどがどこの研究所でも手に入る『現代魔導』のバックナンバーと、ウチの子たちの論文。たまーに、発掘されてから第1から第4までの人たちが散々読んだ後来る資料」

 どおりで、ただの鍵しかかけられていないわけだ。
 この研究所に侵入しても、特に得られるものなどないのだから。

「まあ、必要になったら班長以上の子に声かけて。んで、持ってく時はそこの貸出表に名前書いてね。2週間借りられるよ」
「班長以上の方は何名いらっしゃいますか?」
「所長とあたしと、あとは2人。技術班と医療班だけ」
「え、あの、調査班の班長はいらっしゃらないのですか……?」

 調査班とは、名のとおり魔導資料の調査をする者のことだ。研究員に求められる適性の70未満、50以上69の適正値を持つ者は魔導調査師として研究所に所属することができる。また、研究員であっても、魔導探知に優れた者や、重要度が高いとされる魔導資料の発掘の際は調査に赴くことがある。

「いないよ! だからあたしが兼任してる! だから実質4人だけだね」

 それはもう元気よく。明るい笑顔と共に告げられる。

「ウチにいるのは技術班2名、医療班1名、調査班が今のところあたしと所長、あとキミを含めて7名。全員、研究員と兼業」

 人数を聞いて、嫌な予感がした。
 教本の最後の方のページ。魔導調査についての法律の章。
 確か、そう。「魔導調査の際は、10名以上の調査師ないしは魔導解読師以上の人物で行うこと」。

 この研究所は、今日配属された天音を入れて、ようやく10名だ。

「今まで、研究所独自で調査ができていなかったんですか!?」
「そういうコト。だから余計少ないんだよね資料」
「一体、どうやって……」

 人数が減り、資料すらろくにない研究所。
 一体、どのようにして研究を続けていたのだろうか。

「少数精鋭、ウチの子たちは皆優秀だからね。研究と研究の隙間、他のトコの魔導師が書いた論文から、まだ見つけられてない術を見つける……んで、そこから自分の研究に組み合わせていく。そうやって成果を出してきたわけよ」

 説明を終えると、夏希は資料室の鍵を閉めた。

「そういや聞いてなかったね。キミはどんな研究がしたいの?内容によっては、手が空き次第になっちゃうけど別の子を呼ぶよ」
「……あ、ええと」

 一瞬、ピタリと動きが止まってしまったのに、夏希は気づいただろうか。できれば気づかずにいてほしい。

「ま、魔導師の人口分布についてです……」
「あー残念、ウチに似たテーマの子いないなぁ。でもわかるよ、最近割と人気のあるテーマだよね」

 どうやら、夏希は気づかなかったらしい。先ほどと変わらぬまま話を続けている。
 それを見てほっとした様子の天音を、夏希が顔に似合わぬ鋭い目つきで見つめていた。
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