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新人魔導師、特訓する
同日、座学終了
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魔導師からのスカウト。それはすなわち、双子に魔導適性があるということだ。だが、長きに渡る入院生活で何度も検査を受けているはるかは、自身に魔導適性がないことがわかっていた。
「ありえない」
「私たちに魔導適性はない」
「ホントにぃ? 心当たりは?」
「ない」
「だから帰って」
「嘘はよくないって」
夏希と名乗った魔導師はにこにこと笑みを崩さない。その後ろに控えるように立つ雅は、反対に、険しい顔をしてこちらを見ている。
「嘘?」
「なんのこと」
自分たちは嘘などついていない。そう主張するが、夏希はまるで気にせずにベッドに身を乗り出した。
「だってキミたち、雅を見てもなんにも言わないじゃん。気づいてるんでしょ? 雅の周りの魔力に」
しまった!
2人は思わず顔を見合わせる。
まずすべきだったのは、相手を怪しむことでも魔導適性がないことをアピールすることでもなく、幼すぎる見た目の雅について質問することだったのだ。
「……でも、検査では出なかった」
「魔力は見える。でも、それだけ」
「……なるほど。それでわざわざわらわを連れてきたのじゃな」
「そゆこと。後はよろしくー」
ぴょん、とベッドから降りると、夏希は雅に声をかけた。
何をする気だろうか。後ろ手でナースコールに手をかける。
「安心せい、すぐに済む」
ピンク色の魔力が光った。強い光に思わず目を瞑ってしまう。恐る恐る開くと、雅の手の上に2枚の紙が乗っていた。
「これはわらわの固有魔導……まあわかりやすく言うと特殊能力じゃ」
「この紙が?」
「どういうこと?」
「ふん、そなたたちひよっこにもわかるように説明するのは面倒じゃ、しとうない」
「あーもう」
呆れたように夏希が間に入った。
「あたしたちはあれを『カルテ』って呼んでるよ。相手のデータを見れるんだ。とは言っても、魔導と医療に関わるコトだけなんだけどね。今回、あたしたちが来たのは、2人が特定魔導現象の対象者じゃないかって上の人間に言われたからなの。ちゃんと説明させなくてごめんね。雅もいきなりやらないの!」
副所長というくらいなのだから、夏希は雅より立場が上なのだろう。部下の態度をたしなめながら、可愛らしく手を合わせて謝罪する。
「ふむ……やはり。そなたの仮説が正しいようじゃ、夏希」
「それはいいけど……反省してる?」
じっくりとカルテを眺める雅は、まるで反省した様子がない。
「何故わらわがひよっこに気を遣わねばならぬ」
「ホントごめんね、後で減給しとく。ほら雅、2人に見せてあげて」
さらっと言われた減給に雅がわかりやすく落ち込んだ。消えそうなほど小さな声で謝罪すると、手元の紙を渡してくる。
「何これ」
「つまり、どういうこと?」
魔導師養成学校に通ったわけでもない2人には、魔導の詳しいことはわからない。カルテの内容はあまりにも専門的過ぎた。
「あ、そっか……ごめんね、あたしが説明するよ」
うっかりしてた、と言う夏希。確かに、日頃から魔導に囲まれた生活を送っていれば、世間の認知度について疎くなっていても仕方がない。
「ようするに、お姉さん……わかりやすいように名前で呼ぶね。はるかは魔力を作れるけどそれに耐えられない。かなたは魔力を作れないけど魔力に耐性があるってコト。数値に大きなばらつきがあるから通常の検査じゃわからなかったんだね」
「それで?」
「今わかったから魔導師になれってこと? はるかは体が弱いの、そんなことさせないで」
「はるかは体が弱いワケじゃないよ」
至極当然、とでも言うように、夏希は断言した。医師たちが何年かかってもわからなかったはるかの体のことを、ほんの数分で全てわかったように言うのだ。
「これはさっき見せた雅の固有魔導と同じ特殊能力だね。はるかはかなたに魔力をあげる能力を持ってる。かなたはそれを受け取る能力を持ってる。それでバランスを取ってるんだ。今まではるかが体調を崩したのはかなたと離れたときじゃなかった?」
まさにそのとおりだった。
はるかが体調を崩すのは学校に行った後がほとんど。双子となれば、クラスは必ず離れている。
そして。高校が別れた16歳になる年、はるかは入学式の最中に倒れ、そのまま退院できずにいた。
「同じ建物ならまだギリギリセーフだったんだろうね。でも、遠く離れた場所に行っちゃったから、はるかは魔力を渡す相手がいなくてパンクしちゃった。かなたがお見舞いに来てくれたり、看病してくれたときは楽だったんじゃない? 今みたいにさ」
ずっと、不思議だった。
どうして双子なのに自分だけ体が弱いのか。かなたが傍にいてくれると楽なのか。両親にそのことを話したら、かなたは高校を辞めさせられて、傍で看病をすることになってしまった。
ずっと、悲しかった。
自分のせいでかなたの人生をめちゃくちゃにしてしまった。両親は体の弱い自分ばかり心配して、かなたを蔑ろにしていた。大事な片割れに、我慢をさせ続けていた。
「ね、あたしについてきてよ。そしたら、力の制御の仕方も伸ばし方も、はるかが元気で走り回れるようになるまで教えてあげられる。こんな病室ともおさらばだよ」
「……でも、そうしたらかなたは私から一生離れられない。かなたが自由になれない」
「違うよはるか」
そっと片割れの手が乗せられた。そのまま握られる手。
「私は、はるかが大事だから一緒にいたの」
「でも、ずっと私の看病ばっかりで、学校だって辞めさせられて……」
「いいの。それより、大事なはるかが元気でいて欲しかったから」
「かなた……」
「あー、姉妹愛を確認しあっとるところ申し訳ないんじゃが」
「最低、もうちょっと黙っとこうよ雅!」
思わず涙がこぼれそうになったとき、雅が口を挟んできた。最悪のタイミングである。夏希が病室であるにも関わらず、かなり大きな声で非難した。
「ここで夏希につかねば、そなたたちはすぐに第1研究所につれていかれて、実験台にされるぞ。なにせ、双子の魔導師など今までおらぬし、そんな特殊な固有魔導があると分かれば利用されかねん。上の人間に言われてきたというのは真っ赤な嘘で、あやつはそなたたちを守るために、上層部を無視して勧誘に来たのじゃ」
2人の耳元で、夏希に聞こえないように囁く雅。彼女なりに双子を心配しているのだろう。そして、上司である夏希のことも。
「怪しむ気持ちもわかる。じゃが、夏希を信じよ。あやつは何があってもそなたたちを守り抜く」
「……なんでそんなことわかるの」
「証明できる?」
「わらわがそうじゃ。かつてわらわも上層部に消されかけた身。じゃが夏希に拾われて、今こうして自由に生きている。これがなによりの証明じゃろう」
握られた手に力が入る。見上げると、まっすぐに雅を見つめる片割れがいた。
「行こう、はるか」
「え……?」
「行こう。はるかが元気で、自由にいられる場所に」
「……かなたも、ちゃんと自由でいなきゃダメだよ」
「大丈夫。私、ずっとそうだったもん」
この日、とある病院のとある病室から、1人の患者が去っていった。何度も運ばれてきたその患者だったが、その日以降、1度も病院に来ることはなかった。
「ありえない」
「私たちに魔導適性はない」
「ホントにぃ? 心当たりは?」
「ない」
「だから帰って」
「嘘はよくないって」
夏希と名乗った魔導師はにこにこと笑みを崩さない。その後ろに控えるように立つ雅は、反対に、険しい顔をしてこちらを見ている。
「嘘?」
「なんのこと」
自分たちは嘘などついていない。そう主張するが、夏希はまるで気にせずにベッドに身を乗り出した。
「だってキミたち、雅を見てもなんにも言わないじゃん。気づいてるんでしょ? 雅の周りの魔力に」
しまった!
2人は思わず顔を見合わせる。
まずすべきだったのは、相手を怪しむことでも魔導適性がないことをアピールすることでもなく、幼すぎる見た目の雅について質問することだったのだ。
「……でも、検査では出なかった」
「魔力は見える。でも、それだけ」
「……なるほど。それでわざわざわらわを連れてきたのじゃな」
「そゆこと。後はよろしくー」
ぴょん、とベッドから降りると、夏希は雅に声をかけた。
何をする気だろうか。後ろ手でナースコールに手をかける。
「安心せい、すぐに済む」
ピンク色の魔力が光った。強い光に思わず目を瞑ってしまう。恐る恐る開くと、雅の手の上に2枚の紙が乗っていた。
「これはわらわの固有魔導……まあわかりやすく言うと特殊能力じゃ」
「この紙が?」
「どういうこと?」
「ふん、そなたたちひよっこにもわかるように説明するのは面倒じゃ、しとうない」
「あーもう」
呆れたように夏希が間に入った。
「あたしたちはあれを『カルテ』って呼んでるよ。相手のデータを見れるんだ。とは言っても、魔導と医療に関わるコトだけなんだけどね。今回、あたしたちが来たのは、2人が特定魔導現象の対象者じゃないかって上の人間に言われたからなの。ちゃんと説明させなくてごめんね。雅もいきなりやらないの!」
副所長というくらいなのだから、夏希は雅より立場が上なのだろう。部下の態度をたしなめながら、可愛らしく手を合わせて謝罪する。
「ふむ……やはり。そなたの仮説が正しいようじゃ、夏希」
「それはいいけど……反省してる?」
じっくりとカルテを眺める雅は、まるで反省した様子がない。
「何故わらわがひよっこに気を遣わねばならぬ」
「ホントごめんね、後で減給しとく。ほら雅、2人に見せてあげて」
さらっと言われた減給に雅がわかりやすく落ち込んだ。消えそうなほど小さな声で謝罪すると、手元の紙を渡してくる。
「何これ」
「つまり、どういうこと?」
魔導師養成学校に通ったわけでもない2人には、魔導の詳しいことはわからない。カルテの内容はあまりにも専門的過ぎた。
「あ、そっか……ごめんね、あたしが説明するよ」
うっかりしてた、と言う夏希。確かに、日頃から魔導に囲まれた生活を送っていれば、世間の認知度について疎くなっていても仕方がない。
「ようするに、お姉さん……わかりやすいように名前で呼ぶね。はるかは魔力を作れるけどそれに耐えられない。かなたは魔力を作れないけど魔力に耐性があるってコト。数値に大きなばらつきがあるから通常の検査じゃわからなかったんだね」
「それで?」
「今わかったから魔導師になれってこと? はるかは体が弱いの、そんなことさせないで」
「はるかは体が弱いワケじゃないよ」
至極当然、とでも言うように、夏希は断言した。医師たちが何年かかってもわからなかったはるかの体のことを、ほんの数分で全てわかったように言うのだ。
「これはさっき見せた雅の固有魔導と同じ特殊能力だね。はるかはかなたに魔力をあげる能力を持ってる。かなたはそれを受け取る能力を持ってる。それでバランスを取ってるんだ。今まではるかが体調を崩したのはかなたと離れたときじゃなかった?」
まさにそのとおりだった。
はるかが体調を崩すのは学校に行った後がほとんど。双子となれば、クラスは必ず離れている。
そして。高校が別れた16歳になる年、はるかは入学式の最中に倒れ、そのまま退院できずにいた。
「同じ建物ならまだギリギリセーフだったんだろうね。でも、遠く離れた場所に行っちゃったから、はるかは魔力を渡す相手がいなくてパンクしちゃった。かなたがお見舞いに来てくれたり、看病してくれたときは楽だったんじゃない? 今みたいにさ」
ずっと、不思議だった。
どうして双子なのに自分だけ体が弱いのか。かなたが傍にいてくれると楽なのか。両親にそのことを話したら、かなたは高校を辞めさせられて、傍で看病をすることになってしまった。
ずっと、悲しかった。
自分のせいでかなたの人生をめちゃくちゃにしてしまった。両親は体の弱い自分ばかり心配して、かなたを蔑ろにしていた。大事な片割れに、我慢をさせ続けていた。
「ね、あたしについてきてよ。そしたら、力の制御の仕方も伸ばし方も、はるかが元気で走り回れるようになるまで教えてあげられる。こんな病室ともおさらばだよ」
「……でも、そうしたらかなたは私から一生離れられない。かなたが自由になれない」
「違うよはるか」
そっと片割れの手が乗せられた。そのまま握られる手。
「私は、はるかが大事だから一緒にいたの」
「でも、ずっと私の看病ばっかりで、学校だって辞めさせられて……」
「いいの。それより、大事なはるかが元気でいて欲しかったから」
「かなた……」
「あー、姉妹愛を確認しあっとるところ申し訳ないんじゃが」
「最低、もうちょっと黙っとこうよ雅!」
思わず涙がこぼれそうになったとき、雅が口を挟んできた。最悪のタイミングである。夏希が病室であるにも関わらず、かなり大きな声で非難した。
「ここで夏希につかねば、そなたたちはすぐに第1研究所につれていかれて、実験台にされるぞ。なにせ、双子の魔導師など今までおらぬし、そんな特殊な固有魔導があると分かれば利用されかねん。上の人間に言われてきたというのは真っ赤な嘘で、あやつはそなたたちを守るために、上層部を無視して勧誘に来たのじゃ」
2人の耳元で、夏希に聞こえないように囁く雅。彼女なりに双子を心配しているのだろう。そして、上司である夏希のことも。
「怪しむ気持ちもわかる。じゃが、夏希を信じよ。あやつは何があってもそなたたちを守り抜く」
「……なんでそんなことわかるの」
「証明できる?」
「わらわがそうじゃ。かつてわらわも上層部に消されかけた身。じゃが夏希に拾われて、今こうして自由に生きている。これがなによりの証明じゃろう」
握られた手に力が入る。見上げると、まっすぐに雅を見つめる片割れがいた。
「行こう、はるか」
「え……?」
「行こう。はるかが元気で、自由にいられる場所に」
「……かなたも、ちゃんと自由でいなきゃダメだよ」
「大丈夫。私、ずっとそうだったもん」
この日、とある病院のとある病室から、1人の患者が去っていった。何度も運ばれてきたその患者だったが、その日以降、1度も病院に来ることはなかった。
応援ありがとうございます!
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