【完結】国立第5魔導研究所の研究日誌

九条美香

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新人魔導師、配属される

同日、9時13分

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 双子が天音を連れ出したころ、医務室に真っ白な光の玉が現れた。
 光の玉はゆっくりと形を変え、やがて小さな人影となる。

「うわ、もう追い出したの?」

 現れたのは夏希だった。瞬間移動の術で室内へ入ったのだ。慣れているのか、はたまた諦めているのか。そのことに驚きもせず、雅は本を読みながら答えた。

「すぐに去る輩に話すことなどないわ」
「えー、雅も転属に1票?」
「あの様子なら転属すらままならぬじゃろう。適性値低下で退職じゃ」
「あ、そっちね。透と一緒だ」

 夏希はどさりと音を立ててベッドの上に座った。その表情はなぜか楽しげである。

「その割には、ヒントはあげたんだ?」
「……何のことじゃ」
「わざわざ双子がいるトコに飛ばしたじゃん? わかりやすくメモまでよこしてさ。医療魔導以外苦手なクセにぃ」
「覗き見か。趣味の悪い」
「ヒントは否定しないのね」
「……ちっ」

 小さな舌打ちの音に、夏希は笑う。目の前の魔導医師は、口は悪いが優しい人間だということを彼女は知っていた。

「……あやつに必要なのは、当事者意識。それと、考える力じゃ」
「そーね。教本丸暗記、ガリ勉の頭でっかちちゃんだから、あの子。しかも、それで心の奥底では自分をめちゃくちゃ優秀だと過信しちゃってるから、自分がこんなトコにいるのが納得できてないんだろーね」
「わらわより辛辣ではないか」
「あたしはホントのコトを言ってるだけだよ」

 ペーパーテストは満点、教えられたことをまとめて報告するのも上手。だが、天音には、自ら考える力が欠けてしまっている。自身が魔導師であり、研究をしていくという意志もない。現代魔導に興味もなく、研究テーマすら曖昧だ。

 雅は、他の研究員からの話と、数分の会話でそのことを見抜いた。そして、研修を異常なほどの短時間で終わらせ、天音が自ら考えて行動するように仕向けたのだ。

 とは言え、配属されたばかりの新人を1人にしても、何も進みはしない。そこで、ちょうど双子が通りかかるのを探知し、そこへ天音を飛ばした。先輩に頼ることができるように、と。

「意外と気に入った?」
「まさか。あのような者は嫌いじゃ」
「なーに、子ども扱いが嫌だった?」
「そんなもの、慣れておる。そこではない」

 雅は椅子ごと回転させると、夏希が座るベッドの方へ視線を向けた。その視線の鋭さに、夏希も思わず素の表情を浮かべてしまう。

「何があった?」

 さりげなく防音の術をかけながら、夏希は問うた。難易度の高い術を呼吸するように自然に行ってしまうのだから、やはり彼女は優れた魔導師である。

 しっかりと術がかかったことを確認すると、雅が口を開いた。

「あやつの、あの目。あれが気に食わぬ」
「なんだ、気が合わないって?お前がそんなコト言うなんて珍しいな」

 基本的に、口調こそ変わっているものの、武村雅という人間は医師らしく人を救いたいという気持ちのある人間だ。例え、それが敵であったとしても。

 だと言うのに、雅の目には憎しみと苛立ちが混ざった色が浮かんでいる。

「形だけのやる気、思考を放棄した頭。全てを諦め、努力することを辞めた姿。そのくせ、己は特別な人間になれると、そうあるべきだと思い込んでいる様子。あやつの目は……第1研究所の奴らにそっくりじゃ」
「……あそこまでじゃねぇだろ」
「さほど変わらぬ。わらわは……わらわは、決して奴らを許さぬぞ。そなたたちを利用し、苦しめた奴らを……」
「雅」

 話を遮るように、夏希の低い声が名を呼んだ。
 言い過ぎたか。思わず口を噤んだ雅にかけられた声は、意外にも優しかった。

「そうしないために、あたしたちがいるんだ」
「夏希……」
「あの新人が辞めようが辞めまいが関係ない。あたしは、あたしみたいな人間を増やさないためにも、あの子を見捨てるわけにはいかないんだよ」

 過ぎた自信は、やがてぶつかる壁によってボロボロに破壊される。自分に足りないものを、手の届かぬ場所を思い知らされる。それでも、自分が特別だと勘違いした人間は、1度手にした地位や栄光を失うことに耐えられない。そうして、他のもので心を埋めようとする。それは酒であったり、色であったり、人によって異なる。中でも悪質なのは―

 自身にない才能を持つ人間を祀り上げ、自分自身も特別になったかのようにふるまうことだ。才ある者の手柄を奪い、利用し、失ったものをそこで補う。そうして心を満たしていく。自分がただの人間だと、凡人なのだと、思いたくないから。

 そうやって、才ある者は奪われていく。出世欲に取り憑かれた人間の駒にされる。

 12年前のあの日、夏希たちがそうされていたように。

「だから、そう怒るなよ。アイツはまだ何もしてないだろ?」
「……嫌いなものは嫌いじゃ」
「いい年こいてガキみたいに駄々こねるんじゃねぇよ。大人だろうが、アラサー」
「そなたももうじきその仲間入りじゃからな」
「そういやそうだったな」

 話を逸らされた―すなわち、もうそのことについて夏希は話すつもりはない、という意図を汲み、雅は再び本を読み始めた。
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